内容
2004年にブレークしたグラフェンは,電子材料はじめさまざまな応用が期待される新素材の担い手であり,その特異な性質に魅力がある.二次元物質は,グラフェンはじめ,無機物,有機物,錯体と,幅広くその物理と化学が研究され,次世代の革新的な科学技術につながる発見がなされている.歴史から最先端の動向まで紹介.(引用 : 書籍紹介のページより)
対象者
- 固体物理, 化学を専門とする研究者
- 繰り返しの幾何学的パターンを見て、美しいと感じるセンスの持ち主 (大学生以上)
CSJ カレントレビューについて
本書は、化学同人社より出版されている「CSJ カレントレビュー」の書籍です。このシリーズは、化学の様々な分野の最新のテーマについて、基礎的な概念から最先端の話題を提供するために企画され、新しいスタイルの総説集になっています。このシリーズの総説集は、以下の三部構成からなっており、本書もこの流れに沿っています。
Part I 基礎概念と研究現場 (座談会形式のインタビュー、基礎概念の解説など)
Part II 研究最前線 (最先端トピックのレビュー解説)
Part III 役にたつ情報·データ (重要論文, 重要語句解説など)
この本シリーズの魅力そのものはこちらの記事で紹介されていますので、この記事では “二次元物質とは何か” について紹介しながら、本書籍を解説します。
二次元物質とは
さて、本書のテーマは、タイトルから容易に想像できる通り、「二次元物質」です。そして、その副題として、 “グラフェンなどの分子シートが生み出す新世界” と添えられています。おそらく、二次元物質としてもっとも知名度が高い材料がグラフェンであるため、副題に “グラフェンなど” と書かれているのだと思いますが、本書が扱う物質はグラフェンだけではありません。具体的には、二次元物質の科学は、次の 3 つの分野に分類することができます。
グラフェン (酸化グラフェンも含む)
無機二次元物質 (窒化物、カルコゲン化物、酸化物、水酸化物、炭化物など)
有機二次元物質 (多環式芳香族炭化水素 (ナノグラフェン)、二次元高分子など)
一見すると、これらの研究分野は、「研究対象である物質が二次元的な構造を有すること」以外に共通点がなさそうにも思えます。しかし、本総説集では、これらの全てを横断的に見渡すことで二次元物質特有の魅力を学ぶことができます。それでは、これらの各分野の研究内容とそれらの接点について紹介しようと思います。
グラフェン -二次元物質の物性理解の基礎-
三次元結晶のグラファイトから粘着テープで剥ぎ取るという斬新な手法により初めて単離された単一原子層材料である、グラフェンをなくしては、二次元物質を語ることはできないでしょう。グラフェンは、その物性に関して固体物理の視点から研究が進んでいるため、二次元物質に対する理論的な探求の出発点としてグラフェンが重視されています。二次元物質の物性のもっとも重要なポイントは、「電子を二次元に閉じ込めたことによって電子の運動に新たな対称性が生まれ、物質の量子性が顕著に現れること」であり、本書では、数式も使いながら、グラフェンの物性についての基礎が展開されています。また、グラフェンの磁性については、多環芳香族化合物の共鳴構造式と幾何構造の関係を分析することで説明されており、化学者にとっても馴染みやすい記述であると思います。
個人的に面白いと感じたのは、グラフェンの電子構造は、”炭素原子が” 二次元に並んでいることに由来しないということです。つまり、蜂の巣状の構造の対称性がその電子構造にとって重要であり、本書ではグラフェン以外の二次元化合物の理論研究についても紹介しています。下の図は、強磁性の実現を狙って設計された二次元 MOF の構造です。構造が美しいことはもちろんですが、理論的な裏付けがなされているということから、より一層に魅了されてしまいます。
ただし、グラフェンの物性については、すでに理論的な研究が完璧に確立している、というわけではありません。すなわち、「グラフェンの端の構造」についての研究が最近のテーマとなっており、まだまだ発展が期待できます (そして、この点については、有機二次元物質とも関連します)。
無機二次元物質 -ポストグラフェン, ビヨンドグラフェンを目指す-
グラフェンは、炭素のみからなる二次元物質であるという点で、シンプルな原子層ではありますが、構造上の多様性がないと考えることもできます。一方、窒化物や酸化物に代表される無機二次元物質は、化学組成や構造を制御することで多様な可能性が秘められています。そこで、グラフェンを超える二次元化合物の開発のために、ポストグラフェン (post praphene) あるいは ビヨンドグラフェン (beyond graphene) といったスローガンが掲げられており、この本から無機二次元化合物に対する期待がひしひしと感じられます。特に、層を積み上げることで、文字通り無限の応用性が秘められているということが力説されています。例えば無機ナノシートの積層構造は、分子が吸着可能な層空間を提供するだけでなく、光化学反応の反応場としても機能します。最近ではこれを利用した人工光合成系の構築に向けての研究が活発ですが、まだまだ新たな展開が期待できるのではないでしょうか。
有機二次元物質 -二次元物質の精密有機合成, ボトムアップ合成の確立-
少し唐突ですが、これまでに合成されてきた有機化合物を「次元」の観点から分類して見ます。
0 次元 = 低分子有機化合物
1 次元 = 線状高分子
3 次元 = 網目高分子, 多分岐高分子
このように分析すると、有機二次元物質は、これまでの有機化学者が作り忘れていた物質群であることがわかります。というより、複数の反応点を有する分子をモノマーに用いて、三次元方向には連結させずに、二次元的に反応を制御することが困難であると理解する方が正しいかもしれません。本書では、どのように有機二次元高分子を合成するのかという戦略が解説されており、上で説明した困難に対するアプローチが述べられています。
加えて、無限の広がりを持つ二次元高分子だけでなく、多環式芳香族分子 (ナノグラフェン, 下図の左上) やグラファイン様分子 (下図の右上) も有機二次元物質に分類されます。有機精密合成法によって、端から端まで構造が明確なナノグラフェンが合成できれば、グラフェンの端の物性解明へのブレークスルーが期待できるため、有機合成化学者がこの分野へ参入するのを待っている、といった印象を受けました。しかし、分子を合成する動機は何あれ、下のような分子の構造美を鑑賞すれば、二次元分子に惚れること、請け合いです。
まとめ
この本は、二次元という構造が織りなすユニークな世界を、物性物理、無機化学あるいは有機化学といった様々な視点から覗き見ることができる総説集です。私自身は、材料化学に対して素人同然の学生ですが、基礎的な概念から応用的なトピックまで学ぶことができ、満足できる内容でした。したがって、まだ研究室に所属していない大学生が、最近の研究トピックを知る目的で読むこともオススメです。また、大学院生以上の研究者であっても、現在の専門分野が有機化学か無機化学であるかに捉われずに手にとってみると、新しい研究分野に挑戦するためのアイデアが生まれるかもしれません。
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