概要
2015年12月31日,「日本に新元素の命名権が与えられる」というニュースは国内を駆け巡った。そして翌年6月8日,原子番号113番の元素の名前として「ニホニウム」が提案された。ニホニウムは元素の中で,現在のところ唯一日本にちなんで名付けられた元素である。 ニホニウムは自然界には存在せず,日本の研究機関で2つの原子核をぶつけることにより人工的に合成された。ニホニウムは超重元素または超重核と呼ばれ,元素,原子核のフロンティアと呼べるものである。 本書では,その合成・発見に至る物語を紹介するとともに,その周辺領域である超重元素・超重核の物理について解説する。元素は何番まで存在しうるのか,そして原子核はどこまで存在しうるか,原子物理・原子核物理の双方から,著者の見解も込めながら解説する。(引用:共立出版)
対象
内容をすべて理解するには、学部レベルの物理学の知識が必要です。ただし理系学部1,2年次で勉強する物理学や化学科で勉強する理論化学、量子化学の知識を持ち合わせていれば元素を人工的に合成する研究の雰囲気を知ることができると思います。数式は少なく、文章と図で内容を解説されていることも最低限の知識で読み進めることができる理由の一つになっています。
目次
- ニホニウムと超重元素
1.1 ニホニウムの合成・発見:はじめに
1.2 自然元素発見の歴史~超重元素研究前史~
1.3 原子核の内部構造の発見~陽子と中性子,そして核図表~
1.4 原子核を人工的に「つくる」
1.5 元素はなぜたくさんあるのか
1.6 加速器の登場と超ウラン元素,そしてアクチノイド
1.7 超重元素
1.8 超重核合成実験の様々な要素
1.9 冷たい融合反応と熱い融合反応~重イオン原子核反応競争~
1.10 ドイツの重イオン原子核反応~冷たい融合反応~
1.11 ロシアの重イオン原子核反応~熱い融合反応~
1.12 日本の重イオン原子核反応~ドイツ・ロシアとの競争~
1.13 まとめ
1.14 超重元素探索研究の今後 - 原子の構造
2.1 水素様原子~1電子系~
2.2 原子の閉殻構造~多体電子系~
2.3 相対論効果
2.4 118番元素,そしてその先 - 原子核の構造
3.1 原子核~概要~
3.2 結合エネルギーと原子質量
3.3 液滴描像と半経験的原子質量公式
3.4 原子核の閉殻構造
3.5 原子核の変形
3.6 原子核の安定性・不安定性 - 原子核の質量研究の現状
4.1 核力
4.2 原子核の理論計算の分類
4.3 巨視的-微視的法(macroscopic-microscipic法)
4.4 密度汎関数法(energy density functional法)
4.5 原子質量計算,超重核への適用 - 原子核崩壊と原子核の安定性~超重核の安定の島~
5.1 原子核崩壊
5.2 原子核の崩壊様式の核図表上の様子
5.3 α崩壊
5.4 β崩壊
5.5 核分裂
5.6 原子核の存在の範囲~超重核の安定の島~ - 超重元素を作る~原子核融合反応~
6.1 原子核反応の基本事項
6.2 冷たい融合反応と熱い融合反応~生成断面積の著しい減少~
6.3 複合核
6.4 捕獲過程におけるクーロン透過~変形の効果~
6.5 揺動散逸動力学
6.6 Q値と励起関数~超重核合成反応の成否を分ける部分~
6.7 超重元素合成実験の展望 - 超重元素・超重核研究の展望
7.1 元素の存在限界
7.2 原子核の存在限界
7.3 中性子星内殻とパスタ原子核
7.4 宇宙で作られた超重元素
7.5 終わりに
解説
理化学研究所仁科加速器研究センターでは、2004年から2012年までに113番目の新しい元素の合成・観測に成功しました。そして2016年11月30日に113番目の元素として正式にNh(ニホニウム)が決まり、アジアで初めて日本発の元素が周期表に加わりました。本書では、このニホニウム発見までのいきさつや、元素を人工的に合成する研究の歴史、超重元素・超重核の物理について解説しています。
第1章ではニホニウムに焦点を当てて、元素研究の歴史、人工元素合成の実験方法と設備、ニホニウム観測までの理研での動きなどを紹介しています。人工元素合成については、全く知識がなく、原子を加速器で加速させて衝突させて新しい元素を合成するものだと漠然と想像していました。しかし本章で合成にはいくつかの方法があり、各国の装置でいろいろな違いがあるということを知り、人工元素の研究の面白さを感じました。また未知の元素の観測方法についても、半減期は極めて短い中どのように観測しているのか不思議でしたが、α崩壊の回数を観測し未知の元素の合成を確認していることを本章で知り、興味深いと感じました。ニホニウムについては、海外勢との競争の状況や理研での実験状況が時系列で記述されていて、ギリギリのところでの戦いの末に命名権を勝ち取ったことが理解できます。小川正孝による幻の43番目の元素、ニッポニウムの発見と仁科芳雄による93番目の元素の合成にもついても紹介されており、元素を命名することが悲願であったことをこの二つの物語が強調しています。
第2章では、原子の構造について解説しています。原子の閉殻構造から相対論効果などに触れ、重元素ではどのような振る舞いが見られるかを学習する章となっています。覚えている理論化学の内容で何とか理解できました。第3章は原子核についての内容がメインで、原子核の構造から入り、電子と中性子、陽子が増えていくと原子核の安定度はどう変わり、不安定だとどのようなことが起きるのかを解説しています。ここまでくると完全に物理学の内容ですが、図による解説が充実していて核分裂までの過程を理解することができました。
第4章は、超重元素の研究において重要な原子核の質量を予測手法について解説しています。なかなか専門的な内容で詳細を理解できませんでしたが、実験結果と再現できるようなモデルの研究が進んでいることが分かりました。第5章では、原子核の核種崩壊についてと超重核の安定の島について解説しています。放射化学の単元でα,β,γ崩壊については勉強しましたが、本書ではα崩壊とβ崩壊、核分裂の様子を詳細に解説しており、深く理解することができました。超重核の安定の島とは、鉛やウランよりも原子番号が大きい原子核に安定な原子核が存在するかもしれないという予測のことで、本章ではそれを裏付ける様々な計算の結果を紹介しています。現状、354[126]228の半減期が100年ほどと見積もられており、合成後に化学的物性調べられることを期待します。
第6章では、実験的に超重元素を合成する方法について解説しています。なかなか専門外にとっては難しい内容で、図を理解するのに精一杯でしたが、今後のさらに新しい元素を合成していくための方法が示されています。より大型で高額な施設を建設することが必要不可欠だと思っていましたが、より具体的にどんなことを達成すべきなのかを本章を読んで知ることができました。第7章において超重元素・超重核研究における今後の展望を紹介して締めています。新しい元素の合成だけがミッションではなく、超重元素全体を理解していくことが学問として目標であることを読み取ることができます。
筆者は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 研究推進室 室長の小浦寛之さんで、原子核物理の理論を専門とされています。ニホニウムの合成実験にも関係しており、このニホニウムの発見の意義や合成実験の歴史を紹介すべく本書を執筆されたそうです。またアウトリーチ活動を精力的になされており、具体的には一般向け講演を数多く行っており、動画も公開されています。さらに、理解の助けになる図表、模型も製作されており、本書にもいくつかのカラー口絵が掲載されています。
ニホニウムに関連する書籍・コンテンツは数多く制作されていますが、本書は専門的な部類です。しかし、図が充実しており一般向けから先を知るには良い書籍だと思います。。
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- マンガ「113 ~ニホニウム発見に挑み続けた研究者たち~:森田浩介グループディレクターの生い立ちからニホニウム発見、元素名命名に至るまでの道のりを紹介したマンガ