ペニシリンはたまたま混入したアオカビから発見された──だけではない.薬の発見から実用化までには,数かずの偶然と人間ドラマが存在する.400年前から伝わる抗マラリア薬,薬を毒にしたシリアルキラー,化学兵器から生まれた抗がん剤,バイアグラ開発に至るまでの悪戦苦闘…….本書では,いくつもの運命の分かれ道を経て人類の生活を変えた16種類の薬にまつわる物語を紹介する.化学を専門とする著者によって,分子レベルで薬の作用メカニズムがやさしく解説されており,物語にさらなる深みをもたせている.短編小説のように読める,「事実は小説より奇なり」な一冊.
原題 Making Medicine : Surprising Stories from the History of Drug Discovery
著者 | キース・ベロニーズ 著 渡辺 正 訳 |
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ジャンル | 科学読み物 科学読み物 > 科学一般に関する読み物 |
出版年月日 | 2024/03/10 |
ISBN | 9784759823578 |
判型・ページ数 | 4-6 ・280ページ |
定価 | 本体2,600円+税 |
対象
高校生〜大学院生、社会人、薬剤師、大学教員、創薬研究者など、科学や薬に興味のある幅広い人向けの読み物。
目次
序章──創薬のいま
1章 ペニシリン──元祖・抗生物質
2章 キニーネ──熱帯林の贈り物
3章 アスピリン──ヤナギの恵み
4章 リチウム──心に響く金属イオン
5章 イプロニアジド──10年限りの波乱万丈
6章 ジゴキシン──ゴッホも被害者?
7章 クロルジアゼポキシド──落ち着きなさい
8章 亜酸化窒素──しびれる笑い
9章 窒素マスタード──両極端のNとS
10章 ワルファリン──人を救った猫いらず
11章 ボツリヌス毒素──キレイもつくる最強の毒
12章 コールタール──臭くて黒いスグレモノ
13章 ミノキシジル──塗ってフサフサ
14章 フィナステリド──飲んでフサフサ
15章 バイアグラ──うれしい誤算
16章 新型コロナワクチン──究極のワザ
終章──薬の世界ふしぎ探検
謝辞/訳者あとがき/参照文献/索引
各章の一部紹介
1章 ペニシリン──元祖・抗生物質
ペニシリンはフレミングが青カビから発見した。ここまではよく知られている話かと思います。しかし、その後の実用化に至るまでの薬効確認や大量生産の苦労などは、なかなか語られない裏話的なところが大きいです。発見からもうすぐ 100 年となる画期的抗菌薬の開祖について、プラスアルファの知識をつけられる内容となっています。
7章 クロルジアゼポキシド──落ち着きなさい
精神医学ではもはや必要不可欠なベンゾジアゼピン系薬剤の発見物語です。NMR もまともに実用化されていない時代に、複雑な合成医薬品を多種合成し、現代では認められない自己犠牲の人体実験でその薬効を明らかにした創薬研究者の執念が垣間見れます。
10章 ワルファリン──人を救った猫いらず
殺鼠剤として開発された物質が、現在でも多くの人の命を救う医薬品になった顛末が書かれています。個性的な研究者たちの奮闘や、有名政治家の治療や暗殺(?)までにも使われた話など、薬剤師国家試験にも頻出される医薬品の秘話が目白押しです。
13章 ミノキシジル──塗ってフサフサ
予期しなかった作用により一躍時代を築いた医薬品としては、このミノキシジルと15章のバイアグラが最たるものでしょう。奇跡の発毛薬は、研究者の洞察力の賜物です。余談チックな話ですが、ネコには危険な薬だということを本書を読んで初めて知りました。
感想
ペニシリンやアスピリンの発見・開発物語は多くの正書や Web サイトで読むことができるものの、その裏側にあった紆余曲折についてもしっかり記述され、医薬化学を専門とする本書評著者でも「目からウロコ」の話をたくさん知ることができました。非常に古い薬ながら多くの命を現在進行形で救っているキニーネから、新型コロナワクチン (mRNA ワクチン) という新規モダリティに至るまで、おおよそ年代順に興味深く話題性も高い薬を網羅しており、安価ながら全280ページと読み応えも抜群。
創薬の歴史と奥深さに加え、簡単な用法や作用機序の解説などを平素な文章で存分に堪能できることから、教科書という体裁ではないにしても、薬学部1年生向けの「薬学入門」のような講義でぜひ取り上げてもらいたい一冊です。
各医薬品の構造式などは必要最低限しか取り上げられていませんが、原書はさらに図が少なかったらしく、日本語版ならではの適度な図の挿入が嬉しいところです。かといって、理系の本にありがちな難解な図表などの追加はなく、あくまでも薬のストーリーに没頭できるよう仕上げられています。
「奇跡の薬」というタイトルの通り、セレンディピティ (幸運な偶然とそれを見過ごさない力) によって見出された薬が話の大部分を占め、ドラッグデザインなど近年の創薬トレンドに関する話題は新型コロナワクチンの章を除いてほとんどありませんが、偶然だけでなくそこに絡まる様々な努力の結晶と「偶然を見過ごさない力」をしっかりと紹介しており、薬作りの根幹とはまさにこういうものだ、という本質を知ることができます。また研究者達の努力や苦悩、人間どうしの泥臭くキナ臭い争いについても垣間見ることができ、薬の誕生がまさに一筋縄でいかないことを知らしめてくれます。
薬学や創薬に興味を持つケムステ読者の皆様には、自信を持ってオススメできる良書です。
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