概要
調理のプロセスに,物理学,化学,生物学,工学の知識を取り込み,これまでにない新しい料理を創造する「分子調理」.本書では,おいしさを感じる人間の能力,おいしい料理を構成する成分,おいしい料理をつくる器具を題材に,料理と科学の親密な関係をひもといたうえで,究極のおいしさを追求する「超料理」の可能性を考える.親しみやすいイラストともに,料理のおいしさに新しい視点を投げかけて好評を博した『料理と科学のおいしい出会い』,待望の文庫化.(引用:化学同人)
引用の通り本書は、2014年に発売された同名の書籍を文庫化したもので、冒頭と最後に2021年に文庫化に際して著者が寄せたコメントが掲載されています。
目次
第1章 「料理と科学の出会い」の歴史
一 料理人が「科学」に出会うとき
二 科学者が「料理」に出会うとき
三 「料理と科学」の未来
第2章 「料理をおいしく感じる」の科学
一 料理のおいしさを脳で感じる
二 料理の味とにおいを感じる
三 料理のテクスチャーと温度を感じる
第3章 「おいしい料理」の科学
一 おいしい料理を構成する基本四分子
二 おいしい料理のカギを握る分子
三 調理における反応と物質の三態
第4章 「おいしい料理をつくる」の科学
一 おいしい料理をつくる前に
二 調理道具
三 調理操作
第5章 「おいしすぎる料理」の科学
一 「おいしすぎるステーキ」の分子調理
二 「おいしすぎるおにぎり」の分子調理
三 「おいしすぎるオムレツ」の分子調理
対象
料理を行ったことがあり、食材や調理について知っていれば、本書の内容を容易に理解できます。さらに有機化学の基礎を勉強している方なら、本文中の化合物名から構造式を思い浮かぶことができ取り扱っている現象をより深く理解できるかと思います。
解説
化学を高校・大学と勉強していく中で、食物に含まれる化合物を知る機会は何度かあり、タンパク質・アミノ酸、ビタミン類などは化学者でも身近だと思います。しかし、おいしい食べ物に含まれる化合物を講義で知る機会は少なく、ニュースや雑学記事から断片的に知るほうが多いと思います。そんな中、本書では調理によってどんな物性や化学変化が起こるかや、分子の振る舞いに焦点を当てた調理方法、分子調理という観点で考えられる新しい調理方法などについて取り扱っています。
各章について見ていくと、第一章では、料理人が科学的に新しいアプローチで調理を行った例や逆に科学者が調理法について科学的に解明した例を示しながら、分子調理について解説しています。章の終盤では、分子調理は、科学主導の分子調理学と技術主導の分子調理法がお互いに関係しあって理解が進むことが強調されています。科学の知識があっても、料理人の長年の経験と勘によって最高峰の味は作り出されると思われがちですが、科学の観点から合理的な条件を料理に適用すれば、プロの料理人も納得することが示されており、科学の料理への重要性を理解することができました。第二章では、人がどのように料理をおいしく感じるかに焦点を当てた内容を取り扱っています。具体的には、体内の味や匂いのレセプターの仕組みや、食物の食感や温度といった物理的な物性の感じ方、人によって好き嫌いがある理由などが解説されています。味や匂いを認知する仕組みについては、簡潔にまとめられていて純粋に体の仕組みの勉強になりました。
第三章では、おいしい料理に関連した分子が数多く登場します。ほとんどの料理に関連する水分子から話は始まり、キュウリやシイタケの独特の匂いの元である化合物、調理で起こるメイラード反応や調理で活用される酵素反応などが登場します。一部の登場する化合物は構造式が図示されており、官能基ごとの一般的な匂いとは異なり、臭いイメージがあるアルデヒドでもいい匂いを持つの化合物もあることが、この章から知ることができます。第四章では調理工程について、基本操作の意味、これまでの調理器具の進化、実験器具の適用可能性について解説しています。家庭の料理と化学・生物実験では操作原理が大きく異なります。例えば実験で加熱する際には、温度をコントロールしつつスターラーやミキサーで攪拌しますが、調理では、温度を調べるのは揚げ物くらいで、加熱中に絶えず混ぜる機器も使いません。そのため、化学や生物で使われる実験器具を使って調理し美味しくするアイディアは大変興味深く思いました。実験系Youtuberにとってはいい動画のネタになるかもしれません。
最後に第五章では、ステーキ、おにぎり、オムレツの分子調理について紹介しています。ここまで読み進めれば、分子調理がどういう事を指すのかは理解できるはずであり、本章でもより各料理を科学的に美味しくするために開発された技術を紹介しています。具体的には自分の家でも使っているIH炊飯ジャーについてから宇宙オムレツの美味しさまで解説しており、身近なところで実用化されている内容から遠い未来に楽しめるかもしれない分子調理に基づいた料理まで解説されています。
分子調理が食の常識を変えると壮大なテーマを想像されるサブタイトルがついていますが、著者のパンチの効いた卵に関するエピソードが冒頭で紹介されており、第一章でも著者のアイスに関する体験からストーリーが始まっていて、読みやすい内容になっています。挿絵もゆるいタッチで和やかな感じを醸し出しつつも、構造式については有機化学で用いられるように記述されており正しく理解することができます。著者は、宮城大学食産業学群の石川 伸一教授で、分子調理を専門として調理プロセスを分子レベルで理解し,料理の科学的知見の集積,ならびに分子レベルに基づいた新しい料理,新しい調理技術の開発を行っているようです。実験と料理、モノを作ることは一緒でも器具や方法は全く違います。しかしながら実験の手段を料理に適用することで、食べ物がよりおいしくなる可能性があることをこの本から知り、また料理も化学現象の一つであることを再認識することができました。COVID-19の影響で料理の機会が増えたかもしれませんが、こちらを読んで美味しい料理を科学的に作ってみませんか。(実験室で無許可で料理をしたり、実験器具を目的外に使用することは厳禁です。)