概要
有機合成の研究は「驚き」,「喜び」,そして「感動」に満ちあふれたエキサイティングな研究分野である.本書は,第一線で活躍する101名の有機化学者たちが,研究におけるみずからの感動した経験や興奮の瞬間を綴ったものである.彼らのどのような考えで研究に取り組み,予想外の「感動」につながっていったかという経験は,次世代の有機合成を志す学生や若い研究者たちにとっては,成功への「ヒント」になるはずである.(引用:化学同人)
対象者
大学4年生以上。特に研究室で有機合成化学を先行している人以上が望ましい。
目次
1 永木 愛一郎 中間体を自在に操り,高速な有機合成化学を
2 栢野 明生 エリブリン合成プロセスへの挑戦
3 西山 章 光学分割法もまだ捨てたもんじゃない
4 大髙 章 「失敗の言語化」が拓いたリバイバル研究
5 大東 篤 新薬候補群の共通中間体trans−3,4−二置換ピロリジンの合成研究
6 野沢 大/ 二村 彩 短半減期型オレキシン受容体拮抗薬の創出
7 垣内 史敏 不活性炭素−水素結合の触媒的官能基化法の開発
8 平井 剛 擬天然物・擬複合糖質を創りだす
9 伊藤 肇 銅(I)触媒ホウ素化からメカノケミカルへ
10 槇尾 晴之 FI触媒の開発とその応用
11 石川 勇人 インドールアルカロイド生合成共通中間体セコロガニンの全合成
12 辻 勇人 並んだ! 流れた! 光った!
13 依光 英樹 不飽和スルホニウムカチオンのシグマトロピー転位
14 徳山 英利 インドールアルカロイド ハプロファイチンの全合成
15 上野 裕明 天然物合成から始まる創薬
16 大宮 寛久 製薬企業とアカデミアがタッグを組んだ!
17 有本 博一 選択的オートファジー機構にもとづく創薬技術:AUTACs
18 大栗 博毅 しぶとく七転八起して “RE”−search を楽しもう!
19 佐治木 弘尚 アミンはPd/Cの触媒毒 それとも活性化剤?
20 忍久保 洋 反応開発から構造有機への転位
21 磯部 寛之 ナノカーボンと有機合成化学
22 江口 久雄 ノーベル賞技術の改良と社会実装
23 嶌越 恒 金属錯体と光触媒の融合
24 中村 達 O−プロパルギルオキシムの触媒的骨格転位反応
25 鷹谷 絢 収率0% = no reaction ?
26 山口 潤一郎 2種類の結合を交換する? 異種結合交換反応
27 市川 淳士 遷移金属によるC−F結合の活性化
28 友岡 克彦 意図的研究展開
29 田中 克典 生体内で働く遷移金属触媒の開発
30 石原 一彰 オンリーワンといえるようなテーラーメイド触媒の開発を目指して
31 戸嶋 一敦 グリコシル化反応の開発物語
32 長澤 和夫 グアニジンアルカロイド類の合成
33 瀧宮 和男 C₈−BTBTの「再」発見
34 大森 建 カルタミンの合成における試行錯誤
35 田中 健 触媒的不斉[2+2+2]付加環化反応の開発
36 藤田 健一 酸化剤を使わずにアルコールの酸化を達成する触媒の開発
37 伊丹 健一郎 世界初のカーボンナノベルトの合成
38 和田 健二 連続フロー合成法の実用化研究
39 深瀬 浩一 自然免疫研究への貢献
40 萩谷 弘寿 シアン化合物を用いない液体メチオニン新製法開発
41 河合 孝治 新規オピオイド医薬の創出
42 難波 康祐 新規蛍光分子1,3a,6a−トリアザペンタレンの発見
43 大江 浩一 運鈍根で挑んだ有機活性種の化学
44 佐々木 誠 海洋ポリ環状エーテル天然物 カリブ海型シガトキシンの合成研究
45 鳶巣 守 ノックは不要
46 安倍 学 位置および立体選択的なオキセタン合成の挑戦
47 中村 正治 変化を楽しむ「わらしべ化楽」
48 寺田 眞浩 秋山・寺田触媒の開発
49 中田 雅久 天然物合成は挑戦の連続:さあ,あの山に登ろう!
50 内山 真伸 基礎研究のすゝめ
51 塚崎 雅雄 ニトロ基脱離を伴う連続SNAr反応によるベンゾフラン合成
52 澤村 正也 金との出会い
53 井上 将行 巨大複雑天然物の全合成経路を構築する
54 杉野目 道紀 キラル溶媒を不斉源とする不斉反応の実現
55 袖岡 幹子 パラジウムエノラートを鍵とする触媒的不斉反応の開発
56 新藤 充 イノラートの発掘と開眼
57 金井 求 アミロイドの触媒的酸化分解反応
58 吉戒 直彦 インドール合成から超原子価ヨウ素の化学へ
59 西澤 直城 新規液相ペプチド合成法SYNCSOL®の開発
60 柴田 哲男 サリドマイドとフッ素化学
61 横島 聡 分子挙動の観察と天然物合成
62 松原 誠二郎 60の手習い
63 山口 茂弘 超耐光性蛍光色素でミトコンドリアを視る
64 松永 茂樹 >100 万回転を実現する堅牢かつ高活性なキラル触媒の創出
65 山子 茂 歴史は繰り返される
66 布施 新一郎 N−メチル化ペプチドのマイクロフロー合成法開発
67 眞鍋 史乃 ピラノシド異性化反応:常識ではないグリコシド立体化学制御
68 千葉 俊介 続 実験のなかからの掘り出しもの
69 斎藤 進 カルボン酸の触媒的水素化への遥かなる道で女神が微笑む
70 依馬 正 二官能性ポルフィリン金属錯体触媒の開発
71 佐藤 隆章 博士研究員からはじまるアミド基への求核付加反応
72 秋山 隆彦 キラルブレンステッド酸触媒の開発
73 柴田 高範 イリジウム触媒に魅せられた一有機化学者の20年をふりかえる
74 大嶋 孝志 触媒的な化学選択性逆転法の開発
75 大井 貴史 ストライガ選択的な高活性自殺発芽剤の発見
76 荒井 孝義 Solid−phase catalysis/CD HTSの開発
77 土井 隆行 うれしい! 自身で骨格を構築できた喜び
78 大熊 毅 ケトンの高活性不斉水素化触媒を求めて
79 須貝 威 齢をとっても,酵素触媒合成実験から感動と喜び
80 畠山 琢次 タンデムヘテロFriedel−Crafts反応の開発
81 近藤 輝幸 ルテニウム錯体の多彩な触媒機能に魅せられて
82 品田 哲郎 超微量天然物の構造決定
83 大石 徹 アンフィジノール3の構造改訂と全合成
84 山田 徹 運命のクロロホルム
85 村井 利昭 C=S基が基軸となる反応から蛍光発光化合物開発へ
86 砂塚 敏明 インドールアルカロイド マジンドリンの全合成
87 大村 智通 ヒドロホウ素化の常識を打ち破る!
88 西川 俊夫 フグ毒テトロドトキシンの全合成
89 栗山 亙 企業研究のなかで出会えた感動
90 青山 恭規 物性・安定性に課題のある原薬を造りきる力
91 松村 靖 緑内障治療薬タフルプロストの開発と工業化
92 西原 康師 炭素−炭素単結合の開裂を伴うオレフィンへの付加反応の開発
93 中尾 佳亮 ニトロベンゼンのクロスカップリング反応
94 西林 仁昭 アンモニア生成反応のブレークスルー
95 岩渕 好治 香月−Sharpless不斉エポキシ化反応からの贈りもの
96 竹本 佳司 三人寄れば文殊の知恵
97 中村 嘉孝 不斉有機触媒を用いるミロガバリンの合成プロセス開発
98 林 雄二郎 Hayashi−Jørgensen触媒の開発
99 藤本 ゆかり 生物有機化学の交差点
100 侯 召民 偶然な「出会い」を大切に
解説
有機合成化学の学協会である有機合成化学協会の80周年を記念して刊行された書籍。一言で言えば「100人100色の合成化学者のドラマが凝縮されている本」である。
2006年に出版された「ワールドクラスの日本人化学者が語る研究物語―『化学者たちの感動の瞬間』と企業研究者たちの感動の瞬間: モノづくりに賭ける夢と情熱の2023年度版といってもよいだろう。特に前者の書籍は大変お世話になり、博士課程、ポスドク、教員になったばかりのときに時があれば眺めていた、筆者(代表)のバイブルだ。
今回の書籍は最先端研究に勤しんでいる有機合成化学者100人によって執筆されている。有機合成化学は構造式を駆使して、頭の中で反応機構を思い浮かべ、そしてそれをすぐに目の前のフラスコで実現できる、発見を実感できる化学だと思う。とはいえ、よく考えたアイデアがうまくいくとは限らない。というよりほとんどうまくいかない。万が一うまくいったときの快感・感動も一塩であるが、それ以上にうまくいかなかったときになんだこれ?から人生のテーマになった化学者も多い。その発見が契機、そして病みつきとなり、研究を続けていく。
そんな化学者たちのアイデアや発見の感動が本書には詰め込まれている。本当に文字通り詰め込まれていて一人につき2ページ、つまり約200ページの書籍である。2ページでこれらを伝えるのは大変困難であるが、各々工夫して面白いストーリを展開している。有機化学をおかずに飯が食える筆者には正直言って超絶面白い。ただし、有機合成化学をよく理解し困難にうち向かっているプレイヤーがより面白く感じるだろう。発見の感動や苦労を身近に感じられるのは、やはりマネジャーでなくプレイヤーであるからだ。そして、自分も絶対にこんな研究をしてやるぞ!!という気持ちになる(科学者を目指すならばぜひそうなっておほしい)。少なくとも、前書を読んでいた筆者は挫けそうになった時に毎回夜中に眺めて気持ちを奮い立たせていた。
というわけで多くの学生や若手研究者に読んで欲しい内容であるが、この内容を理解できなければ、もっと経験を踏み、学んで面白くなって欲しいと思う。
ちなみに筆者も、著者の一人として1つ執筆させていただいた。昔の感動や現在のその化学者の成り立ちのような成功物語は、より極めた方々がもっとかっこよく書いてくれると思ったので、やめた。もうひとつやめた理由は、心底感動できる瞬間はプレイヤーとして苦しみ楽しんだ学生のものだと思ったからだ(それでもすべて2番目に感動していると思っている)。そこで、最近みつけた新反応を珍しくしっかり考えて成功したアイデアについて述べた。わかりやすく書いたつもりではあるが、こんな感じでうまくいくこともたまにはあるということをわかっていただいたら幸いである。毛色が少し異なってしまって申し訳ない。
大学教員のみならず、企業の研究者も含まれており、全員現役である。、内容がいまいちわからないひとは、その化学のキーワードと名前から覚えていくといいかもしれない。この内容で3000円切っているのは利益を度外視して(実際にそうです笑)出版している本であり、ぜひとも手にして、時間のある限り読んで欲しい。
なおに執筆者には一銭たりとも入っていないor入ってこないので、その辺は心配しなくても大丈夫です。