第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研究室)森 彰吾 助教にお願いしました。
人工光合成は環境・エネルギー問題の観点から注目されており、無機化合物を原料にしたプロセスが特に研究されていますが、今回ご紹介するのは有機物を原料とし、より複雑で付加価値の高い有機化合物の合成プロセスになります。森先生の所属するグループは、有機物と水を原料として、グリーン水素と3成分カップリング体を得る人工光合成を今回報告されました。本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Artificial photosynthesis directed toward organic synthesis”
Mori, S.; Hashimoto, R.; Hisatomi, T.; Domen, K.; Saito, S. Nat. Commun. 2025, 16, 1797. DOI: 10.1038/s41467-025-56374-z
研究室を主宰されている斎藤進 教授から、森先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
森彰吾君のAPOSに関わるこの度の発見と発展は、彼が大学院生の時に端を発します。森君の博士論文(2022年)にその走りの記載があります。そのころから森君は、有機合成に役に立つ表面・界面光触媒としての固体半導体固有の性質を追究し顕在化させてきました。当時まだ有機合成に有用な半導体光触媒の適用例は極めて限られていました。しかし森君は時間や労力を惜しまず献身的に挑み、新現象を見逃さない鋭い洞察力と、新奇な触媒活性・有機反応性を発掘する開拓者精神でこの分野に新風を吹き込み大きく発展させてきました。まず彼は、水中Ag/TiO2に太陽光や近紫外光を照射するとアセトニトリルのC–H結合がHO•の作用で均等開裂した後に生じた炭素ラジカルが、オレフィン類へと廃棄物ゼロエミッション型で付加する反応を発見しました(Green Chem. 2021)。森君はこの「たった一編の論文」によってPacifichem 2021コンペ研究賞や日化春季年会で学生講演賞など数多くの栄誉に輝きました。この一塊の成果とともに森君は博士号を短期取得後、彼の研究の中核を今後なすであろうAPOSの概念の実証を見事に達成し現在に至っています。有機分子編集や高分子アップサイクリングの技術としても有用でその応用範囲は無尽蔵です。Wileyから近日中に英語で発刊される野依良治先生(2001年ノーベル化学賞受賞者)の自叙伝制作においてその中心的な協力者として大活躍していますし、論文執筆力・成果伝達力も卓越しており、将来を間違いなく嘱望されている若手のホープです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちは太陽光と水を用いて、医薬品の材料などの有用な有機化合物と次世代の再生可能エネルギーとして注目されるグリーン水素の人工光合成を実現しました。
人工光合成とは、以下の三条件を満たす非天然の化学反応です。持続可能な社会の実現に向け、これまでに水や二酸化炭素などの無機物を原料として用いる人工光合成が盛んに研究されてきました。
① 太陽光により駆動されること。
② エネルギー貯蓄型であること(反応のギブス自由エネルギー変化が正)。
③ 水が電子源かつ原料として用いられること。
有機合成化学者である私たちは、有機物と水を原料に用いて高付加価値の有機化合物を合成するための人工光合成、すなわち「有機合成を指向した人工光合成 (Artificial Photosynthesis directed toward Organic Synthesis: APOS)」の研究開発を推進しています。今回、APOSの第一弾として、二種類の半導体光触媒 (固体の光触媒) により促されるスチレン誘導体、有機溶媒、水の三成分連結反応を報告しました。アルコール生成物は医薬品分子の合成中間体として利用可能です。同時に得られる水素は、太陽光エネルギーにより合成されるため、次世代の再生可能エネルギーとして注目されるグリーン水素と見なすことができます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
半導体光触媒のキレの良さに救われたな、と感じています。本報に先立って、銀担持酸化チタン (Ag/TiO2) を用いる有機合成反応を報告していました (Green Chem. 2021, 23, 3575.) 。その反応系に、ロジウム•クロム•コバルトが共担持されアルミニウムがドープされたチタン酸ストロンチウム (RhCrCo/SrTiO3:Al) を加え用いることで、本報のAPOSがすんなりと実現しました。RhCrCo/SrTiO3:Alは共同研究者である堂免一成教授や久富隆史教授らが開発した実用化に最も近いであろう水分解触媒です (Nature 2021, 598, 304.) 。弘法筆を選ばずという言葉がある一方で、反応開発においてはキレのいい触媒を探し出す嗅覚や、それに飛びつく瞬発力が大切だと感じました(もちろん自分が信じる触媒と徹底的に付き合うことも最高にかっこいいことだと思います。)。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究テーマを決めることに苦労しました。博士後期課程に進学したときに斎藤教授から「半導体光触媒を使って人工光合成の条件を満たす有機合成をしてくれ」と、夢を託してもらいました。しかし、当初はなかなかうまくいかず、新しい反応を試しては失敗するということを繰り返していました。その中で今回の論文につながるテーマを見つけることができたのは、「実験結果の分析は正確に、その解釈はポジティブに」を心がけていたからだと思います。本報の研究は、ある他の反応を検討していた際に見つかった副反応を特定するところから始まりました。その副反応が進行するということは、半導体光触媒によって水が酸化されているのでは?(人工光合成の条件③の一部を満たすのでは?)と気がつき、最終的にはAPOSにまで昇華させることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
記憶に残る研究をしたいと考えています。それは社会の役に立つ研究、あるいは学術的におもしろい研究のどちらでも構いません。化学は私の人生の中で一番に熱中しているものです。私が生きている間も、その後も、そんな化学と共に私のことを思い出してもらえたら幸せです。ユニークな研究をして論文を書くことは、大袈裟かもしれませんが、特別な才能をもたない私が生きた証をこの世に残す数少ない方法の一つだと思っています。今回はできそうな反応を報告してしまいました。次回作では有機合成化学者が見てもアッと驚き記憶に残るような APOS を報告したいと意気込んでいます。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
Q3にも書きましたが、私の研究のモットーは「実験結果の分析は正確に、その解釈はポジティブに」です。予想通りの実験結果が得られなかったとしても、その結果をいかにポジティブに解釈できるかで、研究の幅が広がっていくと思います。
もう一つ、私が学生のころからずっと心がけていることは、「どんなことをしても、どんな小さなことであっても、なにか一つは学ぶ」ということです。実験する、勉強会に参加する、論文を読む、そこでコツコツと一つずつ積み上げていくことが、将来の大きな成長につながると信じています。毎日の研究室からの帰り道に、「今日は何を学んだかな?」と自問してみると、意識がどんどん変わっていくと思います。
本研究を実施するにあたり多大なるご支援をいただきました方々に、心より感謝申し上げます。斎藤進教授は私の研究が思い通りに進まない時にも辛抱強く見守ってくださり、挑戦し続ける機会を与えていただきました。また論文執筆の際には多くの助言と添削をいただきました。堂免一成教授と久富隆史教授は半導体光触媒に関する知識や技術が乏しかった私に研究室訪問の機会を与えてくださり、RhCrCo/SrTiO3:Alの合成法などについて丁寧にご指導いただきました。またこの訪問を支援してくださいました、名古屋大学トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム (GTR) にも感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:森 彰吾(もり しょうご)
所属:名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 助教
研究テーマ:半導体光触媒の表面反応場を活用する有機合成
略歴:
2022年1月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 博士後期過程 短縮修了 (斎藤進 教授)
2022年1月 名古屋大学卓越大学院プログラム トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院 (GTR) 修了
2022年2月~ 名古屋大学物質科学国際研究センター 助教
2022年7月~ 現職 (配置換)