概要
本書では,材料科学を「マルチスケールにわたる物質の階層性を理解し,その特性を人々の生活に役立つもの(材料)に反映する学問」と定義し,原子サイズから宇宙のスケールまでの広い範囲にわたる物質の性質を理解するために,以下の5章構成とした。
材料の諸性質を理解するうえで,材料内部での構成原子の配列を知ることは重要である。多くの材料は原子が周期配列した結晶であり,結晶学による分類が可能であるが,一方で,周期性を持たない非晶質や結晶とは異なる秩序を持つ準結晶のような比較的新しい材料も存在する。第1章「物質の構造」では,これらの構造に関する記述法や測定法に関して概説する。
第2章「材料熱力学」では,材料のような多数粒子の集合体の巨視的な性質を,熱力学を用いることによって,個々の粒子の運動を記述することなく,少数の変数によって記述する方法を解説する。
第3章「平衡状態図と相転移」では,物質が安定に存在する領域に関する情報を視覚的に得るための方法として,状態図について解説する。状態図は材料科学において,海図のような役割を果たしてくれるので,その読み方を身に付けることで,実際の材料を扱う際の強力なツールを手に入れることができる。
第4章「拡散現象」では, 拡散現象を記述する方程式を紹介し,特に固体内拡散についての基礎理論について解説する。
最後に,電気伝導,光の吸収や放出,磁性,機械的強度などの種々の材料の性質を考える際に,その材料を構成する原子間の結合様式を考えることが有効なことがある。第5章「材料電子論」では,そのような視点に立って,原子間の結合をつかさどる電子の振る舞いの記述法である量子力学について概説し,量子力学をもとにした材料物性の考え方について説明する。
各章の最後には章末問題を設け,その略解を巻末に,詳解をコロナ社のWebページに掲載した。本書の内容の理解と,実際の材料への応用方法の習得に活用していただきたい。引用:コロナ社HPより
目次
1.物質の構造
1.1 結晶構造
1.2 回折結晶学
1.3 材料組織と格子欠陥
1.4 非結晶と準結晶
2.材料熱力学
2.1 熱力学の諸法則
2.2 熱力学関数
2.3 溶液・固溶体の熱力学
2.4 化学平衡
2.5 界面・表面の熱力学
3.状態図と相転移
3.1 状態図の熱力学
3.2 2成分系状態図
3.3 3成分系状態図
3.4 化学ポテンシャル状態図
3.5 相転移
4.拡散現象
4.1 フィックの法則
4.2 多成分系の拡散
4.3 固体内の拡散
5.材料電子論
5.1 量子力学の導入
5.2 原子軌道
5.3 分子軌道
5.4 結晶中の電子
5.5 具体的な物質の電子状態の見方
対象者
固体化学、材料物性を研究対象とする学部4年生-修士学生。特にこれから研究を始めたいが、どこから手を付ければと悩んでいる学生に向いている。
内容
化学系の学生においては広範な範囲である材料科学を一つの書籍で統一的に読める文献は少なく、物理化学、無機化学、固体化学、量子化学などの内容をもとに勉強し直す場合が多い。本書籍は材料科学を「マルチスケールにわたる物質の階層性を理解し,その特性を人々の生活に役立つもの(材料)に反映する学問」と定義し、それをもとに結晶学の基礎から熱力学さらに電子物性の基礎を包括的にまとめたものとなっている。
第一章では物質の構造に関して述べられている。結晶学での結晶構造のマナーに関して、Bravais格子や点群の観点から、数式をなるべく使わずに視覚的にわかるように書かれている。また構造においても合金などをどのように記述するべきかなどにおいて具体的な例を用いて説明されており、わかりやすい。また材料組織と格子欠陥に関しても欠陥のらせん転位や刃状転位に関して図から説明されており、直感的にわかりやすいものとなっている。またこのような本にしては珍しく、非晶質に加えて準結晶に関しても述べられており、たとえばペンローズタイルの記法で構造がどのように記述するべきかという着眼すべき点である。
第二章、第三章、第四章では、同一著者により実際の固体サンプルの相の振る舞いに関して一連の説明がなされている。第二章では材料熱力学に関して述べられており、多数粒子の集合体としての性質を述べるための基礎知識に関して詳述されている。系の定義から始まり、熱力学の法則、化学ポテンシャルの定義に基づく表面張力の記述など、非常に基礎的な内容が書かれており、第3,4章で必要不可欠となる知識を詳述するイントロとなっている。第三章では状態図と相転移に関して記述されている。二元系、三元系合金などにおける冷却における相図の読み方が紹介されており、実用的なテコの原理などからある組成が与えられたときに結晶がどのように出てくるかということに関して紹介されており、金属や酸化物での相図の見方について詳述されている。第四章では拡散現象に関して化学ポテンシャルの概念から説明されており、1次元モデルなどのモデル系から説明されており、溶液および固体における拡散現象に関して中空粒子などができるさいのKirkendall効果の説明も含めてされている。これらの章から物質の相状態のみかたに関しての基礎知識を身につけることができるだろう。
第五章では化学系では忌み嫌われている(?)量子論に基づいた電子状態に関して記述されている。いわゆる物理化学の教科書に記載されている水素原子の量子論や分子軌道法が非常にコンパクトに纏められた上で、固体結晶での自由電子モデルも含めて説明がされており、それらの類似点がコンパクトに纏められている。例えばバンド構造の分散関係の図がわからない学生などは一度手にとって見ると良いと思われます。
それぞれの章において、単語や専門用語の定義から詳述し、準結晶、相図、原子の拡散からバンド構造の読み方まで紹介されている。特に章末における引用参考文献は充実しており、初学者向けの書籍となっている。これをもとに論文での式などの意味を理解することができれば十分に役に立つのではと思います。また教員で材料科学に関連した講義などを行う際には本書籍の記載事項をもとに授業すれば学生にもわかりやすいものとなると思われ、教員も一度手に取ると役に立つと思います。
関連書籍
[amazonjs asin=”4339066176″ locale=”JP” title=”量子物質科学入門―量子化学と固体電子論:二つの見方”]上記書籍は本書籍の著者でもある山本先生の書籍ですが、物質の電子状態を量子化学と固体電子論の両方の立場からみているという意味で貴重です。