bergです。今回は趣向を変えて書籍紹介を書きました。かなり古い本ですが、久々に読み返したのでご紹介します。
[amazonjs asin=”4005003168″ locale=”JP” title=”元素の小事典 (岩波ジュニア新書 (316))”]出版社による書籍紹介:https://www.iwanami.co.jp/book/b271135.html
岩波書店から「岩波ジュニア新書」として1999年(もう20年以上前ですね…!)に出版されたエッセイです。
概要
一つ一つの元素から科学と人間の営みを読む.
百十余個の元素すべてについて,その性質と特徴を,私たちの生活と関わる興味深いエピソードを通して解説した本書を読めば,宇宙や地球の誕生から現代の公害,原発,環境破壊等の問題に至るまで,思いがけない広い世界が見えてくる.元素の基本知識はもとより,広く科学と人間の関係をも考えさせる「読む事典」の改訂決定版.
(引用;岩波書店書籍紹介より)
同じく岩波書店より1982年に出版された「元素の小辞典」の改訂版ともとれる書籍です。
著者紹介
著者の故 高木仁三郎教授(→Wikipedia)は放射化学(核化学)がご専門で、原子力政策をはじめとする公害問題をめぐって論壇に立たれていたようです。20世紀末のまだインターネットが一般に普及する前の時代に個人ホームページを運営されていたり、社会的問題に取り組む科学者を育てる高木学校(現存)や基金(現存)を設立されていたりと、かなり精力的に活動されていたことがうかがえます。その筋では有名な人なのかもしれませんね。
1938-2000年。1961年 東京大学理学部化学科卒業。東大原子核研究所、東京都立大学などを経て、1975年から原子力資料情報室を主催、1997年にライト・ライブリフッド賞を受賞。社会的問題に取り組む科学者を育てる高木学校を主催した。著書に『プルトニウムの恐怖』、『プルトニウムの未来』、『市民科学者として生きる』、『原発事故はなぜくりかえすのか』(以上、岩波新書)、『新版 単位の小辞典』、『マリー・キュリーが考えたこと』(以上、岩波ジュニア新書)など。
(引用;本書 著者紹介より)
対象者
本書の基になった「元素の小辞典」が岩波ジュニア新書から最初に発行されたのは、一九八二年、もう一七年も前のことです。私は中学生や高校生の諸君を想像上の読者として書いたのですが、その頃の私が相手にした読者は、もう三〇歳を超えるような年齢になったのですね。・・・(中略)・・・
化学嫌い(私も中・高生のある頃までは典型的な化学嫌いでした)の人も、化学好きな人も、元素という入り口を通して、魅力的な化学の世界に導かれる、そんな役割を本書が果たしてくれたらと思っています。
(引用;本書 あとがきより)
各元素について見開き2ページずつを割いて歴史やエピソードを紹介したり、はたまた環境や平和に関して問題提起を投げかけたり、といった構成になっています。
私、bergが本書をはじめて手に取ったのは小学4年生のときです。周期表についての満足な知識も持ち合わせていなかった頃のことで、新鮮な内容の数々に大変好奇心を刺激されたことをよく記憶しています。とはいえ、決して子ども向けに書かれているというわけではなく、大人が読んでも多くの発見があり、また深く考えさせられる内容なのではないかと思います。
目次
・各元素(1. 水素 Hから109. マイトネリウムMtまで)について各2ページずつ
注)天然に安定同位体が見つかっていない放射性元素などは複数元素でまとめているケースがあります。
上記と別途に、以下のコラムがあります。
・元素とは
・地球温暖化
・オゾン
・原子の世界
・原子の発見
・単体と同素体
・電子の軌道I
・電子の軌道II
・原子核
・元素の起源
・周期表
・放射能
・マジック・ナンバー
・生命と元素
・フロギストン
・クラーク数
・元素の宇宙存在度
・時をはかる
・原子でない原子
・環境ホルモン
感想
「元素」という化学を学んだ人にとっては決して難解ではない主題を切り口に、取っつきやすく軽快な語り口で切り込んでいくスタイルと、それでいて深く濃いエッセイの連続は何度読んでも飽きない不思議な魅力を具備しています。本書に似たような本はないものかと書店を探してきましたが、案外なかなか巡り合えないものです。
本書の特徴の一つは、普通の人はなかなか知らない、知りえないであろう意外性のあるエピソードを潤沢に盛り込んでいる点にあります。
冒頭の水素の章では、地球の深部に位置する外核は従来、鉄とニッケルが融解したもので構成されているとされてきたものの推測される密度はより小さく、水素が溶け込んでいる可能性が高いという説が紹介されているほか、極めて反応性・毒性の高いフッ素の単離にまつわる悲劇、今はなき「ブロマイド」写真のエピソード、ナポレオンのロシア遠征での大敗につながったとされる「スズペスト」…などなど、普段耳にすることのない(私が無知なだけ?)興味深い話題が尽きることなく紹介されています。著者の博識ぶりには今読み返してもあらためて驚嘆させられます。
さらに、筆者の専門が放射化学であることからなじみの薄い放射性元素やエキゾチック原子についても興味深い記述が多数掲載されています。原子番号91のプロトアクチニウムPa(馴染みがないですね)の不可思議な挙動や、煙感知器に使用されるアメリシウムAm(原子番号95)、陽電子と電子からなるポジトロニウムPs、ミューオンと電子からなるミューオニウムなど、目から鱗の小噺が凝縮されています。講演・学校の授業/講義などで雑学を披露する際には威力を発揮しそうです。
また、環境問題への問題提起が多いことも特筆に値するでしょう。塩素の項ではベトナム戦争で使われた枯葉剤に混入していたことで悪名を轟かせたダイオキシンやカネミ油症の原因となったPCBの話題、ヒ素では日本の土呂久鉱山における鉱毒事件、カドミウムの惹き起こしたイタイイタイ病や水銀の水俣病・第二水俣病など、営利の優先にかまけて保身に走り、時に戦争に加担する化学企業の責任を手厳しく断じています。日本国内では化学や関連産業による公害問題は半世紀近い遠い過去のものとなりつつありますが、化学で生計を立てている身としては一般市民からどのような心象を持たれるか熟慮した身の振り方が求められるのだろうと痛感しました。
本書は2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故以前に執筆されたものでありますが、原子力の危険性と核廃絶の重要性について強く読者へ訴えかけるものとなっています。放射化学・原子物理学を拓いたキュリー夫人やアインシュタインらをはじめとする多くのエピソードが掲載され、広島・長崎の参加を目の当たりにした戦時中の米英の核開発計画(マンハッタン計画)を主導した科学者らの苦悩と戦後の平和運動、スリーマイル島(米)やチェルノブイリ(旧ソ連)での原発事故に伴う放射能汚染についても大きく取り上げられています。
ここまでご覧の通り、著者はかなりリベラルな視点から本書を執筆しており、人によっては馴染まない部分もあるかと思います。私としてもリアリズムの観点から必ずしも賛同できない面が多いと感じていますが、このような意見があることは心に留めおく必要があるとも思います。また、戦後の原子物理学者らの反核運動としてラッセル=アインシュタイン宣言の系譜を抜きに語れないのは確かに同感ですが、同じマンハッタン計画に携わったものの中に相互確証破壊・核抑止による平和の実現を志向したレオ・シラードら一派のの存在があったことには触れられていないなど、やや恣意的に感じる点もあります。とはいえ、こうした論じられていない事実も総合して科学者・技術者に求められる態度・倫理について考えさせられる構成となっているとも言えるかもしれません。
・・・
余談ですが、この本が刊行された1999年当時、原子番号109のマイトネリウムMtまでしか発見されていなかったそうです。2004年に日本の理化学研究所によって112番元素が発見され、2016年にニホニウムNhと命名されたのを筆頭に、現在は118番元素オガネソンまでが確認・命名されています。この20年間に新たに9つの元素が周期表に書き加えられたのは驚くべき速いペースではないかと思います。このあたりは以前から「安定の島」と呼ばれる長寿命核種の存在が予測されている領域でもあり、今後の研究の進展が非常に楽しみです。