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化学書籍レビュー

書籍「腐食抑制剤の基礎と応用」

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Tshozoです。今回はコロナ社よりこのほど出版された、水処理技術分野に関係が深い書籍「腐食抑制剤の基礎と応用」をご紹介します。

書籍表紙 コロナ社HPより引用(リンク)

腐食抑制剤の基礎と応用: 高分子化合物を中心に

腐食抑制剤の基礎と応用: 高分子化合物を中心に

湯浅 真
¥3,300(as of 11/21 09:37)
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まえがき

英語文で”Fundamentals and Applications of Inhibitor“と書いてありますように、インヒビター(inhibitor:抑制剤/今回の場合特に金属腐食抑制剤)と呼ばれる成分がどのようなものでどの使用されるか、それに関わるリクツと考え方、適用範囲や分析方法などが1冊にまとまっています。本書は具体的にはオルガノ、クリタ、クラレ、キレスト化学といった水処理製品に関わられているor扱われている方に非常に参考になる中身ではなかろうかと思われます。

しかしこの水処理という分野、電気化学、表面化学、界面活性剤を中心とした有機化学、錯体化学、無機化学といった広範な知識が必要になることを今回読んでいくうえで初めて知りました。また化学プラントや熱交換プラント、食品関係プラント(潅水・高濃度の塩水を扱ったりする)、はては温泉を引く・回すような生活に関わる水配管では必ず問題になる案件であり、現場の状況に精通した方々が何が起きているかを科学的に判断するための一助になるのではないでしょうか。もちろん直接こうした分野に関わらなくても本書に載っている考え方は、たとえば電気化学であれば最近色々なところで検討が進んでいるフロー電池や濃厚塩系電池の化学、それにかかわる表面の現象の理解や添加剤等の発案などの参考になるのではないかと考えられます。

ただ上記のように、かなり幅広い知識(と経験)がセットでないと理解しにくいかもしれず、正直に記載いたしますと初学者にはとっつきにくい可能性があります。特に筆者の性癖に、詳細な学術的・産業的歴史的発展経緯が冒頭にない書籍を頭の中に入れるのに非常に時間がかかるという特徴があるので(本件も割いて頂いてはいるものの頁数の関係でやや少なかったため)そのあたりを別途調べながら読むということになりました。個人的にはそうした分野の知識を広げる機会になったのですが、本書を手に取られる場合はこれを中心として関連知見を積んでいかれることをぜひお勧めいたします。

【概要】

本書では冷却水系,ボイラー系のような水誘導装置系で多く用いられている腐食抑制剤(腐食インヒビター)について,高分子化合物類を中心に,その作用機構も含めて解説している。具体的に
2章では従来からの腐食抑制剤としてモリブデン酸塩,リグニンスルホン酸などについて
3章では天然ポリフェノール系(高分子)腐食抑制剤(タンニン酸,没食子酸など)について,
4章では合成ポリフェノール系高分子腐食抑制剤について,
5章では合成アニオン系高分子腐食抑制剤について,
6章では合成ポリカフェ酸+合成ポリアクリル酸の複合系の高分子腐食抑制剤について,
7章では高分子間コンプレックス系腐食抑制剤について解説している。
また,環境問題の観点から水質と金属腐食の関係についても触れる。

【対象者】

プラントエンジニア 特に排水処理、循環水処理、熱交換処理、海水処理、高濃度塩処理等の水処理関係、中でも腐食抑制とスケール抑制に関わる方々 

【読むのに知っているとよい知識】

基礎化学、有機化学、表面・界面化学、無機化学、電気化学、分析化学

【著者ご紹介】

湯浅 真 博士 東京理科大学 理工学部 先端化学科 教授  同大学研究者情報サイト・・・リンク

【本書の特徴】

基本的にはサビがどういう現象であるか、またどう防止するか、を分析手法と分析データを交えて説明を進められていて、各章で取り上げられている腐食抑制剤に対し金属表面の電子のやりとりと酸化の反応を見ることの出来る手法=電気化学的測定のデータ、及び結果としての表面観察(SEM)、混在するイオンの濃度やスケール(湯垢)がどうやって腐食に影響を与えているか、の腐食速度を中心としたデータが扱われています。特に昨今は環境・コスト面から少量で厳しい状況でも有効に使える腐食抑制剤(の組み合わせ)が求められてきており、最終8章にそれをどう科学的にとらえていけばいいのかという「水の安定度指数」についても言及されていて、対象となる水系がどのようなイオンや無機物を含むのかを把握したうえで腐食傾向をつかむための一助となると考えられます。

【所感など】

繰り返しになりますが本書は”Fundamentals and Applications of Inhibitor”がタイトルで、水に接するパイプなどの表面金属のCorrosion Inhibitor=金属の腐食抑制剤(つまりは「さび止め」)の作用機構が主題です。ただ読んでいくと、水中に存在するスケール(≒無機or有機の”湯垢”のようなデポ物質)を抑制したり制御したりすること、また液中の酸素濃度が副次的に金属表面の腐食の制御や進行につながる、という例があることがわかりますので、単純な液中のさび止め、という話ではない点は注意しましょう。金属表面の腐食メカニズムに適した反応制御剤、と言った方がいいかもしれません。あと、読んでいかれるとわかりますがいわゆる万能の抑制剤「銀の弾丸」は存在せず、水質や原因物質の濃度、温度、圧力など状況に応じたものを選んでいく必要があります。

また時代の変遷とともにリン酸塩が使えた→水質の富リン化が進み使用不可→ではクロムを使用→水質汚染が進みダメ→では、、、という形で使用できるものがどんどん変化している点も記載されており、使用については結構な制限があったりする点は注意が必要です。じっさい木材から採れるリグニンスルホン酸塩、ポリフェノール系材料、また比較的生分解しやすいアクリル系の材料が本書の結構な部分を占めておりここらへんは時代を感じるところです(ちょっと気になったのはアミノフェノール等、アミン系構造を含む処理剤の名前があちこちに存在した点。合成ゴムの老化防止剤などにも使われているのですが、以前の記事でも書いたように魚を含む水生生物に結構なダメージを与える可能性が指摘されており今後規制の対象になっていくのでは、という個人的な予想を立てています)。

ただ、関わったご経験のある方なら理解できると思うのですがこのサビというやつは工業的に非常に厄介で、なんらかの見落としや欠陥、不手際があった場合、現象が明らかになるのに非常に時間がかかる! 本書で示されているような配管内(特に工業的によく使用される廉価なSS400のような軟鋼管類・これらを表面処理する手段などもあるが、高額になるので特殊なケースを除き適用は見送られる)のサビとか、発生しても目視でなかなかわからず、漏れた時点でしかわからないケースが多数でしょう(注:最近はファイバースコープカメラなどの手法も発達しています)。また溶液中でなくても数年たったらサビてた、とかは普通に起こり得るわけでその場合追跡が非常に難しく、現象を再現できなかったりする。こうした場合はいきおい経験や勘や総当たり手法に頼ったりするわけですよ。

しかし本書に記載してある通り「金属」「金属酸化物」「有機物」「酸素」「水」そして「回路」がその腐食現象にどのように関わっているかが大事なわけで、科学的・化学的にどういうデータが必要か、何の分析をしなくてはいけないのか、そもそも腐食速度をどうやって見積もって観察すればいいのか。そうしたヒントがあちこちに書かれています。実際筆者も、相当長期の腐食という現象をどう見積ればいいのかということで少し悩んでいたのですが、本書を読んで電気化学的な加速試験をどういう条件でどう行えばいいのかについて頭を整理して組み立てることが出来たことを記載しておきます。インヒビターが大量に使えるような環境ではなので色々と制限はありますが、カン・コツ・読経に頼りがちな認識を改めるのに重要な示唆を得た次第で。

それでは今回はこんなところで。

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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