概要
大規模トランスクリプトーム解析が可能になり,ゲノムには莫大な種類のノンコーディングRNAが含まれていることが明らかになった.その後,これらのRNAはさまざまな仕組みで遺伝子発現を制御している実態が解き明かされた.生命の複雑さは,RNAによる高度な遺伝子制御ネットワークによって支えられていたのだ.現在のRNA研究に関する最新知見を基礎から解説.(化学同人のサイトより)
目次
PART I Classical ncRNA
1.tRNA
2.rRNA
3.snRNA
4.snoRNA
5.その他の安定低分子ncRNA(バクテリアも含む)
PART II Small ncRNA
6.miRNA
7.piRNA
8.クロマチン関連small RNA
9.動物発生とsmall RNA
10.植物発生とsmall RNA
11.繊毛虫のゲノム再編成
12.疾患とsmall RNA
13.miRNAによる病態診断
14.核酸医薬とsmall RNA
15.RNA分子種の進化
PART III Long ncRNA
16.トランスクリプトーム解析
17.ncRNA判定法(リボソームプロファイリング)
18.RNA化学修飾
19.RNA構造モチーフ
20.RNA結合タンパク質
21.ncRNAの生合成経路
22.ncRNAによるエピジェネティクス制御
23.エンハンサーRNA
24.arcRNAと核内構造
25.サーキュラーRNA
26.デコイncRNA
27.遺伝子量補償とncRNA
28.ncRNAによる発生制御
29.ncRNAと疾患
30.long ncRNAの進化と種特異性
対象
大学生・大学院生
内容
近年、ケミカルバイオロジー分野の研究が盛んとなり、生物学者との共同研究を行っている化学者も多いと思います。共同研究者の研究を正しく理解するためにも最新の生物学の研究を正しく理解することは重要だと考えます。その一つの例としてノンコーディングRNA (以下、ncRNA)が挙げられます。
20 世紀以降、RNA は様々な生命現象を特異的に制御する因子として再認識されています。数千種類のマイクロ RNA がヒトゲノムの 60% もの mRNA に塩基対形成よって結合し、その発現を制御することがわかってきました。一方、数万種とも言われる様々な長鎖ノンコーディングRNA (以下、ncRNA) がゲノムのいたるところから生み出され、クロマチンのエピジェネティック制御、制御因子のデコイ、核内構造体骨格など多岐にわたる機能を果たしていることが徐々にわかってきていますが、その全貌はまだまだベールに包まれたままです。ncRNA は比較的最近研究が盛んになった分野であるため、学部レベルの生物では数種類の ncRNA しか登場しないため、全容の把握が困難です。
本書は ncRNA の発見の経緯から最新の研究動向までをまとめた本です。 30 の章から構成されており、各章がそれぞれ 4〜8 つの項目で構成されています。各章の初めに Summary があるので全体像の把握が容易であり、読み進めていく途中で混乱することもないです。また各章の 1 つ目の項目は発見の経緯・背景を説明しているため興味を持って読み進めることができます。各章の最後の項目には、参考文献が記載されております。古い文献だけではなく 2015 年に発表された論文まで引用されているため、実際に研究している方にとっても使いやすいと思います。
ncRNA と言うと疾患との関連や遺伝子工学との結びつきの深い miRNA や si RNA が連想されると思いますが、一般には ncRNA として認知されていないものも多く存在します。 例えば、第1章で扱われている tRNA は高校生でも知っているものですが、ncRNA としての役割はあまり知られていないと思います。tRNA はタンパク質合成において遺伝暗号とアミノ酸を結びつけるアダプター分子として働くことは広く知られています。一方で、飢餓状態に陥った時に翻訳・転写を制御するシグナル分子として機能することは高校レベルの生物学ではあまり知られていないように思います。第1章では、細胞壁の形成や細胞死制御などの tRNA のタンパク質合成以外の機能を紹介しています。
ヒト以外にも動物(9章)、植物(10章)の ncRNA 研究や、核酸医薬(14章)、合成生物学(19章)など応用研究についても紹介されています。全部で355ぺージと分厚い本ですが、前述したように読みやすく、また巻末に専門用語の解説も付いているため、生物学を専門としないヒトにもオススメの一冊となります。