概要
数々の有用な生物活性天然有機化合物を微生物から見いだし、最もノーベル賞に近い化学者の一人に挙げられる大村智博士の半生を知られざるエピソードと共に記した伝記。副題の2億人を病魔から守ったというのは誇張でもなんでもなく、現在でもアフリカ地域にて”奇跡の薬”として使用されれているイベルメクチン(商品名メクチザン)の元となるエバーメクチンを発見した大村博士の功績を称えたもの。
対象
科学の道を志す高校生、学部生。全く化学、科学に興味が無い読者にとっても伝記として。
解説
大村智博士は誇張ではなくノーベル賞級の発見をされてきた2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した化学者です。微生物が産生する数百にものぼる生理活性天然有機化合物の発見者として知られ、それらの化合物の中でも、セルレニン、ラクタシスチン、スタウロスポリンなど極めてユニークな働きをする化合物が研究、臨床の場で欠かすことのできないものとなっています。本書では博士の生い立ちから、高校の夜間部にて教鞭をとりながら東京理科大学の大学院で学んだことや、ウェスレーヤン大学でのティシュラー研究室でのエピソード、そして北里研究所での博士の活躍などを当時のエピソードを交えて赤裸々に綴っています。特に、研究のみならず北里研究所の経営に大きく貢献されたエピソードや、女子美術大学の理事になられた経緯など、一般には知られていないと思われる博士の一面を紹介しています。
特に「研究を経営する」という発想の実践は我が国でも大村博士の右に出る者はいません。メルク社からエバーメクチンの特許ロイアリティとして延べ250億円もの収入を主に北里研究所にもたらし、それらを原資にして取り組んだ北里研究所メディカルセンター病院の設立の項は世が世ならプロジェクトXの格好の題材となったことでしょう。
産学連携という概念が定着していなかった当時の日本にあって、それを現実のものとし、またその結果、現在ではある種の線虫によって引き起こされるアフリカ地域における驚異、オンコセルカ症の制圧に大きな役割を果たすなど、人類に多大な貢献をされた話題は、正に化学者、研究者の鏡と言えます。
ともすれば化合物の構造式のオンパレードになり、一般読者の頭を悩ませることになりがちな化学者の伝記において、本書は一つも化合物の構造式が描かれておりません。その点、文章に集中できるので良いと思いますが、化学者には少し物足りなさが残るかもしれません。本書は化学の専門家が執筆した訳ではないので、微妙に誤っていると感じるところもあり、また、博士の業績の偉大さが今ひとつ伝わってこないなと感じるところもありますが、博士の半生に触れることの出来る貴重な書であると言えます。
2015年10月6日追記
大村智先生が2015年のノーベル生理学・医学賞をご受賞されました。正にノーベル賞級の発見が認められたということです。科学が目に見えて人類に貢献するという氏のご業績は永遠に人々の記憶にとどまることとなりました。おめでとうございます!