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化学書籍レビュー

【書評】スキルアップ有機化学 しっかり身につく基礎の基礎

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東京化学同人より 2024 年 2 月 16 日に刊行された、「スキルアップ有機化学 しっかり身につく基礎の基礎」を読んでみました!

正しい習慣を身につけて,よくあるまちがいを完全攻略!
あらゆる反応に応用できる基礎の基礎を徹底解説

有機化学の基礎を学ぶ上でつまずきやすい内容を,教科書には書いていない別視点から考え直す独習書。

有機化学の習得に必須の基本事項に内容を絞り、学生の目線に立ってとことん懇切丁寧に解説した初心者必携の副読本である。

初心者がどのように有機化学に取組みその習得に努めればよいか、そしてどのような誤りをしやすく、それに対してどうすれば直せるのか、という点を強く意識して解説している。

東京化学同人 本書の紹介ページより

スキルアップ有機化学: しっかり身につく基礎の基礎

スキルアップ有機化学: しっかり身につく基礎の基礎

Mark C. Elliott
¥3,520(as of 11/21 01:47)
Amazon product information

対象

大学学部 1 ~ 2 年生ほか、有機化学初学者。

目次

第 1 章 有機化合物の構造と結合
・基礎1 有機化合物の構造
・習慣1 実際の構造に近い構造式を書く
・基礎2 官能基
・基礎3 有機化合物を命名する
・演習1 化合物名から構造を書く
・基礎4 有機化合物の異性: 構造異性体
・演習2 構造異性体と化合物名
・習慣2 分子式が妥当か明らかにする
・演習3 不飽和度
・よくあるまちがい1 分子式,官能基,不飽和度
・習慣3 変化しないものを無視する
・基礎5 電気陰性度,結合の分極,誘起効果
・演習4 結合の分極と電気陰性度
・基礎6 有機化合物の結合
・演習5 混成
・基礎7 結合性軌道と反結合性軌道
・基礎8 巻矢印の書き方
・基本的反応様式1 求核置換反応
・演習6 置換反応における電気陰性度
・基本的反応様式2 脱離反応

第 2 章 有機反応の考え方
・基礎9 結合の解離: 巻矢印と分子軌道の関係
・よくあるまちがい2 巻矢印
・基礎10 共役と共鳴
・基礎11 熱力学の定義
・基礎12 結合解離エネルギー
・基礎13 結合解離エネルギーから反応エンタルピーを計算する
・発展1 結合解離エネルギーを詳しく調べる
・演習7 反応エンタルピーの計算
・基礎14 反応エネルギー図
・基礎15 反応はどれくらい速いか
・基礎16 カルボカチオン,カルボアニオンとラジカルの基礎
・基礎17 カルボカチオンの安定性に及ぼすさまざまな効果
・基礎18 カルボアニオン: 安定性とpKa
・発展2 カルボカチオンの安定性の尺度
・よくあるまちがい3 メチル基は電子供与基であるか
・演習8 カルボカチオンとカルボアニオンの共鳴構造式を書く
・よくあるまちがい4 共鳴
・基礎19 ハモンドの仮説
・基礎20 共役と安定性
・よくあるまちがい5 カルボカチオンとカルボアニオン
・基礎21 共役系の反応性
・基礎22 有機反応における酸触媒作用
・反応の詳細1 飽和炭素における求核置換反応
・基礎23 遷移状態とは何か
・発展3 混成を越えた結合

第 3 章 分子の形
・習慣4 立体化学の表示: くさび投影式とニューマン投影式
・基礎24 配置異性体
・習慣5 立体異性体の書き方
・演習9 立体異性体に慣れる
・習慣6 カーン-インゴールド-プレローグ則による立体化学の表示
・演習10 立体化学の決定
・習慣7 対称性をもつ立体異性体
・基礎25 立体異性体の性質
・反応の詳細2 置換反応の立体化学
・よくあるまちがい6 置換反応
・反応の詳細3 立体配置が保持される置換反応
・よくあるまちがい7 立体化学

第 4 章 有機反応の選択性
・基礎26 官能基選択性
・基礎27 位置選択性
・基礎28 立体選択性
・基礎29 反応に関連する立体化学の用語

第 5 章 結合の回転
・基礎30 立体配座
・演習11 配座解析
・応用1 配座異性体
・応用2 三員環を形成するSN2 反応
・基礎31 シクロヘキサンの基礎
・演習12 シクロヘキサンの図示
・応用3 シクロヘキサンの置換反応
・基礎32 シクロヘキサン配座異性体の定量的な解析
・基礎33 シクロヘキサンと関連化合物のさまざまな立体配座
・演習13 複雑な六員環構造の図示
・よくあるまちがい8 シクロヘキサン

第 6 章 脱離反応
・反応の詳細4 脱離反応
・発展4 反応機構の連続性
・基礎34 置換基の数が多いアルケンほど安定である
・基礎35 アニオン種を含む反応のエンタルピー変化
・応用4 脱離反応の立体化学
・基礎36 立体特異性
・応用5 シクロヘキサンの脱離反応
・よくあるまちがい9 脱離反応
・反応の詳細5 アリル位での置換反応

第 7 章 総合問題(Web 掲載)

問題の解答(Web 掲載, マークのある問題のみ)

・全228ページ (目次部分等を除く。試し読みがHPで公開されている)

内容

有機化学の教科書でも序盤に取り扱われる、構造、結合、カルボカチオン・アニオンと共鳴、立体化学などを中心に解説している。特に初歩を繰り返し学習することで、有機化学の理解の手助けとなる「直感力」を養うことに注力している。ここでの「直感力」とは野生的な有機化学のセンスに頼ることではなく、論理的な有機化学の考え方を繰り返し学んだ結果培われる直感的な思考力である。

特徴

各章の項目が非常に細かく分類されており、基礎となるエッセンスを数ページで解説しながら進んでいく。ところどころに演習が挟まれており、やりごたえのある演習問題も多数収録されている (解答は Web から入手できる)。基礎と演習を繰り返しながら有機化学の「習慣」に慣れ親しんでいくことで、たとえ有機化学を大得意科目とすることはできずとも、試験の合格ラインに立つだけの基礎的な実力を身につけることができるだろう。

第一章のはじめから強調されているのは、有機化合物の構造の正しい描き方と、巻矢印の正しい使い方である。まさに有機化学のセンスを「基礎の基礎」からしっかり身につけるための構成となっている。各章を読み進めていくとしばしば発展的な内容も書かれているが、一度で完全に理解できずとも、何度も読み返して徐々に理解できれば良いというスタンスで記述されている。自分のペースで、分かるところからマスターしていくと良いだろう。いずれは本書に載っていないような難しい反応も、本書で培った基礎を応用して解けるようになると期待できる。

また、「よくあるまちがい」と言う特徴的な項目があり、初学者がつまずきがちな有機化学の誤解しやすい点を解説してくれている。上でも述べた巻矢印についても「よくあるまちがい」の例が記載されている。こういったコラムは非常にありがたく感じる。

ほかにも初学者に優しいのは、有機反応に関して難しい人名反応などは掲載せず、置換反応と脱離反応の基礎的な部分のみを解説しているところであろう。ただしその二つの反応に関しては基礎的ながらもじっくり解説されており、初学者向けの副読本とは言えども単に「これを求核置換反応と言います」的な文言にとどまらず、軌道の相互作用の理論などを通じて体系的に理解できるよう工夫して記述されている。

立体化学に関しては初学者が最も苦手としやすい単元の一つであろうが、そこに関してはかなり注力して、苦手意識を持ちやすそうな点についてじっくりと述べられている。R/S 配置の決定やシクロヘキサンの立体の理解について、本書を片手に学ぶと非常に効率が良くなるだろう。

感想

有機化学をある程度学んでいれば、炭素が5本の結合を持っていたらおかしいと直感的に気づくものである。しかし、その直感はいつ培われたものであろうか。誰しも初学者の頃があったはずであり、なぜそれがおかしいのか理解するために、相応の時間を費やして学習してきたはずである。
本書は、有機化学を学び始めた初学者を置いてけぼりにせず、つまづきやすい項目を中心に有機化学を直感で理解できるようにする、いわゆる教科書や問題集とは一線を画した副読本型の入門書である。

大学で1年生に有機化学を教えていると、本書で書かれているような「よくあるまちがい」を犯してしまう学生を確かによく見かける。「なぜ、そこを間違えやすいのか」というところまで突っ込んで説明してくれる書籍は滅多になく、本書は初学者の気持ちになって有機化学を見直せる良書である。有機化学の、特に初めの部分を担当している大学教員の先生方にも、是非本書を一読いただきたい

ただ、本書はやはり副読本であり、本書単独で有機化学を基礎から学ぼうとするのには足りない部分も出てきてしまう。各大学などで採用されている教科書を読み進めつつ、分かりにくいところを補強するために本書を用いるのがベストだと思われる。
また、書籍内でも勧められているが、本書で登場する構造や結合を理解するのに分子模型を用意しておくと便利だろう。特に立体化学の演習では、本書に限ったことではないが、分子模型が強力な学習ツールになることは必至である。

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これから大学の有機化学を学ぼうとする皆さん、そして有機の基礎をなんとなくの理解で済ませてしまった学生の皆さん、本書「スキルアップ有機化学」と手持ちの教科書、そして分子模型を用意して基礎固めに励んでみるのはいかがであろうか。

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DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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