赤い表紙の「実験を安全に行うために」、青い表紙の「続 実験を安全に行うために」と言えば、化学系の学生は誰もが一度は読んだことがあると思います。化学同人から出版されているこのシリーズに、黄色い表紙の新星が登場しました。その名も「続続 実験を安全に行うために –失敗事例集–」!
失敗は成功の元と申しますが、危険を伴うような失敗は成功以前に命に関わることもしばしばです。命あっての物種ですから、先人の失敗は追体験をすることなく、文献で学んでおくのがベストです。本書はそんな失敗事例を網羅した、化学実験におけるタブー集の決定版です。
学生が実験をするとき,実際によくやってしまう失敗事例を集めた本.失敗事例と,それがなぜ起きてしまったかを,イラストと簡潔な説明で示し,さっと読むだけでポイントがわかるようにしている.化学実験を行うすべての学生が,常に注意意識をもてるように手元に置いて持っておきたい1冊.
『実験を安全に行うために』(赤本),『続・実験を安全に行うために』(青本)のシリーズに加え,「黄本」とする.『続・実験を安全に行うために』(青本)と目次を連動させ,青本では手順を,この本では注意点を確認できるようにしている.簡単な確認問題や,ケーススタディを用意し,講義等でも使える.また,索引を充実させ,何に注意すべきかを,すぐに引っ張り出せるよう工夫した.
目次
1.実験を始める前に (1-1 実験装備 1-2 実験設備 1-3 論文読解)
2.ガラス器具 (2-1 取り扱い 2-2 洗浄・乾燥 2-3 フラスコ・ビーカー 2-4 容量器 2-5 試薬瓶 2-6 注射器・マイクロシリン ジ 2-7 ピペット 2-8 温度計)
3.ゴム製品 (3-1 ゴム栓・ゴム管 3-2 セプタムラバー)
4.電気器具
5.ガラス細工
6.真空 (6-1 真空ポンプ 6-2 真空計)
7.粉砕
8.加熱 (8-1 加熱手段 8-2 加熱方法)
9.冷却
10.撹拌
11.抽出
12.ろ過
13.乾燥
14.蒸留・濃縮 (14-1 蒸留 14-2 濃縮)
15.再結晶
16.クロマトグラフィー
17.ボンベ
18.試薬 (18-1 酸・アルカリ 18-2 禁水性試薬 18-3 保管・性質 18-4 健康被害 18-5 廃棄)
目次だけを見ると、一般的な有機合成の手順書のようですが、これらすべてが「失敗事例」で占められています。その数、実に 164 例!研究室の日常はたくさんの危険と隣り合わせだということを改めて感じさせられます。
さらに、各事例紹介の合間に、失敗を防ぐためのチェック項目やケーススタディによる対応法の問題が掲載されています。読み物としてだけでなく、一つの事例から化学実験における心構えをしっかりと身につけることができます。
それでは、数ある失敗事例の中から、いくつか身に覚えのあるものを紹介します!
事例紹介 1. ガロン瓶がちぎれて飛んでいった!
続続 実験を安全を行うために –失敗事例集– p.28 より
筆者は、取っ手ではなく首の部分を持ってやらかしたことがあります。実験器具は基本的に両手で支えなければいけませんね。
事例紹介 2. アルゴン雰囲気なのに試薬が発火した!
続続 実験を安全を行うために –失敗事例集– p.108 より
これは未遂で済んだのですが、研究室に配属されたての学生が窒素ボンベと間違えて酸素ボンベからバルーンに気体を入れて、不活性ガス条件が必要な反応を行おうとしていました。ボンベの色の違いをしっかり教えていないと、彼らには違いが分からない可能性もあります。新人の監督はしっかりすべきだと改めて思い知らされました。
事例紹介 3. 病院でもらった薬で悪化した!
続続 実験を安全を行うために –失敗事例集– p.121 より
薬傷に対する医師の知識は、汎用される酸・アルカリ・腐食性物質くらいで、DCC によるアレルギー症状などに対応してもらえるかは分かりません。白衣は腕まくりせず、怪しい試薬は手袋をして取り扱うという、基本中の基本を忘れてはなりません。
感想
有機合成系のラボに所属する学生・院生・教員や、化学系企業所属の方など、あらゆる化学研究者がぜひ1人1冊常備しておきたい良書です。特に、学部・修士学生の実験を現場で指導する博士課程学生やポスドク、助教の先生方などにはぜひ全編熟読して、ケーススタディも含めて学ぶことを推奨します。実験における「失敗知識」は、どうしても秘匿したがるものです。しかし、「あるある」な失敗の一つも研究室に配属されたての学生は当然知っているはずもなく、しっかり監督していれば防げる事故事例が多く発生しているのも現状です。失敗知識こそ、すべてのラボで共有されるべき財産ではないかと思います。
1つの重大事故の裏には、29件の軽微な事故があり、300件のヒヤリハット事例があるとするハインリヒの法則を考えると、本書のような失敗事例集に掲載される事象の背景には、膨大な未遂事例が存在していると考えられます。特に「慣れ」は恐ろしいもので、実験に慣れたつもりでいる M1 の1月くらいの修士課程学生がヒヤヒヤする作業を行なっていることもしばしば見受けられます。本書を読んでおくと、学生たちがどんな失敗を犯しやすいかイメージすることができ、また自身への戒めともなります。なんと本書は定価 1100円 (税込・令和4年現在) とお手頃もお手頃なので、ラボに配属された学生へ、赤本・青本と一緒にプレゼントしても良いのではないかと思います。既に教科書として採用している教育機関も複数あるようです。手引書の新たなゴールデンスタンダートとして、ぜひ本棚に加えてください!
関連書籍
赤本・青本のほかに、こんな書籍も発売されています!実験の安全対策に、各自揃えておきたいですね。