日本化学会は化学遺産に新たに次の3件を認定いたしました。認定化学遺産第055号 日本の石油化学コンビナート発祥時の資料(所蔵:三井化学株式会社)認定化学遺産第056号 苦汁・海水を原料とする臭素製造設備と磁製容器(所蔵:東ソー株式会社・マナック株式会社)認定化学遺産第057号 再製樟脳蒸留塔(所蔵:日本テルペン化学株式会社)
(引用:3月9日日本化学会プレスリリース)
今年も化学遺産の登録が発表され、新たに3件の資料や装置が化学遺産に認定されました。。
第55号は、三井化学岩国大竹工場に保存されている原料ナフサフィードポンプ、ガスエンジン用パワーピストン、チーグラー触媒を使った低圧法高密度ポリエチレン反応装置および高密度ポリエチレン関連の技術資料です。こちらは、2020年10月に未来技術遺産としても登録されており、ダブル登録となりました。装置の登録背景ですが、第二次世界大戦後、国内の合成繊維・合成樹脂成型加工業の発展に伴い、政府は国内の石油化学産業の発展を後押しするために「石油化学工業の育成対策」を決定し、石油化学計画の認可を行っていました。三井化学では石油化学計画の第一期にエチレン2万トン設備を立ち上げ、1958年に稼働を始めました。その時のエチレンプラントで使われていたのがこれらの装置であり、ポンプはナフサ水蒸気分解装置1号機に、ピストンは2号機に使われていた部品で、反応装置は世界でも数番目に稼働を開始したものです。
第57号は、日本テルペン化学に保存されている再製樟脳蒸留塔です。樟脳(カンフルやカンファー)は、二環性モノテルペンケトンの一種で、かゆみどめ、リップクリーム、湿布薬の成分として使用されています。またセルロイドの可塑剤としての需要もあり、日本の主要な化学製品でした。樟脳はクスノキに含まれる成分であり、木材に水蒸気を当てて蒸留を行うと樟脳結晶と精油、芳香成分を含む水が得られます。以前は、結晶化した樟脳のみを取り出して精油は捨てていましたが、精油にも樟脳が含まれていることが分かり、精油から樟脳を取り出す技術が開発されました。1912年には、樟脳を精油から取り出すための加熱水式減圧蒸留塔をドイツで作りましたが1917年には焼失してしまいました。そこで再製樟脳株式会社(現日本テルペン化学)ではこの蒸留装置を1920年に完成させました。加熱した水蒸気を精油に当てて減圧下で蒸留する方法を採用していて、直接精油に火を当てて加熱するよりも収率を高く樟脳を回収することができそうです。また樟脳だけでなく、分留成分としてピネンやオイゲノール等の有用化学品も得ることができるようになり商品化されました。この蒸留塔は阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けましたが、日本テルペン化学の工場が震災移転する際にこの蒸留塔も移設されました。
通常は,毎年3月に日本化学会春季年会で化学遺産市民公開講座が開催され、認定された化学遺産の紹介が行われてきましたが、昨年と去年はコロナウィルスの影響で中止となってしまいました。その代わりとして、2021年3月27日にオンラインのセミナーが開催されました。
今回、蒸留に関する遺産が2件登録されました。実験室で蒸留装置と言えばガラス器具をつなぎ合わせたもので、冷却管や受けフラスコの形状といった小さな違いはあるものの、どの蒸留でも同じようなセットになると思います。しかしながら工業的な蒸留では、蒸留する化学品の性質に合わせて作られるため形や材質が大きく異なります。そのため上記の写真でわかるように、臭素と樟脳の蒸留装置は大きく異なることがよくわかります。今は使われていなくても、当時の行われていた原理に沿って合理的に作られているわけであり、どのような工夫が施されているのか近くで見てみたいと思いました。詳細は不明ですが、これらの遺産は民間の工場の敷地内にあり、セキュリティ上の理由から気軽に見学することは難しいと予想されます。そのため、見学会などが開催されることことを期待します。
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