概要
本書は宮沢賢治の作品に登場する元素を取り上げ、作品を入り口として各元素について解説した書。副題は―作品を彩る元素と鉱物ーであり、元素そのものではなく鉱物についても解説している。
対象
小学生から大学生、科学に興味のある一般市民
解説
宮沢賢治の名を聞いたことが無い国民はいないであろう。小学校の教科書などに必ずと言っていいほどその作品が登場し、銀河鉄道の夜、注文の多い料理店などに慣れ親しんだであろう。意外に知られていないかもしれないが、宮沢賢治は農学校の教諭を務めたことがあり、化学の分野、特に農芸化学の分野への関わりがある。実は文学者としては生前にほとんど原稿料や印税を得たことが無く、作品が有名になったのは没後である。
幼い頃から「石」を集めるのが趣味で、鉱物への造詣は深い。文学作品にも度々元素が登場しており、その作中のイメージの広がりに一役買っている。と、そう思うのは筆者のような化学に興味がある層のみで、もしかしたら化学に馴染みが無い方には唐突感があるのかもしれない。筆者は個人的には恩師の影響で、学生時代に宮沢作品は有名どころを一通りざっと読んだ経験がある。その時は、こんなに化学っぽいことを作品にちりばめていたのかという新鮮な驚きを持った。
さて、本書は宮沢作品に度々登場する元素を平易に解説した書であり、小学生でも高学年であれば理解できる内容である。大学生が元素に関して学ぶ書としてはもの足りないが、宮沢作品を新しい視点で改めて読み返す良いきっかけとなろう。一方で鉱物についてはかなり力が入れられていることから、大学生レベルの教養として見逃せない。文学作品のみならず、書簡なども取り上げてあり、かなりの賢治マニアにもお勧めできる。
最後に本書で取り上げられている銀河鉄道の夜の一節を
川の向う岸が俄かに赤くなりました。楊の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔ったようになってその火は燃えているのでした。
銀河鉄道の夜 九、ジョバンニのキップより 太字は筆者
化学の知識が無い場合、この炎の赤さは想像が難しいのかもしれないが、あのリチウムの炎色反応の色を知っていれば情景が美しく目に浮かぶのではないだろうか。