Tshozoです。
皆さん数学はお好きでしょうか。筆者は数学はまぁ嫌いではありません。それよりも数学史が好きです。”隻眼の魔王”とも言うべきレオンハルト・オイラーを筆頭に、アーベル、ガロア、ワイエルシュトラウス、谷山豊、ローワン・ハミルトンと、天才たちの人生や成果を書物で読むのが昔から好きでした。たとえばオイラーが完全に視力を失った後も論文を口述筆記でガンガン出しまくってたという逸話を聞いたり、彼がバーゼル問題を解いたその発想とテクニックを見るたびに絶頂すら覚えます。筆者は残念ながら「大学への数学」で死去したレベルの雑魚マンですから彼らが創り上げた神業(数式)を導出したりすることなんざ欠片も出来ませんでしたが、少なくともその歴史に触れて楽しむ精神だけは持っとこうと齢を重ねてきた経緯があります。最近の趣味のひとつは望月教授のサイト(こちら)の論文を時々眺め、この”超”のつく天才が描いた一厘一毛もワケがわからん世界を味わうことですね。
というわけで御世辞にも筆者は数学は得意ではありませんし人には向き不向きがあり、得意と好きとは違うので仕方ないと諦めているのですが、絵画を眺めて美しい・素晴らしいと思うように、数式を眺めて美しいと感じる感覚は持っておきたいもんだなぁと思う次第で。そんな筆者が、今回化学同人殿が出版された下記の本、「世界一美しい数学塗り絵」を紹介する機会を頂きました。お付き合い頂ければ有難いです。
[amazonjs asin=”4759819223″ locale=”JP” title=”世界一美しい数学塗り絵-宇宙の紋様”]【なんで化学なのに数学やねん】
手塚治虫作「ブラックジャック」(文庫版15巻)の「宝島」というタイトルの回で、主人公の間黒男が最後にこんな言葉をつぶやきます。
「この空と海と大自然の美しさのわからんやつはーーー生きる値打ちなどない!!」
という台詞の前半を「定理と公式と数列の美しさのわからんやつは」と置き換えても良い気がする時があります。嘘です。ともかくそこまで言わんでも、科学を好きな人間にとっては数学というのは大きな意義を持つもんじゃないのかなぁと。それは化学・物理・生物問わず、であってくれると嬉しいのですが・・・例を挙げると、これ。
ご存知「人類の至宝」オイラーの式。これも複素平面ではなく三次元で表すと
|exp(iθ)|≡exp(θ)=zとした
フリーソフトGrapes3D(こちら)を使用させていただきました
美しいらせんを描いてくれるんですね。根っこのところを分解してみると、θを実数として
こういうことも含めて美しい数式が美しい形状を表現している代表例なわけで。生命の設計図であるDNAも螺旋ですしねぇ。あと、イスラム建築の金字塔であるセミリエ・モスク(ミマール・シナン作)の天井。
細部と全体が完璧という奇跡を実現したセミリエ・モスクの天井
死ぬまでに絶対に見ておかねばならない建築物 Wikipediaより引用
これも基本的には単純なパターンからなる複雑な構図の回転・繰り返しといった一次変換により表されているのは一目瞭然ですね。このように数式や変換のくりかえしをその基礎に持つ美というのは化学や数学問わず何らかの形で重要なもの。今回紹介させていただく書物は、厳密に数式を理解せず「くりかえし」が如何に美しい紋様を描くか実感出来る点で貴重な書物であると感じたものです。幼少のお子様にも塗り絵代わりに一冊、いかがでしょうか。
【内容紹介】
ということでこの書物が表現しているのは、数式や図形そのものではなくそれらが描く単純図形の、特定パターンの繰り返しによって表される「美」です。筆者が述べるよりも、本書から抜粋した様々なパターンをご紹介しましょう。
本書内の一例 実際にはこちら★の例のように白絵なのでご心配なく
こっそり化学同人殿のシンボルマークが入っていますね。
十分これらを、Self-Assemblyを中心に形成される錯体(下図)やと比べてみましょう。合成方法とかそんなめんどくさいことを考えなくても何か共通する美しさを感じることはできませんでしょうか。この美しさを理解しない者は(略)
そもそも、今までもケムステ内で分子の美しさについては何度か採り上げられていますから(こちら・こちら・こちらなど)最早これらについては多言を要しませんが、こうした分子を創造されてきた化学者の何人かのインタビューでのコメントに”Beautiful Chemistry”とか”Beautiful Structures”ということばがあったのを覚えています(インタビューではないですが、こちらとか)。少なくとも成果を出したその裏には、競争とかそれ以外の美意識がきっとあったのではないでしょうか。
なお蛇足ですが、この中で筆者が最も目を見張ったのがこの「繰り返しだけど水平・垂直方向に重ならない」この不思議な図。こうした不思議な構造が分子で実現できたとき、一体どんな機能が実現されるのでしょう。そうしたことを考えるのもまた良いアイデアを積み上げるきっかけになるのではないでしょうか。
本誌より引用 これから塗ります
この図のコンセプト創立者のロジャー・ペンローズはあと取ってないのがノーベル賞だけというくらいの大物理学者。「ペンローズのねじれた4次元」などの本で有名で、空間と時間について稀有な成果を数多輩出してきた方です。この方の論文もまったっく理解できませんがイラストは綺麗だったのを覚えていますねぇ・・・
【著者・訳者紹介】
左:Alex Bellos氏、右:Edmund Harris氏
それぞれ下記に示すご本人のサイトより引用
本誌を作られたのは上記のお二人。かたや数学ライター兼情報プロデューサでイケメンのAlex Bellos氏とアーカンソー大学の准教授であるEdmund Harris氏。筆者嫉妬垂涎の組み合わせですが、特にE. Harris氏のサイト(こちら、ギャラリーはこちら)は非常に美しく一見の価値有りです。ただ何故”Maxwell’s Demon”がサイトのタイトルなのかはどこを見ても理解できなかったのですが、それもまたよし!
更に面白いのが名物数学者 秋山仁先生が訳(補遺含む)をされている件。ご本人の専門は色分け・図形パターンが関連する四色問題などを含む「グラフ理論」であるため本誌のお話が回ってきたのでしょう。筆者の大学受験時代既に名物講師であった同教授はバンダナを頭に巻いてジーパン履いて授業するという(当時は)全く新しいスタイルの講義を進めていました。夏期講習で1回だけ同教授のシリーズに参加した筆者は自らの数学的レベルが低すぎてその解き方が独特過ぎてレベルについていけなかったのですが、その授業を受けていた人の多くが志望校に進んでいましたから指導者としては間違いなく一流でした。その秋山先生が訳されている文章は非常に読みやすく、また補遺についてもそれらの図形の背景や歴史に踏み込んで書かれていることから、より高度な情報を求められる方はこの補遺をよくお読みになられるのがよいのではないかと思います。
【おわりに】
何故数式があらわす図やパターン繰り返しの図がこんなにも美しいのか、よく考えてみたのですが結局「見ている人間が美しいと思う素養を持っているからだ」ということかと。結局人間心理の鏡として図を射象しているとも言えるのかなと思ったりもしています。そう考えると『「祖師西来意」と尋ねて「祖師西来意」と返された』時に悟った坊さんのこころもなんとなく把握出来る気がしますね。
なお、何度か採り上げている「ホンダ・イノベーションの神髄」に、本田宗一郎氏のこうした言葉があります。
「本田技術研究所は技術の研究をするところじゃない。人間の研究をする所だ」
このことばに基づくと「人間の心が何を美しいと思うか」が謎であるかぎり、数学や化学が形状としてあらわす美の可能性が無限であるということも言えようと思います。本誌を見ながら、こうした形状の美しさを産み出す人間の美意識が尽きるような社会にならんことを祈るばかりです。
それでは今回はこんなところで。