概要
農薬,化学肥料,プラスチック,合成洗剤,家庭用の殺虫剤等の化学製品はずいぶん身近なものとなった。これらの貢献と化学物質による被害例を紹介するとともに,関連する法律の現状を解説し,化学物質と上手に付き合う方法を示す。(引用:コロナ社より)
対象者
本書では、化学物質の生活を便利した面とそれが原因となった公害や規制法律について紹介しており、一般の方が化学物質のメリットとリスク両方について学ぶことができる書籍です。また書籍の後半では、化学物質の管理に関する法令や規制についてまとめられており、化学系の大学生や化学物質の開発や販売に関わる方にとっても学ぶことが多い書籍だと思います。
目次
- 1. 化学物質とはなにか,いつごろから急に増えたのか
1.1 化学物質ってなんのことなのか
1.2 合成化学物質はいつごろから急に増えたのか - 2. 身近な化学物質はどんな貢献をしているのか
2.1 農業の省力化と収穫量の増加や安定化に貢献している
2.2 プラスチックによって生活が豊かになっている
2.3 機能性化学物質によって生活が豊かになっている
2.4 家庭での化学物質使用によって生活の質が向上している - 3. 化学物質によって被害がでた例
3.1 化学物質によってある特定場所で被害がでた例
3.2 化学物質によってある地域が汚染されて被害がでた例
3.3 化学物質によって地球が汚染されて被害がでている例 - 4. 化学物質を管理するための法律はどうなっているのか
4.1 化学物質管理の法律全体はどうなっているのか
4.2 特定の有害性がある化学物質の管理はどうなっているのか
4.3 農業用の化学物質の管理はどうなっているのか
4.4 工業用や医療用の化学物質の管理はどうなっているのか
4.5 職場や家庭等での化学物質の管理はどうなっているのか
4.6 化学物質による環境汚染の管理はどうなっているのか - 5. 化学物質管理のこれまでとこれから
5.1 化学物質管理のこれまでと改善方法
5.2 これからの新しい方向
内容
本書は、一般の方が感じている化学物質への難しさと怖さを解消するために、化学物質がいかに生活を豊かにしたかを紹介しながら、過去の公害や事故を振り返り、そして現在日本の管理制度、より良くするための提言を示しています。第1章は化学物質の基礎知識として、化学物質の分類や各分野の内容、化学物質の合成に必要な原料の入手先について紹介しています。印象的だったのは、70ほど前までは合成化学物質はほとんど存在しなかったというコラムの内容で、現在80歳くらいの方は合成化学物質の進化によって生活が豊かになっていくのを実感していたことになり、化学に携わる者としてうらやましさを感じました。
第2章は、化学物質の各分野での現在の活用として、広く浅く農薬・化学肥料・プラスチック・電子材料・医薬品・洗剤・香料などで使われている化合物を解説しています。農薬の配合成分やその役割については詳しく取り扱われており、専門外の自分にとっては勉強になる内容でした。またプラスチックに関する内容では、製品に付けられている関連マークの認証機関と付与される意味がまとめられており、時々見かけるマークの意味についての疑問が解消されました。
第3章から化学物質のマイナスの面を見ていくことになります。本章では、化学物質に関連する事故や健康被害、環境汚染について数多くの事例について解説されています。まず印象的な内容は、第四類危険物の種類別出火・流出原因のグラフであり、やはり引火点が低い第一類での出火原因が約40%を占め、要因としては人的が50%ほどを占めていることから、引火点の低い可燃性液体の取り扱いには注意を払う必要があると改めて認識させられました。有名な四大公害病については小中学校の教科書よりも詳しく解説されており、特に水俣病については、すんなりと有機水銀が原因だと認められたわけではなく、産学で水銀が原因か否かで大きな論争になった上で結論が出たことに大きな驚きを感じました。ビジネスを追求する限り、安い原料、効率の良い反応を選択するのは自然ですが、製品だけでなく副生成物の安全性にも目を向ける必要があることを再認識させられました。
第4章は、化学物質に関する法律の解説として、様々なタイプの化学物質の貯蔵や使用、排出に関する法律を一つ一つまとめられています。冒頭にまとめた図が掲載されていますが、消防法といったそれなりに知っている法律から、名前だけ知っているもの、全く知らなかったものまでたくさんあるなと感じました。化学品を製造する企業においても全ての法律が直接関係することはないと思いますが、基礎知識として知っておいて損はない内容だと思います。
第5章では、ここまでの現状を踏まえてこれからどうしていくべきなのか、筆者の活動や提言がまとめられています。一つは化学物質に関連する法律が多くまた管轄する省庁も多岐に渡ることについて、統合した法律を作るべきと主張しています。また、化学物質に関する毒性をわかりやすく伝えることをより重視し、表記の一例を紹介しています。そして章の終盤には、化学物質のリスクを正しく理解し削減していくことを目指している業界の活動や市民団体を紹介しています。
今でこそ有機水銀は毒性が高いと認知されていますが、公害が起きた当時はそのような認識や証拠が無かったため、健康被害の原因が分からず、解決に長い時間がかかってしまいました。一方で、今使われている化学物質が何の毒性も無いとは言い切れず隠れた毒性があるかもしれません。このように化学物質と毒性の関係については答えが変わることもあり、難しいと感じます。そのため潜在的な毒性の調査を地道に続けると同時に、化学物質の正しい理解を専門家だけでなく多くの人が持つべきだと本書の特に第5章を読んで感じました。携わっている研究が環境や毒性に直接関係がなくても、化学物質の安全性について考えるいい機会となる書籍だと思います。