概要
世界で初めて犯罪者を”科学”捜査で追い詰めたのは、ドイルとホームズだった!?
世界で一番有名な探偵,シャーロック・ホームズ.優れた観察眼と推理力で難事件をつぎつぎと解決する探偵物語は人々を魅了してやまない.その天才的な頭脳ばかりが強調されがちであるが,小説家のアーサー・コナン・ドイルが創造しようと試みたのは,自分の職業に科学を積極的に取入れる探偵であった.本書ではホームズが扱った60の事件に科学の側面から光を当てる.科学に興味をもつ人なら,現代の科学捜査の先駆けともいえるホームズの物語に大いに興味をそそられるであろう.(引用:東京化学同人)
対象
専門関係なくどなたでも読み進めることができる本です。アーサー・コナン・ドイルの代表作であるシャーロック・ホームズシリーズについて、本書の筆者が物語の背景について解説しているため、シャーロック・ホームズシリーズを読んでいたり、登場人物を知っていると論じている内容の理解がより進むと思います。
目次
第1章 ホームズはどのようにして創られたか
1.アーサー・コナン・ドイル
2.エドガー・アラン・ポーの影響 ジョゼフ・ベル博士の影響
第2章 おもな登場人物たち
1.シャーロック・ホームズ
2.ジョン・H・ワトスン博士
3.ジェイムズ・モリアーティ教授
4.その他の重要な登場人物 兄マイクロフト、ハドスン夫人、スコットランド・ヤードの警官たち
第3章 科学捜査のパイオニアとしてのホームズ
1.ベルティヨンの手法
2.指紋の活用
3.化学とホームズ
4.手書き文書
5.印刷された文書
6.暗号学
7.犬の利用
8.結論
第4章 化学とホームズ
1.はじめに―深遠、それとも風変わり?
2.コールタール誘導体と染料
3.有毒化学物質
4.アシモフの見解―ホームズはへまな化学者か?
5.その他の化学物質
6.結論―深遠、それとも風変わり?
第5章 その他の科学とホームズ
1.数学
2.生物学
3.物理学
4.その他の科学 天文学、地質学、気象学
解説
「推理は化学なんだよワトスン君」というキャッチコピーに釣られて読んでみましたが、全ての章が化学に関連しているわけではなく、コナン・ドイルという実在の人物について、そのコナン・ドイルがシャーロック・ホームズという推理小説の中で描いた各登場人物や世界観、取り扱われた事件について解説している本です。その中で第4章では特に化学の内容に特化してシャーロック・ホームズの中の内容を取り上げています。
では章ごとに内容を見ていきます。第1章では、コナン・ドイルがどのような人生を送りシャーロック・ホームズシリーズを執筆したのかが解説されています。自分自身、シャーロック・ホームズはだいぶ前にいくつか読んだだけで、コナン・ドイルについて何も知りませんでした。そのため、医師の副業として小説を書き始めたことがまず大きな驚きを感じました。また、主の登場人物であるシャーロック・ホームズは誰をモデルにしているかについて章の中盤から、小説家、エドガー・アラン・ポーやコナン・ドイルの恩師ジョゼフ・ベル博士などについて触れながら推理されているところも興味深いです。第2章では、架空の人物であるシャーロックホームズシリーズでの登場人物について解説しています。この章は、登場人物の解説ということで小説からの引用が多く想像を膨らませるには、一通りシャーロックホームズシリーズの予習が必要だと感じました。ただ、小説の引用だけでなく小説が執筆された当時の時代背景の影響についても論ぜられており、最低限の知識でも大まかにどのような人物として描かれていたかは、理解することができると思います。
第3章からいよいよ科学的な検証に入ります。まずこの章では小説の中で登場する7つの事象について解説しています。共通の流れで記述されており、まず実際の世界でどのような手法や事象があったかが解説され、それに続いて小説の中でどのように取り扱われたかが紹介されています。最後のまとめでは、コナン・ドイルが描いた革新的な手法は後の現実世界の科学捜査技術で取り入れられていることが確認されております。最後の作品の発表から90年以上経過しており、捜査技術が発展していることには驚きを感じませんが、コナン・ドイルが考えた手法が合理的だからこそ現実が短い期間で空想に追いついたのかもしれません。第4章では、お待ちかねの化学とホームズの関りについて紹介しています。まずシャーロックホームズは、化学については深遠である設定になっているようです。さらに化学実験に興味を持ち、夏休みの7週間を有機化学の実験に費やしたり、化学薬品がないとゆっくりくつろげないと小説中では表現されているようです。シャーロックホームズはあの某有名医療ドラマの名言を書き換えて、
- 化学実験はプライスレスのライフワークです
- 特技、化学実験 趣味、化学実験
と言っていたかもしれません。
そんな化学を愛したシャーロックホームズは、化学物質が事件に関連していてもその知識を存分に発揮し解決していったことがこの章を読むと理解することができます。第3章同様に取り扱われた事象の解説に加えて、ホームズたちの推理が正しかったのか化学的に再検証も行われています。第5章では化学以外の分野とホームズの関連を論じていて、生物学に関するトピックでは、毒物について取り上げられています。シャーロックホームズは全ての科学分野について詳しかったわけではなく、天文学については太陽系の仕組みさえも知らない程、無知だったとされています。また、最後に取り上げている気象学についてはつじつまが合わないことを指摘しており、「シャーロックホームズ=科学についてなんでも知っている」の例外についても知ることができます。
本書は、2013年に刊行された「The Scientific Sherlock Holmes: Cracking the Case with Science and Forensics」の改訂版ペーパーバック(2017年刊行)を訳したもので、James F. O’Brienが著者、日暮 雅通さんが翻訳しこの本が出版されました。
[amazonjs asin=”B00AHBKRSW” locale=”JP” title=”The Scientific Sherlock Holmes: Cracking the Case with Science and Forensics (English Edition)”]Jamesは、ミネソタ大学にてPh.Dを化学で取得後、ロスアラモス国立研究所にてポスドクを経てミネソタ州立大学で35年間在籍し、2002年には同大の特別教授、退官後には名誉教授となりました。発表されている論文を見ると、有機金属錯体における理論計算を専門分野としていたようです。「シャーロック・ホームズはどんな化学者だったのか」と題する発表を行って以来、ホームズと科学に関する講演を数多く行ってきたそうです。一方、日暮さんは、青山大学理工学部を卒業後、理工系出版社に就職されました。その後、幅広い分野の翻訳家として活躍されています。訳本としてシャーロックホームズ全集やコナン・ドイル書簡集を発表されており、シャーロック・ホームズの熱狂的なファンだそうです。訳者あとがきによると本書は、科学をキーワードにしてホームズ物語を読み解くという趣向の本であり、また、法科学や科学捜査ではなく科学の専門家が解説した数少ない本だと記しています。
シャーロックホームズはもちろん架空の人物ですが、あまりにもいろいろなエピソードが本書には詰められていてまた引用文献も多く、まるで実在していた人物を解説しているように感じてしまいました。そんな登場人物を持つ物語を書いたコナン・ドイルには、科学的なセンスが高かったと言えると思います。シャーロック・ホームズの訳本の一部は著作権の保護期間が切れており、インターネット上に公開されています。本書の引用箇所を確認するためにシャーロック・ホームズシリーズ自体をもう一度か初めて読んでみようという気持ちになる内容でした。
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