第4回ケムステVシンポでもコラボした、CSJカレントレビューシリーズの第35弾です。学会のオンライン化に伴って旅費が浮いた研究費の消費先として、さまざまな分野の最先端を手元に揃えてみたいと思われる方もいるのではないでしょうか。そんな需要にぴったりなのが、このCSJカレントレビューです。
概要
相転移現象は物理化学における中心課題の一つであり,基礎から応用に至る広範な領域で研究が行われてきた.最近になって,空間的にはナノ領域,時間的にはフェムト秒領域の各種の計測手法の開発が進むと同時に,計算機科学による相転移の理解も深まってきた.このような相転移ダイナミクスに関する最近の展開について,基礎的な理論と応用展開も含めて解説する.(引用;化学同人書籍紹介より)
対象者
- 化学と物理の境界領域に興味がある学生や化学者全般
- 有機物・無機物に拘わらず、材料科学を支える相転移現象に統一的なイメージを持っておきたい方
- ミクロとマクロを接続する当該業界の最先端の展開に触れ、新しい研究テーマを模索したい研究者
- 「材料を制する人間は世界を制する」という言葉にグッとくる人
目次
- PartⅠ 基礎概念と研究現場
- 1章:Basic concept
- 相転移の基礎概念
- ソフトマターにおけるマルチスケールダイナミクス
- 固体材料の相転移とダイナミクス
- 2章:Interview
- フロントランナーに聞く(座談会)
- 3章:Activities
- 数学的拠点で開催された自己組織化に関する国際研究集会
- 1章:Basic concept
- PartⅡ 研究最前線
- 1章:分子動力学シミュレーションを用いた核生成研究
- 2章:粘弾性層分離の計算機シミュレーション
- 3章:氷結晶の相転移ダイナミクスを見る
- 4章:反応性高分子混合系の相分離:そのダイナミクスと応用
- 5章:2液混合系の相分離ダイナミクス
- 6章:ナノスケールにおける沸騰現象
- 7章:液晶の相転移ダイナミクス
- 8章:フォトクロミック結晶表面の光誘起ダイナミクス
- 9章:電荷移動相転移金属錯体
- 10章:金属酸化物相転移物質とが外場誘起機能性
- 11章:強相関電子物質の相転移ダイナミクスと準安定相制御
- 12章:時間分解電子線回折法による有機化合物の光誘起相転移ダイナミクス観測の進展
- 13章:金属錯体における光誘起相転移の超高速ダイナミクス
- 応用トピックス
- ①相転移ダイナミクスと生命現象
- ②Cure-on Demand Materials Based on Frontal Polymerization
- ③ブルーレイの中で機能する相転移ダイナミクス
- ④相変化と地球内部のダイナミクス
- PartⅢ 役に立つ情報・データ
-
- ①この分野を発展させた革新論文34
- ②覚えておきたい関連最重要用語
- ③知っておくと便利!関連情報
内容
化学同人より出版されている「CSJカレントレビュー」シリーズ第35弾です。本書のトピックは「相転移ダイナミクス」。身近な氷→水→水蒸気のような相転移ダイナミクスから、光誘起相転移のような非常に特殊な場合まで、広範囲の分野にわたる最先端の様相に触れることができる素晴らしい一冊です。
構成は、第Ⅰ部 第1章にて基礎概念の説明に続いて第二章でフロンティアランナーへのインタビュー、第三章で国際研究集会での寄稿と、業界の最先端の雰囲気を感じられる構成になっています。
第Ⅱ部はCSJカレントレビューの核ともいえる研究最前線のコーナーということで、当該研究領域で活躍する様々な研究者の方々の総説が要領よくまとめられています。
第Ⅲ部はデータ集で、この分野の重要論文・用語集と関連情報がまとめられており、手元に置いておくと非常に便利な一冊となっています。
感想
タイトルを見た時の率直な第一印象は、「なかなかマニアックなトピック選定だなあ」というものでした。しかし、考えてみると私たちの生活は、相転移のお陰で成り立っているところが多いことに気づかされます。お湯を沸かせば水蒸気が出てきますし、冷凍庫に液体の水を入れておけば固体の氷ができます。また、パソコン等電子機器の記録媒体(ブルーレイディスクなど)も、動作を支えているのは相転移現象です。
こういった意外と身近な相転移現象ですが、そのダイナミクスに思いを馳せたことがある人はそんなに多くないかもしれません。例えば、水が沸騰して気泡が出てくる際に、そもそもその気泡はどういった時空間スケールで生成されて成長してくるのか、ブルーレイでの記録は名の通り青色光で行うわけですが、光照射がどのように働いて材料の相転移を引き起こしているのか。相転移というマクロな現象を、原子・分子レベルのミクロな変化とどのように接続して考えるべきなのだろうか? サイエンスとして重要なのはもちろん、原理を解明することで今まで全くなかったような新材料が飛び出してくる可能性も感じさせられます。
私はこのあたりの分野は興味はあったものの、耳学問にとどまっていて漠然としたイメージしか持てていませんでした。しかし、本書を読了したことで様々な相転移の考え方が整理できました。見通しがよくなって、大変すっきりした気持ちになったと同時に、相転移の奥深さを実感することができ、現在の人類の理解がまだまだ成熟していない領域なんだなというところを感じ入ることができました。自分の中で今は中-長期の研究テーマを考える時期だったのですが、このタイミングで本書に出会えて本当に良かったと思っています。
第 I 部では、相転移の基本的な考え方、特にソフトマター、外部刺激による相転移という一見捉えどころが難しい相転移の話題について概説していただけています。ただし、率直な印象ですが、Basic Conceptとはいえど結構専門的な印象を受けました。化学の人には必ずしもとっつきやすいわけではない内容かもしれません。熱力学をある程度修めている方であればすっと入ってくるかもしれません。逆に、相転移現象は本当に系によって持つべきイメージが多様で、一般論まで落とし込むことが必ずしも難しい面もあるのかなとも思いました。ミクロな現象とマクロな現象の接続の難しさに、正面から向き合っているが故の奥深さを感じられました。一番印象に残ったのは、インタビューの中で紹介されていた「材料を制する人間は世界を制する」という一言です。なるほど確かにそういう考え方もあるか。モチベが上がったところで次の章に行きました。
第Ⅱ部では、各方面の専門家の先生方が、独自の研究展開を存分に語ってくれています。CSJカレントレビューの心臓部分と呼ばれるこの研究最前線のパートですが、本書でもいかんなくその存在感を出しています。上記の章を見ていただければわかるように、気体 – 液体 – 固体から液晶、そして光誘起相転移等の話題まで、計算や実験もバランスよく、様々な相転移の各論を紹介されています。個々の章が完結しているため、興味のある章から読み始められるのが特徴です。1章,2章はシミュレーションによるアプローチの紹介、3章では宇宙空間での氷の相転移の実験を紹介されていて心が躍りました。4章、5章は混合系の相転移ダイナミクスを扱っています。6章は沸騰現象を名のスケールで考えるという非常にユニークな紹介、7章は液晶ということで固体とも液体ともまた違った様相が紹介されています。8章はフォトクロミック結晶の性質を使ってうまく蓮の葉のような撥水性表面を作るというバイオミメティクスへの応用例で目を引きます。9章、10章は錯体や無機物質のユニークな展開例が述べられています(蓄熱材量のコンセプトにはグッときました)。11章、12章、13章は電子同士の相関が強い系について生じる特殊な相転移を紹介されており、特に最先端の実時間計測にもボリュームを割いた記述があります。
第Ⅲ部のデータ集も、かゆいところに手の届くコーナーです。学習を深めるきっかけとして最適な重要論文や、多分野からの参戦で障壁となる用語の説明がまとめられています。このあたりのアフターフォローの気が利いているのも、私がCSJカレントレビューのシリーズを気に入っている理由です。
このように、この物理・化学の融合領域である相転移ダイナミクスは、取り扱う時空間のスケールがとかく膨大なので、間違いなく21世紀に人類が取り組むべき課題の一つと思います。本書はかなり物理よりの内容になっているので、ケムステ読者層とは完全にはマッチしないかもしれませんが、興味がある方には多分野に足を踏み入れる一歩目としての役割を十分にになってくれると思います。21世紀を生きる科学ファンとして、手元に置いておいて損のない一冊であることは疑いないでしょう。
関連書籍
CSJカレントレビューでは、過去にも多くの材料科学分野を手掛けた巻をも発刊しています。個人的には、移動制限のせいで浮いた旅費をどう使うかちょうど考えているところだったので、これを機にいくつか揃えておこうかなと思っています。
どれも基礎と最先端をバランスよく学べる良書に思えますので、興味のある方は是非手に取ってみてください。
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