2020/10/20に刊行されたばかりのホットな書籍をご紹介します。
[amazonjs asin=”4759820221″ locale=”JP” title=”機器分析ハンドブック 2 高分子・分離分析編”]概要
はじめて機器を使う学生にもわかるよう,代表的な分析機器の使い方を平易に解説したハンドブック.(引用;化学同人書籍紹介より)
題目の通り、混合物の分離による定性・定量分析を念頭に、元素分析、ガスクロマトグラフ法(GC)、高速液体クロマトグラフ法(HPLC)をはじめとする代表的な機器分析手法をまとめた、初学者向けの教科書です。「基礎から学ぶ」ことを第一に考え、各々の機器分析法の原理・装置の概要・特徴から実際の操作方法に至るまでを丁寧に解説しています。表題には「高分子」と銘打っていますが、低分子有機化合物や無機化合物の分析手法についても数多く掲載されています。
同じく化学同人から1996年に刊行されている「第2版 機器分析のてびき」(https://www.kagakudojin.co.jp/book/b62819.html)の後継にあたる書籍で、時代の変遷による分析機器や分析手法の発展に対応した形となっています。基礎知識の解説に重点をおきながらも、他のテキストにはない実験のテクニックを満載している点が特色です。
対象者
「現在、機器分析に関わる教科書や専門書が数多く出版されており、これらはそれぞれ、分析機器の実際と分析化学の原理を知るうえで、目的に応じた深さと幅が設定されている。本書は、初めてその分析機器を使用する学部学生や産業界の研究者のための指南書と位置づけられるように工夫した。それぞれの機器の原理(サンプルを注入するとどのように処理され、分離され、シグナルに変換されるのか)、操作方法、特徴、代表的な使用例、サンプルの前処理、得られたデータの見方などについて平易に解説した。
よって、分離や検出の詳細な基礎原理についてはほかの分析化学の教科書を併用してほしい。本書は、「座ってじっくり読む」よりも、実際に分析装置の横において、読んで、装置に触れ、また読んで、を繰り返してほしい。しばらくすると、「あっ、これはあの図のあたりに書いてあった現象だ」などと実感できるだろう。これがスペシャリストへの第一歩である。」(本書まえがきより)
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学部生向けの機器分析の教科書(特に多数の分析手法を取り扱っている書籍)というと、原理か解析のいずれかに偏重したものが多く、実際の測定を行う上ではやや情報不足のあるものも多いかと思います。その一方で、それぞれの分析機器・分析手法の詳細な各論に触れている書籍も多数ありますが、複数の分析手法を俯瞰しにくいという欠点もあります。それに引き換え本書は初学者が必要とする情報を極めてバランスよく、過不足なく配置しており、研究室配属後にはじめて測定に臨む際などにはうってつけだと感じました。また、分析化学系を志望する学生にとっても、あらかじめ既存の分析法を学んでおくという意味において優れた教科書になるでしょう。「分析化学」の講義の試験対策向けよりは詳しく、各論を記した専門書よりは基礎的、というのが本書の立ち位置になるかと思います。
目次
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有機元素分析(執筆者:酒井達子(名城大学 分析センター)、板東敬子(元 大日本住友製薬(株)))
1.1 はじめに
1.2 有機元素分析で何がわかるのか
1.3 分析の原理
1.4 試料の前処理
1.5 分析値の解析
2. ガスクロマトグラフ法(執筆者:芝本繁明((株)島津製作所 基盤技術研究所))
2.1 はじめに
2.2 ガスクロマトグラフィーの原理
2.3 装置の概要
2.4 カラム
2.5 操作方法
2.6 データ解析
2.7 おわりに
3. 高速液体クロマトグラフ法(執筆者:鈴木茂生(近畿大学 薬学部))
3.1 はじめに
3.2 分離モード
3.3 高速液体クロマトグラフィー装置
3.4 分離の評価
3.5 装置の性能と保守
4. 薄層、カラムクロマトグラフィー(執筆者:楠川隆博(京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科))
4.1 はじめに
4.2 薄層クロマトグラフィー
4.3 分取TLC
4.4 カラムクロマトグラフィー
5. キャピラリー電気泳動(執筆者:末吉健志(大阪府立大学大学院 工学研究科)、大塚浩二(京都大学大学院 工学研究科)
5.1 はじめに
5.2 CEの概要
5.3 キャピラリーゾーン電気泳動(CZE)
5.4 CE測定の手順
5.5 おわりに
6. ゲル電気泳動(執筆者:石田由和(アトー(株) 顧客部)、藤生弘子(アトー(株) 技術開発部)、久保田英博(アトー(株) 技術開発部))
6.1 はじめに
6.2 ゲル電気泳動の歴史と分離原理
6.3 ポリアクリルアミドゲル電気泳動
6.4 ポリアクリルアミドゲル電気泳動の実験方法
6.5 ウエスタンブロッティング
6.6 等電点電気泳動
6.7 アガロースゲル電気泳動
6.8 おわりに
7. 動的光散乱法(DLS)(執筆者:稲山良介(大塚電子(株) 計測粒子開発部))
7.1 はじめに
7.2 動的光散乱法の原理
7.3 動的光散乱法の特長と測定対象
7.4 測定装置の概要
7.5 操作方法
7.6 結果の見方と解析方法
7.7 おわりに
8. ゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)(執筆者:渡辺悦幸((株)島津製作所 分析計測事業部))
8.1 はじめに
8.2 原理
8.3 何が測定できるのか
8.4 装置の概要
8.5 操作方法
8.6 GPC分析結果の見方
8.7 おわりに
9. 表面プラズモン共鳴(SPR)(執筆者:中木戸誠(東京大学大学院 工学系研究科)、長門石曉(東京大学 医科学研究所)、津本浩平(東京大学大学院 工学系研究科))
9.1 SPRの原理
9.2 センサーチップへのリガンドの固定化
9.3 速度論(カイネティクス)解析
9.4 結合レスポンスの質的評価
9.5 SPRの応用
9.6 おわりに
10. 旋光度と円偏向二色法(CD)(執筆者:門出健次(北海道大学大学院 先端生命科学研究院))
10.1 はじめに
10.2 旋光度
10.3 円偏向二色性(ECD)スペクトル
10.4 赤外円二色性(VCD)スペクトル
10.5 おわりに
11. 電気分析化学(執筆者:床波志保(大阪府立大学大学院 工学研究科)、飯田琢也(大阪府立大学大学院 理学系研究科)、前田耕治(京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科))
11.1 はじめに
11.2 測定装置と3電極系の原理
11.3 電解セルの実際
11.4 サイクリックボルタンメトリー(CV)
11.5 ポテンシャルステップ法
11.6 おわりに
感想
有機元素分析、ガスクロマトグラフ法(GC)、高速液体クロマトグラフ法(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、カラムクロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動(CE)、ゲル電気泳動、動的光散乱法(DLS)、ゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)、表面プラズモン共鳴(SPR)、円偏向二色法(CD)、電気化学系の分析法のそれぞれの分析法について、その原理、物理的・量子化学的な基礎から装置の構造、試料の調製法、分析や校正の方法、結果の解析、応用事例に至るまで、かなり詳細まで踏み込んで解説しています。図や写真もふんだんに盛り込まれており、抽象的な議論や複雑な装置構成についてもわかりやすく工夫されています。以下、特色のある章の概要をかいつまんでご紹介します。
第1章の有機元素分析は大学入試の試験問題でおなじみですが、近年では相対的な重要度は低下しつつあります。しかしながら現在でもACS等の論文誌に投稿する際には必要とされることから、その概要が紹介されています。炭素、水素、窒素(ミクロデュマ法、ケルダール法)などの基本的な分析のほか、特殊なヘテロ元素を含有することを想定して後述のイオンクロマトグラフ法やキャピラリー電気泳動(CE)へと誘導されています。特殊な妨害元素やその対処法にも触れられており、基本的な測定は本書の内容で十分満足できるものと思われます。
第2章のGCの項は基礎的な原理を紹介したのち、ピークの形状異常(テーリング・リーディング)の原因と対策に触れ、さらに装置の詳細な構造へと進みます。試料導入時のディスクリミネーション、スプリット法/スプリットレス法それぞれの特長と欠点、検出器やカラムの種類と選定、得られたデータの解析と定性・定量までを紹介しています。
第11章の電気分析化学ではサイクリックボルタンメトリー(CV)とポテンシャルステップ法に主眼が置かれています。まずポテンショスタットの原理と三電極測定法から導入し、CV測定の原理と測定の注意点、ボルタモグラムの注目すべきポイント、得られる情報とその解釈と展開されています。その後、アンペロメトリーの原理と拡散の影響について触れられています。
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私は高分子や無機化合物の機器分析手法については全くの門外漢でしたが、本書(本シリーズ)はまず、一冊に掲載する分析手法の選び方が極めて秀逸であると感じました。この第二巻では(元素分析や動的光散乱法、円偏向二色法や電気化学測定は別ですが)主として分離・分取可能な分析方法に焦点を当てて網羅的に掲載されており、未知試料や分析手法の確立されていない試料を分析する際に、例えばガスクロマトグラフィー(GC)で熱分解しやすいことが判明した→高速液体クロマトグラフィー(HPLC)での分離検討に切り替える、親水性試料のHPLCでの分離度が芳しくないためにキャピラリー電気泳動(CE)での検討にシフトするなど、その真価を遺憾なく発揮するかと思います。新たに機器分析法を習得しようとしている身としては非常にありがたい書籍です。
これほどの内容がもれなく掲載されているにもかかわらず、全体としてはA5版でわずか171ページに凝縮されているのも大変な驚きです。専門書籍は概して高額で学生が購入するのが難しいものが多いのが難点ですが、本書は定価¥2,000とこれだけの内容に対して手の届きやすい価格となっていますので、ぜひお求めいただき手に取ってご覧いただければと思います。
最後に
大学の研究室、あるいは企業等で新たに機器分析を行うにあたって、本書の内容を基礎事項として押さえた上で臨んでおくと、理解不足からの思わぬトラブルや手戻りは防げるのではないかと思います。本書のまえがきにも記されている通り、必要に応じてさらに詳しい書籍や総説をあたるのがよいのではないでしょうか。
また、本書には前編として、核磁気共鳴法(NMR)や赤外分光法(IR)をはじめ有機化合物(低分子)の分光分析をターゲットにした「機器分析ハンドブック 1 有機・分光分析編」が出版されているほか、続編として、熱分析、原子吸光分析、X線を用いた各種分析法など無機化合物・固体表面の分析法に特化した「機器分析ハンドブック 3 固体・表面分析編」の刊行予定もあります。こちらも目が離せませんね。「機器分析ハンドブック 3 固体・表面分析編」についてはまた後日特集できればと思います。お楽しみに!