第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 基盤教育センターの堀越 亮(ほりこし りょう)先生にご登場いただきました。
堀越先生は手作り化学教材を使ったアウトリーチ活動を実施されており、今回の「オフ・ザ・ケム_化学の楽しさを伝える活動」という業績でのご受賞につながりました。おめでとうございます。
それではインタビューをお楽しみください!
【Q1. 今回受賞となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。】
2011年から14年間にわたって実施した、手作り教材で「化学の楽しさを伝える活動」が評価されました。合計57件のアウトリーチ活動(出張講義・科学イベント出展・市民講座)を通じて、およそ1,200名の参加者(主に小学生と高校生)に化学の楽しさを伝えてきました。ぼくは化学教育に興味があり、どのように化学の楽しさを伝えるかを夜な夜な考えています。
受賞業績名にある「オフ・ザ・ケム」は、化学教材を開発するときの理念です。ご存じの方も多いと思いますが、「オフ・ザ・ケム」は「オフ_外れた」と「ケム_化学」を連結した造語で、「箍(たが)が外れた化学」転じて「はしゃいだ化学」を表しています(月刊化学参照)。開発した教材を使って、楽しく化学を伝えようという気持ちが込められています。
【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。】
「オフ・ザ・ケム」をよくながめると「おふざけ」が含まれています。理念にあえて「おふざけ」を入れ、開発する教材が真面目一辺倒になってしまわないよう心掛けています。「隠し味・遊び心」を織り交ぜた教材を開発することにより、参加者に化学って楽しいなと思ってもらえるよう工夫しています。味が隠されすぎていて、参加者には感じることができないこともあります。
参加者全員が触れて学べる教材の開発を意識してきました。2022年までに利用してきた教材については、「第486回のスポットライトリサーチ」と「セラミックス誌」で詳しく述べました。ここでは、最近のアウトリーチ活動で積極的に利用しているペーパークラフト教材を紹介します。ペーパークラフトは作製に時間を要しますが、材料が安価なので参加者全員に配布できます。
MOC(またはMOP)とMOFと呼ばれる物質群が、ぼくたちの生活を豊かなものにしてくれつつあります。いずれも金属と有機物で構成される錯体(錯イオン)です。ぼくは高校生のころ、錯イオンの範囲(長い物質名と化学式、色や配位数)が苦手でした。MOCとMOFの魅力の紹介を通じて錯イオンを解説したら、参加者の苦手意識を軽減できるかなと空想することもありました。
この最先端の物質群の魅力、すなわち美しい「かたち」と特徴的な「はたらき」を平易に参加者に伝えたいと思っていました。あれこれやっているとき、MOCの第一人者のある先生が研究室のペーパーレス化に取り組んでいると知って、紙を使ってMOCの模型を作ろうと遊び心を発動させました。これぞまさに、「オフ・ザ・ケム」です。
ペーパークラフトMOCとMOFの写真を掲載しました。MOCとMOFについてはChem-Stationで詳しく解説されていますので、そちらを参照してください。アウトリーチ活動では、カゴ型MOCが小学生の頭頂部を包接する現象がよくみられます。この物質には小学生を活性化する「はたらき」もあるようです。これも新しい発見です。

図1:ペーパークラフト★MOC 八面体型とカゴ型

ペーパークラフト★MOF (上段左から)HKUST-1、MOF-5、UiO-66 (下段左から)結晶スポンジ、ピラードレイヤーPCP
【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
MOCとMOFにおける配位結合(金属と有機物の結合)部分の表現方法には頭を悩ませました。配位結合なので付けたり外したりしたかったのです。当初、小さなネオジム磁石で配位結合を表すことを思いつきました。しかしながら、磁石が高価なため人数分そろえるのが難しく、そして、磁石の重さに模型が耐えられないことがわかりました。
付けたり外したりできる安くて軽い部品を探しているときに、ホチキスの芯(針)とペーパークリップを利用することを着想しました。ちょっとした思い付きで、参加者に配布できる模型が完成したのです。その後、これらの模型は米国化学会の化学教育誌に掲載されました。遊び心と工作と思い付きが論文に結実するって、すごいでしょ? 化学教育の魅力の一つです。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
化学は「きたない・くさい・危険な(旧 3K)」分野でもあります。一方で、「興味深い・格好いい・綺羅星な(新 3K)」分野であることも事実です。この新 3K を中高生に伝えていくのが、ぼくのこれからの役割なのではないかと思うときがあります。「綺羅星な」は咄嗟に出た語なので、どう「綺羅星な」のかは、今から考え始めます。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。】
このインタビューを聞いて、化学教育に興味をもった中高大学生のみなさんへ。
①化学教育を学べる場は教育学部だけではありません。いくつかの理科系大学にも化学教育を専門とする研究室があります。全国にある理科大学について調べてみましょう。
②化学教育系の解説記事・論文には、みなさんも楽しめる内容が含まれます。月刊の化学雑誌を積極的にチェックしてみましょう。もちろん、Chem-Stationもね。
【研究者の略歴】
堀越 亮(ほりこし りょう)
岡山理科大学 教育推進機構 基盤教育センター 教授
2002年 東邦大学大学院 理学研究科 化学専攻 博士後期課程修了
研究員・会社員・公務員を経験して2024年から現職
2024年 お子さま理科大学 おきらく理学部 おもしろ化学科(兼担)
化学コミュニケーション賞2024 受賞者一覧
https://www.jucst.org/award.php
【リレー連載】Chemっと! オフ・ザ・ケム_Off the Chem 月刊化学 2025, 80(2), 11.
Chem-Station 第486回スポットライトリサーチ
ケセラセラ・ミックス法による模型教材のデザイン セラミックス 2024, 59(8), 536–538.
Designing Papercraft Models: Metal–Organic Cages Based on cis-Capped Palladium Building Blocks and Tridentate Bridging Ligands. J. Chem. Educ. 2024, 101, 2933–2937.
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jchemed.4c00400
Using Papercraft Models to Introduce Metal–Organic Frameworks to Students. J. Chem. Educ. 2025, 102, 877–881.
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jchemed.4c01312