概要
「化学を知ることとは何か。なぜ化学者以外には難しいのか」を考えるために、そして、その困難さを打ち破るヒントを得るために書かれたものである。(中略)化学の本当のエッセンスを知ることによって、日常生活の有用な知識が得られ、あるいは、無用な不安から解放される。(「はじめに」より抜粋)概要
対象
化学に漠然とした悪いイメージを持っている一般の方。化学リテラシーを身につけたいと考える高校生、大学生。
解説
著者の安井至博士は東京大学名誉教授、国際連合大学名誉副学長という肩書きを持っており、近年では製品評価技術基盤機構理事長をされています。特にwebで以前より様々なオピニオンを積極的に発信しており、いわゆる疑似科学(エセ科学)に関しての啓蒙で著名です。
本書では第1部「まずは歴史を遡る」にて特にアリストテレスの四元素説から、原子論の黎明期について順を追って分かりやすく解説しています。また、新元素の発見物語とでも言うべきエピソードなどは丁寧で興味を多いにそそられました。そして「化学」を嫌いになる第一歩であるモル、言い換えればアボガドロ数がいかに巨大な数であるかを解説し、原子レベルの微小な世界と、私たちの常識がいかに乖離しているかを説明します。例えば、6×10^23(10の23乗)秒前ってどれくらい前だろうかなど。そして、私たち日本人にとって、いや人類にとっての転換期となったかもしれない2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故について時代をたどっていきます。副題にもあるように、要所で解説した事項を知っていれば読者の化学知識が、人類の化学史における西暦何年レベルかを紹介しており、自らの知識レベルについて知るいい機会を提供してくれています。ただ逆に言えば、全部知っているようだったら(西暦2012年レベルだったら)、本書は不必要ということになりますので複雑です。
続く第2部では、「生化学の発展」について解説します。人類を含む生物は化学物質で構成されていることから、この生化学が特にこれから重要になってくるでしょう。化学の一般書で生化学に大きく踏み込む内容は珍しいように思います。第2章 「生命現象は化学反応か?」、第3章「遺伝も化学反応か?」という見出しから分かるように、生命活動に化学反応が密接に関係していることを分かりやすく解説しています。所々、著者のオピニオン、例えば温室効果ガスなどに関する事項もちりばめられており、専門的になりすぎず、一般の読者の興味を惹く事でしょう。
そして最終第3章では、前章までで振り返った化学の歴史的な流れなどを総合的に考え、応用編と称して「これまでの化学の知識がどのような考え方に発展するのか」について解説します。冒頭のダイオキシン騒動に関する事項は必読で、化学リテラシーに関する典型的な事項を非常に分かりやすくまとめてあります。そして、近年の日本人には必須の知識である原子力、または放射線に関しての解説は大変ためになることと思われます。最後は地球温暖化など人類の未来についても著者の私見が述べられており、賛否はともかく論理的な考察は一読に値します。
以上、本書は化学の初等教育において欠落している部分を補完するだけでなく、受験勉強とは一切関係なく、本来化学の教育で語られるべき事項を平易な文体で整然と章にまとめられた解説書とも言える良書だと思います。大学生の一般化学の副読本としてぜひお奨めしたい書であり、また化学ってなんか危ないイメージだなあという一般の方、またマイナスイオンやダイオキシンフィーバーはいったいなんだったのかを改めて知りたい方に多いにお勧め出来る書です。
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