概要
元素循環化学は、SDGs の達成に寄与するものとして近年関心が増している。本書では、元素循環の概念に基づいた研究や技術である、「大気・水」「人間の活動で排出される二酸化炭素」「太陽光エネルギーを用いる光触媒」「微生物の資化の利用」を取り上げ、SDGsへ向けた化学からのアプローチを解説。化学が持続可能な社会のために何ができるのか、その研究によりどのような未来を創ることが可能となるのか展望する。また、新しい技術研究を支える社会基盤、SDGs達成にむけての行政の在り方を、国の「SDGs未来都市・自治体SDGsモデル事業」に選定されている環境産業都市・北九州市の例を取り上げ解説する。環境技術に興味を抱く学生や環境問題・SDGsに取組む企業・自治体に、本書は課題解決へのヒントとなる一冊である。(引用:丸善出版)
対象者
大学生以上。化学の専門書というよりかは、化学分野に関する大人向け社会科の教科書という面が大きいかと思います。実際、化学のバックグラウンドが無くても読み進めることができます。
目次
1章 化学とSDGs
1.1 化学と社会
1.2 グリーンケミストリーとサスティナブルケミストリー
1.3 持続可能な開発目標:SDGs
1.4 エネルギー・環境イノベーション戦略(NESTI 2050)
1.5 化学で達成を目指すSDGs
1.6 元素の循環
1.7 本書の概要
2章 大気と水 ―資源化・循環
2.1 地球の大気と水
2.2 窒素と水の資源化:NとHの元素循環
2.3 大気成分の78 %を占める窒素によるアンモニア製造と元素循環
2.4 一世紀前から現在まで工業的なアンモニア合成を担っているハーバー-ボッシュ法
2.5 低エネルギー型アンモニア合成反応:研究開発の広がり
2.6 酸素と水の資源化:O とH の元素循環
2.7 大気と水の資源化によるN とO とH の元素循環
3章 二酸化炭素と地球温暖化 ─排出制限・貯蔵・変換
3.1 人類の活動と気候変動
3.2 温室効果ガスと地球温暖化
3.3 二酸化炭素の排出量削減技術
3.4 カーボンニュートラルとカーボンリサイクル
3.5 二酸化炭素を資源化する循環可能化学の最先端研究
3.6 二酸化炭素を資源化する循環可能化学の役割
4章 光触媒 ─環境浄化・人工光合成
4.1 エネルギーとしての太陽光の利用
4.2 光エネルギーと化学反応:身の回りの光化学反応
4.3 光触媒のしくみ:光と半導体を用いた触媒反応
4.4 光触媒による環境浄化:光で快適な環境をつくる
4.5 光触媒による資源循環:太陽光と大気と水から燃料をつくりだす
5章 微生物の利用 ─分解・環境保全・資源産生
5.1 地球上の微生物と生態系とのかかわり
5.2 元素循環における微生物の役割
5.3 環境に負荷を与えるさまざまな化学物質
5.4 ゲテモノ食い微生物:分解菌,分解反応などの機能
5.5 資源生成,環境保全に役立つ微生物:Waste to Value and Clean
5.6 微生物機能の向上化を目指した先端研究
6章 SDGs を実現する社会行政
6.1 脱炭素社会と循環型社会・SDGs の黎明:世界の動向
6.2 循環型社会・SDGs と行政:環境先進都市・北九州市の行政
6.3 循環型社会構築の技術育成:SDGs と資源循環
6.4 循環型社会の社会基盤形成
6.5 SDGs 達成に向けた北九州市の貢献
6.6 元素循環のSDGs 目標達成への北九州市の貢献
7章 化学が拓くSDGs の展望
7.1 「晴耕雨読」の考え方
7.2 「塵も積もれば山となる」の考え方
7.3 社会の需要とESG
7.4 本書で述べたこと
7.5 化学が拓くSDGs
7.6 POSITIVE とPASSIVE
7.7 おわりに
解説
持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であり、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択されました。プレスリリースなどでは17の国際目標のロゴを引用して、どの項目貢献する内容か示されていたりします。本書では化学技術を用いてどのように元素を循環させ、SDGsを達成すればよいかを解説しています。
次に各章の内容を見ていきますが、第1章のSDGsや元素循環の概念、第2章以降の要約といったイントロダクションに続いて、第2章では窒素、酸素、水素の資源化について解説しています。この章でページ数を多く割いている内容はアンモニア合成であり、現状のハーバー・ボッシュ法による合成から、現在研究が進んでいるいくつかの新しいアンモニア合成法まで広く浅く取り扱われています。いくつかの研究が紹介されていると、どの方法が一番有力で実用化に近いかを考えてしましますが、用途や規模によって使い分けるものだと本書の著者は主張されており、方法の使い分けについて見解が示されているのはオリジナリティの高い内容だと思います。また終盤では、クリーンな酸化剤として酸素ラジカルの活用についても紹介されており、表面処理や合成研究においてもSDGsに直接貢献できる研究分野があることを再認識させられました。
第3章は、温室効果ガスである二酸化炭素についてです。少し前に、カーボンニュートラルへの化学工学: CO₂分離回収,資源化からエネルギーシステム構築までという書籍を紹介しましたが、本書でも二酸化炭素の貯蔵や資源化の手段について解説しています。特に二酸化炭素の電解還元については、電極の金属比を変えた時の実験結果や計算化学による活性の違いの考察などがなされており、一つの章としての取り扱いにも関わらず、興味深い最新研究の結果が盛り込まれています。第4章は光触媒についてですが光エネルギーから解説は始まり、光触媒の作用機構をエネルギーダイアグラムを用いて解説されています。光触媒の応用として環境浄化と水の分解について取り上げられていますが、これらの内容でもエネルギーダイアグラムが多用されており、それぞれでどのような手段を用いて反応を促進させているかが理解しやすい解説となっています。
第5章では、微生物の利用について解説しています。本章では、まず微生物が炭素、窒素、硫黄をどのように変換しているかが解説しています。続いて登場するのはダイオキシンなどの環境に負荷を与える化学物質であり、これに対して人体に対して有害な物質を分解する微生物が続いて紹介されています。そして章の後半からは、エネルギー生成に関連するバイオマスとその効率を向上させる最新の研究に触れています。他の章については予備知識があり、ある程度の理解の上で読んでいましたが、この章で取り扱われている微生物については予備知識がない状態で読みました。それでも、分かりやすい構成かつ的確な図が加えられており、内容を理解しながら最後まで読むことができました。
第6章では、SDGsを実現する社会行政として世界各国の目標や企業・団体の動きを取り扱っています。興味深い内容は北九州市の事例についてで、市独自の補助金や自然エネルギー発電を促進するような仕組みがあることを紹介しています。最後に第7章では化学が拓くSDGsの展望として、ここまでのまとめとSDGsの実現に重要な考え方を提案しています。
本書は、化学分野がSDGsに貢献できる内容が広く浅くまとめられていて、対象者の項で記した通り大人向け社会科の教科書だと思いました。ただし広く浅くとはいっても時折深い内容も織り込まれており、ある程度化学のSDGsに詳しい方にとっても新たな発見があるかと思います。特に微生物については自分にとって新鮮で、例えば未開拓な資源宝庫とのことで今後の発展次第では大きくSDGsに貢献できる可能性があることが分かりました。このように化学に関係する専攻や業界の方はもちろんのこと、そうでない方にもぜひ読んでいただきたい書籍です。