【注1:本件は必ず、保護者同伴で実施願います 特に火気センサのあるトイレでの使用は事前に十分ご確認ください】
【注2:効果は筆者が実際に確かめたうえで有効であるとしましたが、個人差がありますのでその点はご留意願います】
【注3:使用後マッチは絶対に便器に流さないでください 詰まりの原因になります】
Tshozoです。
さて、マッチ。国民的漫画であるサザエさんで、マスオさんや波平さんがキャバレーでもらってきたマッチが、背広のポケットを探ったサザエさんやフネさんに見つかり、一騒動起きる、といったパターンをで目にした方も多いと思います。
しかし時移り今や平成。あらゆるものが加速度的に陳腐化し今持っている知識や技術すらも瞬時に役立たずになる可能性すらあるこの時代。マッチも例外でなく、日本ではガスライターにほとんど変わってしまっております。
マッチとマッチ箱 最近ではキャバクラ飲み屋に行ってもほとんど目にしない
図は英語版Wikipediaより引用
実際100年前に年間3兆本(!!!)生産されていたマッチは、今や年産5000億本までに落ち込み(参考文献1)、当初スウェーデンやイギリスの生産工場はほとんどが潰れ、現在は大半がアジア地域で生産されるようになっています。まだ年間5000億本も生産されていることに驚きましたが、よくよく見たら筆者の家にもありました。ケーキのローソクに火を着ける時等はライターでやると無粋ですからね。
・・・というように生産量は減っているものの未だにあちこちで使用されているマッチ。そして今回、帰省中に知合いの方から筆者が知らなかった用途を聞き、調べてみましたので記事にしてみようと思います。どうかお付き合いください。
【今回知った用途】
その用途というのは、「トイレの「消臭剤」として使える」、ということです。タイトルで消臭リキという書き方をしたように、名レスラー「長州力」を思い起こすような、あの入場曲「Powerfall」を思い出させる力強ささえ感じさせるその効果。噛ませ犬どころではなく、ストロング(略) 使ってみてびっくりでした。
使い方は簡単、便所でコト(大)が終わったら2本程度まとめて火をつけ、
便器付近で軽く振ってから消すだけ 図は文献1より引用
今回の探索で見つけたマッチ燃焼のスローモーションGIF 引用はこちらから
その即効性と消臭rikiにあまりにも驚いたため、何本もトイレでその効果を確認した後にWebで調べてみましたが、意外とこれが奥が深く、結局国内外の各種の文献にも起源を求めることになった次第でして、今回はとりあえず筆者が調べた確実そうな事項を下記に記そうと思います。なお日本の中でのマッチの歴史や背景は「日本燐寸工業会」殿(サイトはこちら と こちら・及び参考文献2を本件の全体にわたって使用)が詳しくまとめられていますので、そちらのHPもご覧ください。
【何で消えるのか】
何で消えるのか、の前にトイレのアレの臭いの原因についてどうしても触れねばなりません(注:筆者の感覚によるものですが、マッチ消臭は基本的に「小」にはある程度効果があるものの、「大」ほどの効果では無いようです)。
アレの臭いの原因は、内臓内ガスの原因でもあり、基本的に「硫化物」と考えられています(文献3, 文献4)。つまり下記のような物質の一群。以前はこれに加えて窒素系の物質(アンモニア、インドール、スカトール等)も含まれると考えられていたようですが、最近の研究ではこうしたアミン系の悪臭物質は量としてはかなり少なく、入っていたとしても極微量に留まるとの結果が多いようです。
これらの硫化物のうち、最も量が多いとみられているのが、温泉付近に漂う、火山性ガス等にも含まれるhydrogen sulfide 硫化水素。この硫化水素のかなりの量が、マッチを燃やすことで別の材料に変わる、というのがマッチによる消臭リキのひみつのようです。
【どんな反応が起きているのか】
上記の材料のうち大半を占める硫化水素に焦点を絞って結論から言うと、この反応です。
この反応式、H2Sはわかるが、SO2が一体どこから出てきたのか? この反応を理解するには現在の「安全マッチ」が何で出来ているかを理解せねばなりません(どこに擦りつけても発火するタイプもありますが、今回は安全マッチに話を絞ります)。上記の日本燐寸工業会の資料にも描かれていましたが、現代のマッチは下記表のような変化を辿って今の組成に至ります(代表的なものに限る)。
組成が初期から変わったのは毒性を低い方へと持っていくためと、発火性を安全な方へと持っていくためです。1669年、ドイツ人錬金術師 Henning Brandtによって白リンが発見されてマッチに適用されて以来、その改良は繰り返し行われてきました。
マッチ先端部の代表的組成の変化時系列(参考文献2及びWikipediaなどから引用)
なお白リンは常時水中保管せなあかんレベルの危険性なのですが一体どうやって使ってたのやら・・・
なお「燃える」「燃やす」は直観的な表現であり、科学的に正しい表現ではありません ご了承ください
これを見ると、S(硫黄)が還元剤として使用されています。これが炎中で酸化されることで、上記のSO2が供給されるわけです。つまりSは燃料なのですが、他の文献には「本当は油が主剤として入っていて、硫黄は燃焼速度を制御する」ために入れられているとの記載もありました。どっちが正しいのか判然しませんでしたが、入っててもらわんと消臭リキが消えるので今後も入れておいてほしい次第です。
で、もう一つの疑問として上記の反応が常温付近のトイレ内で本当に進むのか、ということが出てきます。
そこで上記反応をもう少し詳しく調べたところ、上記の反応はもともと「Claus反応」と呼ばれる、天然ガスから硫化物成分を除去するための反応の一部で、1883年に発明されてから今もな おその原型が応用され続けられているものでし た(Wikipedia英語版より引用)。
それを手繰って上記反応の右側への反応率を調べるとこれもまた結構進みやすく、気相反応で200℃くらいで97%が反応する(参考文献5)ことを考えると、まぁ加熱されたSO2ガスなら常温付近でも進みやすくなるはず。また好都合なことに水分の多い環境だと常温でも反応が進むようで(参考文献6)SO2が水溶性ですから、便器内の水分に入り込んでより効果的にはたらく(んじゃないかな)という予想をしております。
なお、上記反応には一般に触媒としてアルミナ(Al2O3)が必要、との記載が各種論文に在りましたが、トイレには必ずあるじゃないですか、セラミックの塊が(正確には表面にあるのは釉薬ですが)。そう、便器が。全然確証も何もないのですが、この瀬戸物に含まれるアルミナは本件に結構本件に大きく関与しているんではないかと個人的に勝手に思い込んでいます。
・・・とは書いたものの、本当は空気中では殆ど反応せず、実はSO2が鼻毛の水分に吸着して、入ってくる硫化物を片っ端からトラップしてるなどの可能性もありますからここらへんは「トイレ内でのマッチによる消臭リキ機構の解明」ということで関係諸氏による真相解明を待ちたいところです。
【おわりに】
最後になりますが、まとめとしての安全マッチとしての全体の反応はこちら。
この仕組みのおかげで、マッチ箱の中でマッチ棒がぶつかったり擦れたりしても決して発火せず、箱の横で擦った時だけ着火する安全性の高いマッチに仕上がっているということを今回初めて知りました。この反応の裏にどれだけの技術的な工夫があったかを想うと、ただひたすら敬意を払うばかりです。
・・・ということで非常に初歩的な内容ですが、マッチ一つとってもこれだけの背景と歴史があることはなんとも楽しい限りです。特に今回は筆者があまり気にしないエチケット文明の話でしたので、なおさら新鮮でした。とかく化学の書き物や歴史というと「男の世界」的な切り口が多くなってしまうのですが、エチケットに厳しい女性的な視点の切り口があってもいいなぁと思いますです。例えばお化粧とか。ウグイスのフンが化粧に使われていた話とか、お歯黒べったりの話とか椿油の話とかもいいかもしれません。
それでは今回はこんなところで。
参考文献
1.”The Chemistry of Matches” リンク
2. “Matches —Striking Chemistry at your Fingertips” リンク
3. “Measurement and biological significance of the volatile sulfur compounds hydrogen sulfide,
methanethiol and dimethyl sulfide in various biological matrices” リンク
4.”Identification of gases responsible for the odour of human flatus and evaluation of a device purported to reduce this odour” リンク
5. “The Kinetics of the Reaction of Hydrogen Sulfide and Sulfur Dioxide in Organic Solvents” リンク
6. “Corrosion Handbook, Corrosive Agents and Their Interaction with Materials, Volume 10, Sodium Dioxide, Sodium Sulfate, 2nd Edition” リンク
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