bergです。今回は去る2020/12/23に刊行されたばかりのホットな書籍をご紹介します。
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[amazonjs asin=”B08R6YD1L9″ locale=”JP” title=”すぐにできる! 双方向オンライン授業 【試験・評価編】 インターネットを活用した学習評価”]概要
オンラインでの試験は不正行為ができてしまうため,教員は学生の評価のやり方も,試行錯誤しながら進めています.本書では,オンライン授業の学習管理システム(LMS)を活用した,試験と学習評価の実践例を紹介します.1章では,海外の大学の事例を見て,評価は誰のため何のため行うのか,学習評価は,覚えた知識の再確認ではなく,課題解決能力や社会を改善していく力をいかに評価するかが重要と語ります.
(引用;化学同人書籍紹介より)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受けて大学をはじめとする高等教育の現場にもオンライン化の波が押し寄せるなか、本書では様々な大学や高等専門学校における化学教育の具体的なオンライン化事例を紹介しています。
同じく化学同人から2020年7月に刊行されている「すぐにできる! 双方向オンライン授業」の後継にあたる書籍で、いかにして学生側の理解を損なわずに講義を行い、不正を排除した公平・公正な評価基軸に沿って評価するかを実践したものとなっています。教養レベルの講座から、専門科目としての物理化学、有機化学の講座での事例まで幅広く掲載されており非常に参考になるため、オンライン講義に苦慮されている教員・TAにはぜひおすすめしたい一冊です。
対象者
高等教育の対象がほぼすべての国民へと拡張され、その目的も高度産業社会に何らかの形で適応できる大衆の育成へと変化したことで、授業の実践法が大きく変わったことがわかります。この結果、試験と課題は学生が自らの学習の進歩を理解するのを助ける一つの方法いう位置づけになり、評価は学生のランク付けではなく、学生との意思疎通の手段とみなされるようになってきました。(中略)この結果、学習の到達点を設定したルーブリックや、学習過程を記録したポートフォリオの導入、パフォーマンス評価などがますます推奨されるようになりました。つまり、これらを活用すれば、学生の評価はできるという考えもあります。一方、奨学金を支給する学生の選抜や進学・就職先への推薦のため、学生に攻勢に順位付けしなければならないという事情は、どうしても避けられません。ここから先は、おのおのの教育機関と教員が、どういう考えに基づいて評価を実施するかによって変わってくるでしょう。
本書では、オンライン授業による学習評価の国内外における状況を概観したうえで、授業と評価に使われている学習評価システム(LMS)の概略とその活用の例、さらにさまざまなLMSを活用した学習評価の例を紹介します。すでにオンラインで試験や学習評価を実施して、いろいろな困難を感じている教員の皆さんに、何らかの改善のためのヒントが見つかることを願っています。
(本書 はじめに より)
オンライン授業に臨む教員やスタッフの方々向けの書籍ですが、TA、塾講師や家庭教師のアルバイトなどの方々にも役立つ一冊です。オンライン授業を実施するための単なるハウツー本の類ではなく、高等教育機関としての大学・高専の授業の目的、どのような観点に立って学生を評価すべきか、どのような点に留意して講義計画を立てるべきかなど、示唆に富む内容となっています。
目次
はじめに(福村祐史:東北大学名誉教授)
大学等、高等教育における教員の評価の考え方と本書の目的(後藤顕一:東洋大学 食環境科学部 教授 教職センター長)
1章 オンライン授業における学習評価(福村祐史:東北大学 名誉教授)
1 高等教育の目指すもの
2 誰のために評価するか
3 公平・公正さを保証するための試み
4 まとめ
2章 LMSの基礎知識(河村一樹:東京国際大学 商学部 経営学科 教授)
1 eラーニングとは
2 LMSとは
3 Moodleとは
3章 ZoomとMoodleを用いたオンライン授業における評価の事例(河村一樹:東京国際大学 商学部 経営学科 教授)
1 Zoomについて
2 教育評価について
3 ZoomとMoodleを用いた授業の評価方法について
4章 Zoom,responの活用によるレポートの「考察」記述の取り組み事例(後藤顕一:東洋大学 食環境科学部 教授 教職センター長)
1 概要
2 考え方の背景
3 実践の計画
4 実戦での学生の変容
5 化学実験の「考察」記述で相互評価活動を実践する
5章 教養化学のオンライン授業での評価(柄山正樹:東洋大学 食環境科学部 教授 日本化学会フェロー)
1 はじめに
2 学習規律の確立に向けて
3 成績評価方法
4 基本事項の習得に向けて
5 対話のある学びの実践に向けて
6 まとめ
6章 BlackboardやWeb試験を活用した学習評価(矢島邦昭:仙台高等専門学校 総合工学科 教授、本郷哲:仙台高等専門学校 総合工学科教授)
1 LMSで活用した評価を科目へ適用する
2 電気回路Iでの活用事例
3 画像処理での活用事例
4 I類基礎実験での活用事例
5 まとめと将来展望
7章 化学・物理化学のオンライン授業での学習評価(美齊津文典:東北大学大学院 理学研究科 教授、須藤祐子:東北大学大学院 工学研究科 准教授)
1 オンライン授業の実施概要
2 オンライン授業での編集動画と資料・演習などの掲載
3 課題問題の実施方法と回収
4 答案と採点例
5 評価の基準と例、評価の実際の手順
6 まとめ
8章 有機化学のオンライン授業での学習評価(上田実:東北大学大学院 理学研究科 教授)
1 東北大学理学部のオンライン授業に関する概要
2 担当講義の概要と準備
3 講義に使用した機器類
4 講義実施の実際
5 レポート課題の実際と成績評価
6 さいごに
参考資料「大学等における後期授業の実施方針の調査について」-文部科学省
感想
以下、代表的な章の概要をかいつまんでご紹介します。
第1章のオンライン授業における学習評価の項においては、まず高等教育のめざす到達目標から考察されています。基礎的な読解・演算能力をはぐくむ初等教育や、教養教育、人格の陶冶を目的とする中等教育とは異なり、高等教育では課題を解決する能力の開発に主眼置かれます。そのため、従来型の知識の暗記や理解を問う形式の試験による評価はそもそも意味をなさず、カンニング防止や他人との協力防止を図る必要は必ずしもないというのが筆者の主張です。高度に発達した情報化社会においては必要な情報の多くがインターネット経由で入手でき、AIで判断可能な問題にわざわざ人間が取り組む必要はないというのがその論拠です。この点については非常に興味深いと感じ、私も概ね同感ですが、情報リテラシー涵養の観点、および、高等教育機関が同時に研究機関でもあるという両義性からは手放しには賛成できないとも思いました。一昔前ではネット検索で比較的良質な情報を収集でき、そこから一次資料にあたることも容易だったことから、私もこの手の主張には諸手を挙げて賛意を表明していました。しかしながら情報の氾濫とともにその障壁は上がる傾向にあり、曲がりなりにも高等教育課程を終えた人々が真偽の疑わしい情報にいとも簡単に釣られる様を見るにつけ、「教科書的な勉強の否定」が性急すぎたのではないかとも感じるようになりました。また情報化の傍ら、先行研究調査をはじめ、未だオンラインのみですべての情報収集を完結させることが可能になったわけではありません。さらに、(研究室などで実感されている方も多いと思いますが)情報収集能力は修士であっても個人によって大きく異なるのが実情です。これらを踏まえると、入学したばかりの学生に十分な情報リテラシーが備わっていることを前提とした講義計画の策定は望ましくなく、むしろ高等教育の前半部ではその能力の開発と専攻分野の体系的な理解に注力すべきではないかとも思われます。
また、大学は教育機関であるとともに研究機関としての役割を求められています。研究機関としては、学生は自ら主体的に考えて課題を発掘し、それを自力で解決できる能力を具備することが期待されるため、教員が手取り足取りしてレベルを引き上げるのはむしろ逆効果となる場合もあるでしょう。しかし、教育機関としてはそのようなスタンスの指導は「指導ではなく選別だ」と批判される傾向にあります。本来であればこれら相反する教育理念を止揚するのが理想的ですが、様々な教育理念を持った先生方がただ割拠しているケースも少なくないと思います。
本書は出席や授業評価がなく、教授が難解な講義をするだけの「昔の大学の講義」に否定的ですが、上記の現状を鑑みるにこのような講義もまた、学生の課題解決能力を養う上では(少数でも)必要なのではないかと感じました。ただ、授業カリキュラムや評価の明確化が求められ、大学教育に国家が介入する時流の中では困難かもしれません。
本章では学生の評価の目的についても述べられています。本来は学生本人の学習のため、あるいは教員の講義計画の改善に資するフィードバックであるべき評価ですが、学位や単位は奨学金の取得や企業の採用選考にもかかわる社会的な重要性の大きな指標となるため、その学生が一定の基準・規格を満たしているかを公正に審査することが社会的な要請でもあります。本書では国内外の大学でオンライン授業における評価の公平性を担保するための様々な取り組みを紹介しており、なかでも複素環式化合物の塩基性を例に、同一の糸で出題しても発問の仕方によって学生の正答率が大きく左右されるという課題は目を引きました。
第2章、第3章ではいまやオンライン会議の代名詞にもなったZoomとMoodleを例にとってオンライン学習を支えるLMS(Learning Management System)の基礎知識を述べています。Moodleはかねてより導入している大学も多く聞きなじみのある方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的な操作法についてもふんだんに図表を用いて説明されています。
第4章では実験とそのレポートの作成に焦点を絞って紹介されています。理系の学生といえども、高校までで実験やレポート課題を十分に経験していない割合が無視できないことは印象的でした。実験操作そのものはオンラインで会得できるものではありませんが、レポートの相互評価を行うことによる学習の質の維持など、大変参考になる事例ではないかと思います。
第5章ではオンライン授業での学生評価について詳述されています。成績評価や学習規律の遵守は厳格・機械的に行う一方で質問や対話など学生とのかかわりあいを濃密にすることで脱落者を出さず、オンラインにおいても講義の質を維持できると説いています。
第6章ではLMSのBlackboard機能やweb試験の活用法について掘り下げています。課題の出し方として「~について論ぜよ」のような漠然とした内容だとコピペなどの不斉が横行しやすくなり、かといって明確な模範回答のある問題の出題では単なる問題演習に終始してしまうことから、学生側に問題を作ってもらうような一定の自由度を持たせた課題が好ましかったとあり、興味深い内容でした。
第7章と第8章ではそれぞれ物理化学(量子化学)、有機化学(有機電子論)の具体的な講義例が紹介されています。著者が実際に使用したスライドや課題が掲載されており、これらの分野の講義を行う際には大変参考になると思います。
・・・
私はコロナ禍以前に大学を卒業し、オンライン授業等を受けた経験はほぼ皆無でしたが、本書を読んで一般的な課題とそれらに対する打開策についての理解が深まりました。今後は社会の変革がより一層進展し、地理的な制約を受けないオンラインでの学習・研修が一般的になると思われることから、今後の時代を生きる上で役に立つものと確信しています。今後このような取り組みを模索している身としては非常にありがたい書籍です。
濃厚な内容がまとめられているにもかかわらず、全体としてはわずか100ページあまりに凝縮されているのも大変な驚きです。定価も¥1,900と手の届きやすい価格となっているので、ぜひお求めいただき、手に取ってご覧いただければと思います。
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