概要
赤外線に分類される電磁波の波長領域は広く,中波長領域は分子振動のエネルギー領域にかかるところから,赤外分光の化学と関係が深い.本書は他の波長領域も含めて赤外線の化学利用を外観.テラヘルツ領域,新しい光源や分光法,近赤外波の生体透過性を活用する医療応用などを見る。(引用:化学同人書籍紹介より).
対象者
- 分光測定の研究者
- 素材の新たな測定法を模索している方
- 近赤外・テラヘルツ波の応用に興味のある方
大学生以上であれば、予備知識なしで赤外線の応用を本書から学ぶことができると思います。一方、赤外線の光源や検出器の研究内容について理解する場合には、光物性の基礎を理解している必要があります。このCSJカレントレビューは電子書籍としても購入できます。
目次
◆第Ⅰ部 基礎概念と研究現場
- 1章 Interview:フロントランナーに聞く(座談会)
- 2章 Basic concept:テラヘルツ光の科学の基礎概念
- 3章 History :赤外域の分光学――近赤外,赤外,遠赤外分光学の歴史的発展と現状,将来
- 4章 装置自慢:(テラヘルツ光源・検出器)
- (1)超小型高効率RTD(共鳴トンネルダイオード)
- (2)後進テラヘルツ波パラメトリック光源
- (3)MEMS共振器構造を用いた非冷却・高感度・高速ボロメータ検出器
- (4)フェルミレベル制御バリアダイオードを用いたテラヘルツ波イメージングシステム
◆第II部 研究最前線
- 1章 近赤外光を用いた光線力学治療への展開
- 2章 近赤外光による生体イメージングと光免疫療法
- 3章 波長制御された赤外線光熱変換型ヒーター及びセンサー
- 4章 超音波アシスト中赤外分光法による日常生活環境下での“その場解析”
- 5章 AFM-IRによるナノスケール赤外分光
- 6章 テラヘルツ波の発生・検出技術の最近の進歩とその分光・計測への応用
- 7章 赤外域~テラヘルツ域における固体の極端非線形光学効果
- 8章 テラヘルツ分光で探る水の分子ダイナミクス
- 9章 テラヘルツ光を使ったIoT分析科学技術
- 10章 テラヘルツ波ケミカル顕微鏡
- 11章 生体高分子のTHz光照射影響
- 12章 メタマテリアル量子井戸赤外検出器とそのガス検出への応用
- 13章 高分子のテラヘルツおよび低波数ラマン分光
- 14章 テラヘルツ分光応用:インフラ非破壊検査からプラスチックリサイクルまで
- 15章 テラヘルツイメージングによる鋼材の塗装膜下腐食分析
◆応用トピックス
- 浜松ホトニクスの分光機器紹介
- 汎用テラヘルツ分光装置の紹介
第III部 役立つ情報・データ
- この分野を発展させた革新論文
- 覚えておきたい関連最重要用語
- 知っておくと便利!関連情報
内容
本書は、化学同人社より出版されている「CSJ カレントレビュー」シリーズです。第一弾の驚異のソフトマテリアル の出版から10年以上が経ちましたが、興味深いトピックを取り扱ったカレントレビューの出版が続いています。本書では、可視光と電波領域の間の波長を意味する赤外とテラヘルツに関連した研究を紹介しています。章の構成は他のCSJカレントビューと同じで、専門家による座談会に続いて、基礎知識、最先端の研究紹介と続いています。
第I部の第1章では、テラヘルツ波自体や発生・検出装置を研究されている方とテラヘルツの応用を研究されている方、両方の専門家が集まって行われたオンライン座談会の内容が要約されています。話題の中心はテラヘルツの歴史と現状、将来的な展望や日本と海外の研究体制の違いなどですが、5Gや家庭用機器といった一般的なトピックにも触れられていて、専門的な内容に入りやすい構成だと思いました。化学としてはテラヘルツの応用は歴史が浅く、紫外可視光や赤外線のように化合物の吸収や反射を広く調べるまでには至っていません。また、化学科の講義でも取り扱うことは少ないと思います。そんな状況の中でテラヘルツの基礎と歴史を紹介するパートは、テラヘルツの要点がまとめられていて、紫外可視や赤外光とどう性質が異なるかを理解することができます。その一方でSuicaの透過画像や有機化合物の測定スペクトルなども紹介されていて第II部につながるような構成になっています。タイトルがユニークな第4章は、各研究グループが開発した装置が紹介されています。装置の詳細は専門的でしたが、最後の結果で登場する画像やグラフは、装置開発の結果でどのようなことができるようになったかを端的に示しており、実用化の必要性を感じました。
第II部では、15の研究例について紹介されています。内容は大きく分けて、テラヘルツや赤外線のスペクトル測定やイメージイング、化学反応といった照射対象物に関する研究と光の発生方法や検出器についての研究の二つがあり、半分半分の割合で掲載されています。まず照射対象物に関する研究について、テラヘルツ波・近赤外線の応用はスペクトル測定やイメージングが主だと考えていましたが、それだけでなく透過する特性を活かした光線力学治療や化学反応、コンクリート・鋼材の劣化度評価など幅広い応用の可能性があることを知りました。具体的に11章 生体高分子のTHz光照射影響は、テラヘルツが化学反応に関与するという内容で大変驚いた内容でした。光反応のようにテラヘルツが有機化学の論文誌に多く登場する日も遠くないかもしれません。どの章も簡潔に研究内容がまとめられているかつ図が数多く掲載されているため、予備知識なしで単純に近赤外やテラヘルツでどんなことができるか理解できると思います。
光の発生方法や検出器についての研究では、装置を改良して新しい測定を可能にする研究内容を主に紹介しています。4章 超音波アシスト中赤外分光法による日常生活環境下での“その場解析”に登場するスマートトイレは、日々の人間の行動によって健康管理に役立つデータが取得できるようになるわけであり大変興味深い研究内容です。実用化には”ノイズ”をどう抑えるかが需要であり、今後の装置の開発に期待します。Apple watchをはじめとするスマートウォッチで心拍数や血中酸素飽和濃度を測定できるのは、小型の測定デバイスが装備されているからであり、これらの研究の延長線には、身に着けるデバイスに搭載されて体の情報が取得可能になる応用が想定されます。話は少し反れましたが、こちらの研究内容を深く理解するには光物性の知識が必要です。研究の方向性に深く切り込んでおり、デバイス研究でも役立つ内容が満載だと思います。
トピックスでは、浜松ホトニクスとアドバンテストのテラヘルツ分光装置が紹介されています。それぞれの機器の特徴が2ページでまとめられており、様々な試料を測定することを目的に購入を検討している場合には、装置選定に役立つと思います。
応用が無ければ機器開発は進まず、機器が手ごろにならなければ、応用の開拓も進みません。そのため二つ研究が両輪として進むべきであり、本書では全体として、赤外線の利用について照射対象物と光自体の両面から研究内容を紹介しております。そしてそれぞれに対しても様々な研究が紹介されており、化学に関連する近赤外・テラヘルツの多くがこの一冊に凝縮されていると思います。