内容
テレビ、新聞、雑誌など、メディアの中で「化学物質」の話題がとりあげられるとき、多くの場合、それは悪いニュースです。私たちの生活に深く関わり、私たちの体を支えてもいる「化学物質」の中でも、これまでニュースとして取り上げられたことがあるものについて、化学を勉強したことが無い人にとってもわかりやすく解説しています。
具体的には環境問題、食品添加物による食品不安や医薬品による健康被害等を題材として取り上げ、それらに関連する「化学物質」のリスク評価や、最近ブームになっている健康食品の効能の検証など、身近にある化合物や歴史的問題に発展した化合物にスポットを当てています。
対象
化学に興味があるすべての人。
評価・解説
著者である佐藤健太郎氏は、HP 『有機化学美術館』及び、ブログ版『有機化学美術館・分館』の運営、さらに今年度からは『東京大学GCOE 理工連携による化学イノベーション』というプロジェクトの広報も担当され、各方面で活躍中の新進気鋭のサイエンスライターです。ちなみに作家としてのデビュー作である「有機化学美術館へようこそ」でも化学が秘める芸術的な造形美を世に知らしめました。
佐藤氏の第二作目である本書も前作と同様、分野外の方や「有機化学はちょっと苦手」という方にとっても読みやすい内容になっています。また特長としては「化学式がほとんど記述されていない」ことが挙げられます。全ての化学物質は分子模型のような絵で表現されており、「専門家以外の人のための本」であることが伝わってきます。悲しいことに専門外の人たちにとっては、難しそうな化学式が出てくるだけで本を閉じたくなる、という経験はよくあるようですから。
大学・大学院に進学してまで化学を勉強する気合い(?)がある人、というのはそこまで多くありません。しかしながら、医薬品・食料品・材料など、この世にあふれるあらゆる「モノ」には少なからず化学が関与しています。それらのリスクが問題となった時、真っ先に矢面に立たされるのは「化学物質」です。
市民理解と専門知識のあいだには大きなギャップが存在するため、
「なんだかわからないけど化学って恐い」
という声が多く聞かれてしまうことになります。中身がわからないのに危険性ばかりが大々的に報道される昨今では、そんなイメージが根付くのも無理はありません。
しかしながら化学の恩恵によって豊かな生活が送れるようになったことも事実であり、実に「化学物質」と全く縁を切った生活を送るのは現代では不可能といえます。
それでは、このジレンマの間でどのような生活を送るのが better なのでしょうか?明確な答えはありませんが、「化学について知ること」は誰にでもできる対処法ではないでしょうか。これに関連して物理学者であり随筆家、さらにはX線結晶構造解析の第一人者でもある寺田寅彦の有名な言葉が有るので紹介します。
「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい」
寺田寅彦随筆集第六巻「雑想集」から「小爆発二件」より引用
ただし、現代ではインターネットをはじめ大量の情報が溢れており、便利になった反面、それらの中には有害なもの・正しくないものも多く存在しています。
佐藤氏も寺田寅彦も、人間が生きていく上で『適当なリスク』を正確に認識することが要であると主張しています。これは化学に限らず、現代社会を生きていく上で最も重要な術を示唆してるのだと思います。少々大袈裟ではありますが、本著はそのような心構えをもつためのきっかけになるのではないでしょうか。