内容
コストと時間効率を究極まで突き詰めたプロセス化学の実例を,メルク社が世に送りだしてきた医薬品候補群から厳選し紹介する。各章は,実際の創薬プロセスの流れを追うパートと,化学の視点でプロセスを解説するパートの二部構成になっており,教育的な配慮も十分になされている。(内容説明より)
対象
創薬研究、医薬品プロセス化学、精密有機合成化学に興味を持つ大学院生以上の有機合成化学者
解説
プロセス化学とは、医薬の大量製造を目的とする合成化学のことである。臨床試験や商品化を目的とした、高品質・安定的供給を実現する経路や反応条件最適化を主に行う。「効く化合物」を見つけ出してくるメディシナル化学と対比的に語られることも少なくない。合成化学を愛する人はプロセス化学こそを愛するとも聞く。
製薬会社勤務のとある知人によれば、プロセス化学において別格の成果を挙げる会社は、ファイザー社とメルク社の2つだという。そのメルク社で成し遂げられた「伝説のプロセス化学」を1冊にまとめたのが本書である。プロジェクト毎に一つの章を当てて、9章に渡り濃密な解説が成されている。
編著者は米国Merck Research Laboratoriesで長年勤務した安田 修祥氏。もともと英文で執筆された「The Art of Process Chemistry」の邦訳に相当する。
[amazonjs asin=”3527324704″ locale=”JP” title=”The Art of Process Chemistry”]各々の章は「大量合成法の確立」から話が始まる構成となっている。標的薬物に関する簡単な説明を付した後、メディシナル経路における問題点を述べ、それをどう解決して大量供給可能な経路に仕上げたのか・・・という筆致である。安価な原料の活用やエンジニアリング要素に拘る最適化では無く、ルート自体にざくざくメスを入れて合成を研ぎ澄ませて行く様は、プロセス化学者はもちろん、広く合成化学者にとって読み解くべき価値ある内容である。
加えて、研究過程で見いだされた「新しい化学の展開」が、「大量合成法」の後に全章で記述されるのもユニークな構成で見逃せない。メルクのプロセス化学者は、既存反応を活用するだけでは無く、前例のない新規反応開発も厭わない存在である。それを強調する意図もあるのだろう。この項目では主として、プロセス現場で実用された反応についての機構解析研究が記されている。一見して製品価値に直結しそうもない研究だが、プロジェクトを綿々と繋げていくことにより、結果的に最終品の大幅な価格低減などに結びついてゆくストーリーは圧巻そのものである。もちろんこれらは学術的価値にも直結している。
こういった内容を眺めて見ると、やはり流石のレベルと唸らされるほかない。プロセス研究の範疇を遥かに越えたインパクトをもたらす、「化学」としての完成度・展開力は、まさに”アート”と形容するにふさわしい。これほどのレベルになると、アカデミック研究と企業研究の境界は曖昧になってくるようにも思える。
世界最高峰の企業研究グループが創り上げた、高純度の知的結晶に触れたい合成化学者にとって、広く読むべき価値のある書籍と言える。「Classics in Total Synthesis」などにまとめられる珠玉の全合成研究とは、また違った煌めきを感じ取れることだろう。