概要
流体シミュレーション(CFD)ソフトのAnsys FluentにAnsys Student という学生向け無料版が提供されています。これにより個人のパソコンでCFDが手軽に学習,習得できるようになりました。しかし,未だ初心者向けのCFD解析の解説本はありません。そこで本書はCFDに興味を持つ学生,技術者のために,Ansys Fluentによる例題解法を紹介した例題集です。
解説した111の例題は流体工学,伝熱工学,化学工学の教科書から収集しています。円管内流れ,境界層流れ,自然対流など工学部の学生なら知っているモデルが多いでしょう。付属の解法ファイルをダウンロードして,その例題のCFD計算を直ぐに試すことができます。(引用:コロナ社)
対象者
流体シミュレーションに興味があり、実際に手を動かしてシミュレーションを実施してみたい学生、研究者。
目次
第1章 流れ
1.1 境界速度起因の粘性流れ / 例題1.1~1.5
1.2 圧力起因の粘性流れ / 例題1.6~1.10
1.3 外力起因の粘性流れ / 例題1.11~1.13
1.4 強制対流 / 例題1.14~1.17
1.5 混相流 / 例題1.18~1.33
第2章 伝熱
2.1 伝導伝熱 / 例題2.1~2.5
2.2 非定常伝導伝熱 / 例題2.6~2.11
2.3 対流伝熱 / 例題2.12~2.18
2.4 複合伝熱 / 例題2.19~2.23
2.5 凝縮伝熱・蒸発伝熱 / 例題2.24~2.30
第3章 物質移動と拡散分離操作
3.1 静止媒体中の成分拡散―定常,非定常― / 例題3.1~3.4
3.2 対流拡散 / 例題3.5~3.8
3.3 気液間の物質移動(蒸発,凝縮,ガス吸収) / 例題3.9~3.15
3.4 物質移動操作 / 例題3.16~3.28
第4章 装置の混合特性 / 例題4.1~4.6
第5章 反応工学
5.1 回分反応器(BR) / 例題5.1~5.2
5.2 流通式槽型反応器(CSTR) / 例題5.3~5.4
5.3 管型反応器(PFR) / 例題5.5~5.10
5.4 物質拡散と反応の複合モデル / 例題5.11~5.14
解説
流体シミュレーションついて、大学の講義等で勉強する機会はありませんでしたが、容器の熱の伝わり方などはどのようにシミュレーションできるのだろうかと気になり本書を手に取りました。
本書では、Ansys Fluentという本格的な流体シミュレーションのソフトウェアを使用しますが、このソフトにはAnsys Student という学生向けの無料版が提供されており、学術用途に限れば手軽に流体シミュレーションを学習できるようになっています。
ソフトウウェアに関連した書籍ではインストール方法から丁寧に解説されている場合もありますが、本書にはそのような項目は無く自力でAnsys Studentのインストールから操作方法の取得が必要です。実際、自分でインストールしてみましたが、ダウンロードサイトも分かりやすく、インストールまでは特に問題なく完了できました。ただし、ダウンロードファイルの容量が約12GBと大きく、インストールファイルも同様に大きいので、PCのストレージの空き容量には注意が必要です。
本書ではタイトルの通り、111の流体シミュレーションの課題が設けられており、それをAnsys Fluentを使って調べていきます。解法は課題の直後に示されており、モデル領域の作り方からシミュレーションの設定方法、計算結果、理論値の比較などが図示されています。Ansys Fluentの使い方を解説した本ではないので操作方法は簡略して書かれていますが、サポートページに全ての例題の詳しい操作方法が示されたエクセルファイルや解説動画が掲載されており、本と参考資料を見ながらAnsys Fluentの使い方を習得することができます。さらに、答案であるプロジェクトファイルもダウンロードすることができるので、いまいち答えにたどり着けない場合でも答えを見ながらシミュレーションを確認することも可能です。
では第一章から内容を見ていきます。第一章では流れについての流体シミュレーションのが取り扱われており、例えば最初の例題は、平行平板間の入った水の上部の壁が一定速度で動いていることによる移動についてで、上部の水ほど動く速度が速いことがシミュレーションによって分かります。合成実験では一般的な手法である攪拌羽根を使った液体の混合についても序盤で登場し、どのような対流が起きているのか邪魔板ががあるとどのように変わるのかなどをシミュレーションすることができます。さらに、空気砲やフローメーターなどに関する例題もあり、流体シミュレーションの学習が面白くなる内容が多く含まれています。
第二章では伝熱についてです。詳しい内容として冒頭では、高温の配管から空気層に伝わる熱といった単純な伝導伝熱について解説されており、その後非定常伝導伝熱、対流伝熱などと続き、最終的には相変化を伴う電熱現象までのシミュレーションが掲載されています。本章の内容は例えば、蒸留操作における各部の温度を推定するのに役立つかと思います。実験装置の温度測定に関して、熱電対を差し込めば大抵の部分の温度を実測することは可能ですが、特別な器具が必要だったりと容易にできない場合も多いかと思います。そんなときにこの流体シミュレーションはおおよその温度を推定に役立つのではないでしょうか。
第三章は物質移動と拡散分離操作であり、単純な系として円柱状の固体材料に含まれる水分が周りの乾燥空気に発散され、乾燥していく様子のシミュレーションなどが解説されています。実践的な内容として物資移動操作における抽出やカラムクロマトグラフィー、蒸留を取り上げており、視覚的に化学種の濃度勾配が変化する様子を得ることができます。第四章は装置の混合特性として、液体の出入がある容器で混合する時のシミュレーションを解説しています。第五章は、反応工学としてバッチ式反応器とフロー型反応管について解説しています。四章と五章は化学プラントとの関連が大きく、化学工学の理解の他、プラントスケールでの合成プロセスの理解に役立つかと思います。
自分はこのAnsys Fluentに触れるのは初めてで、もっとも単純な系である例題1.1を作り上げるのにも2時間かかりましたが、答え通りの計算ができた時は達成感がありました。このソフトウェア独特の操作方法や表現があり、それに慣れれば計算実行までにはさほど時間がかからないと思います。本書の活用方法として、ダウンロードしたプロジェクトファイルをそのまま計算して結果だけを眺めるのも良いですし、自分でプロジェクトファイルを作り上げ、パラメーターを変えて計算してみるのも面白いと思います。もちろん本格的に流体シミュレーションを勉強するにも、実際の系に適用させながら手法を理解することができます。流体シミュレーションを使って化学に関連した身の回りの現象を理解したい方には最適の書籍です。