知財の力を使って経営戦略を成功に導くためのプロセスを詳細に記載した文献です。イノベーションの創出、事業競争力の強化、組織・基盤の強化等の経営課題の解決に資する知財戦略に取り組んできた国内外の企業をヒアリング調査してとりまとめた事例がまとめられています。
概要
「経営戦略を成功に導く知財戦略」という視点から、経営に質する知財戦略を実践している企業にヒアリングし、得られた国内外計20社以上の事例を取りまとめ、経営戦略視点、知財戦略視点のそれぞれの観点から辞令を分類して整理した(引用:特許庁)
特許庁のHPからダウンロードできるほか、全国47都道府県に設置している「知財総合支援窓口」や各経済産業局等の「知的財産室」において配布しています。
対象者
- 知財部門の関係者
- 経営企画・戦略立案の担当者
- 企業の技術者
- 知財がどう活用されるのか興味がある研究者
目次
- 本事例集への掲載事例概要
- 経営戦略を成功に導く知財戦略(概説)
- 経営戦略を成功に導く知財戦略事例
- 参考資料
化学・製薬関連の企業の事例として、Sanofi、ダイキン工業、旭化成、日産化学、武田薬品工業の例が掲載されています。
内容
この文献は、日本の企業の経営層や知財部門関係者に知財戦略をより理解を深めてもらい、知財の国際的な競争力を強化することを目的として、特許庁が国内外の企業の具体的な知財戦略の手法を聞き取り調査を行い発行されました。一昔前には、アップルとサムスンがスマホの特許技術に関して訴訟合戦を起こしたこともありましたし、最近になってJOLEDが有機ELパネル技術の特許を巡りサムスンを提訴したことも発表されました。このように特許を使って技術を守り、侵害された場合には訴えるという行為が世界的に当たり前になっているため、会社の戦略として特許をどう取り扱うかが重要になっています。しかしながら、会社の戦略に関わる内容は機密事項で各社の活動を知ることは難しいので、その情報をまとめただけで貴重な資料だと思います。
それぞれの章の内容を見ていくと、I章の概要では上記で挙げたような、出版の目的や編集委員のコメント、各企業のキーメッセージがまとめられています。II章の知財戦略の概説では、経営環境の変化を踏まえてどのように知財戦略な知財戦略をとるべきかが解説されています。特許をたくさん出願するだけが知財戦略ではないので、自社の特許が侵害されていないか/自社の新技術が他社の特許を侵害していないか調査する、自社の特許をライセンス/他社の特許をライセンスしてもらったりするといったような知財戦略の種類について基本的な考え方が参考になりました。
III章の知財戦略事例について、どの企業の事例も興味深いですが、ここでは化学・製薬関連の企業の事例に絞ってみていきます。最初の事例は、フランスの製薬・バイオテクノロジー企業であるSanofiです。本文献には、医薬品開発における知財マネジメントや企業買収における知財の観点が紹介されています。医薬品の開発では、新しい製品が商品化された場合のインパクトは非常に大きいものの、開発にかかる費用と期間は莫大なものになります。そのため、生み出された価値の高い発明は権利化を死守していることが伺えます。また企業買収において候補の企業が持つ特許を調べて、知財の観点を買収判断に活用していることが強調されています。ダイキン工業では、エアコン用冷媒R32の特許技術を無償開放した戦略に焦点を当てて解説されています。特許技術を無償開放することはまれであり、その判断の経緯やビジネスインパクトは興味深い内容となっています。旭化成の事例では、IPランドスケープ(IPL)の活動について紹介していて、知財に関するいろいろな状況を自社他社問わず調べ、分析を行い、自社の戦略に指針を出す活動が社内でどのように行われているかがわかります。IPLの具体例が載せられており、IPLの理解にも役立つ内容でした。日産化学の事例では、訴訟について紹介しています。具体例として韓国での除草剤に関して起こした訴訟の経緯は、壮大な内容に感じられました。最後に武田薬品の事例では、知財部門の構造について紹介されていて、時代によって、社長直轄だった時もあれば研究部門直下の時もあり、現在は法務部門直下であったりと、会社の状況に合わせてどの部門と密接に関わってか変わっていることが印象に残りました。Sanofiの例でもそうですが、知財と法務同じ括りだと思っていた固定概念を改めされられました。
文献の中では、企業の役員やマネジメントレベルを読者ターゲットとしていますが、現場で研究開発に取り組んでいる人にも参考になる文献だと思います。例えば、研究開発の現場では、日々の評価の中で発明があれば社内のプロセスに則り、特許出願などを進めていくことが一般的ですが、他社のプロセスをこの文献から知ることができます。また、新たなテーマの研究を始める際には出願されている特許を調べることはありますが、IPランドスケープの事例は参考になり、様々な切り口で他社の特許を調査するきっかけになると思います。そして何よりも知財の重要性も理解し、知財がマネジメントレベルでどう活用されるべきなのかについて、自分の考えを持っておくことをこの文献から促されます。