内容
生物に学ぶ考え方は,ナイロンに見られるように古くからあった.近年,ナノテクノロジーの飛躍的な展開により,表面のぬれ特性や形態・自己修復能等,より広範な視点から生物の機能に学ぶバイオミメティクス研究が盛んになってきた.生物学と工学を情報科学で繋ぐという視点から,最先端研究や産業化の動向を解説する.(引用 : 書籍紹介のページより)
対象者
- 材料科学と生物学の研究者
- 生物の仕組みに興味がある高校生以上の方
CSJ カレントレビューについて
本書は、化学同人社より出版されている「CSJ カレントレビュー」の書籍です。このシリーズは、化学の様々な分野の最新のテーマについて、基礎的な概念から最先端の話題を提供するために企画され、新しいスタイルの総説集になっています。このシリーズの総説集は、以下の三部構成からなっており、本書もこの流れに沿っています。
Part I 基礎概念と研究現場 (座談会形式のインタビュー、基礎概念の解説など)
Part II 研究最前線 (最先端トピックのレビュー解説)
Part III 役にたつ情報·データ (重要論文, 重要語句解説など)
この本シリーズの魅力そのものはこちらの記事で紹介されていますので、この記事では “二次元物質とは何か” について紹介しながら、本書籍を解説します。
バイオミメティクスとは
バイオミメティクスという言葉を私はこの本で知りましたが、直訳すると「生物模倣」と言うそうで、生物の形態や構造、機能などを模倣し新しい技術開発に活かす研究という意味です。有名な例は新幹線の先端の形で、カワセミのくちばしをまねて空気抵抗を減らすことを狙ってデザインされました。化学の世界でも同様の研究は活発におこなれていて、人口光合成などは聞いたことがあるかもしれません。本書では、様々なバイオミメティクスに関連した研究を紹介しています。
感想
CSJ カレントレビューはどの巻も読みやすいですが、本書はお世辞抜きにシンプルに面白くて読みやすいです。私はこの分野については全くの専門外ですが、どのトピックにおいても生物現象の説明が丁寧に記述されていて、ただ模倣したというわけではなくどのように生物の仕組みを取り入れたのかを知ることができます。もちろん生物の現象なのでたくさんの写真が掲載されていて容易に理解することができるため、大学生だけでなく理科に興味がある高校生にもおすすめいしたい本です。下記で紹介するのは本書の中で特に興味深かったトピックです。
自己組織化を利用したモスアイフィルムの作製
モスアイフィルムとは表面にナノスケールの微小突起を形成したフィルムであり、ガの眼を模倣したバイオミメティクスです。このモスアイフィルムをディスプレイの反射防止膜として利用する研究がおこなれていて、現状の反射防止膜よりも低コストで、大型テレビなど向けの大面積にも対応できるモスアイフィルムの作製方法が開発されました。開発のポイントこの微小突起をフィルムに作るための金型で、アルミニウムを陽極酸化すると自己組織的にポーラスアルミナが形成できるという現象を利用して大面積のロール金型の作製に成功したようです。
バイオミメティクス・バイオフィルムとしてのナノスーツ
電気顕微鏡は、チャンバーを真空にして測定を行うため、生物を生きたまま測定することは不可能です。この研究では、電子線を照射することで乾燥収縮することなく生物のSEMの測定に成功しました。きっかけは、ショウジョウバエの幼虫をFE-SEMでの観察で、高真空のチャンバーに入れてすぐに電子線を照射すると乾燥収縮しませんでしたが、電子線を当てずに高真空に放置してからSEMで観察すると乾燥収縮してしまいました。これは、タンパク質、脂質、多糖類などを含む細胞外物質(ECS)が電子線によって化学反応を起こし高真空に耐えられるナノスーツを形成したと言えます。この現象を応用して人工のECSをボウフラに塗布しプラズマ処理することで、そのままではSEMを観測できなかったボウフラも測定することに成功しました。
生物から学ぶ接合技術
ケムステでも取り上げたヤモリの足に関する研究が紹介されています。特に興味深かったのは、パルメリダエ・ロリドゥラエというカメムシの一種の虫で、なんとウツボなどの食虫植物がとらえた虫を食べる生き物がいるそうです。この植物の足の分泌液が、植物の粘液との直接接触を妨げているため、パルメリダエ・ロリドゥラエ自身は植物に捉えられないそうです。応用のパートには実用化における形状やサイズについて解説しています。
トピックス
トピックスには、すでに商品化されているカタツムリの防汚技術とマグロの皮膚から学んだ低摩擦効果の船舶用塗料が紹介されています。
このほかにも生物の様々な部位を模倣して新たな技術の開発について紹介しています。