第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、湿度応答するポリマー材料に関する研究です。堀池さんが所属されるグループは、親水性と疎水性の側鎖をもつ2種類のモノマーのランダム共重合体を合成し、水を吸収して親水性層と疎水性層が交互に配列したラメラ構造を形成することを今回報告されました。この共重合体は、湿度に応じて可逆的に水を吸収・放出し、ラメラ構造の間隔が1 nm以下のレベルで拡大・縮小することを明らかにされました。そして、この共重合体が湿度に応答して可逆的に形態が変化するフィルム材料となることを示されています。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Water-Intercalated and Humidity-Responsive Lamellar Materials by Self-Assembly of Sodium Acrylate Random Copolymers”
Horiike, Y.; Aoki, H.; Ouchi, M.; Terashima, T., J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 6727–6738. DOI: 10.1021/jacs.4c16219
研究を指導された寺島崇矢 准教授から、堀池さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
堀池さんとは、4回生から修士課程修了までの3年間、一緒に研究を進めてきました。堀池さんのテーマは、高吸水性樹脂の原料にも利用される汎用的なアクリル酸ナトリウムを原料に用いてポリマーを設計し、そのポリマーが環境から水を吸収して形成するラメラ構造を評価解析するとともに、水を含むラメラ構造を活かして機能材料の創成を目指すというものでした。このテーマを遂行するには、ポリマーを合成するのみならず、種々の手法による相分離構造の解析から物性評価、材料設計に至るまで、広範な実験をする必要がありますが、堀池さんは持ち前のパワーで全ての実験を自分で行い、なんといっても圧倒的な実験量かつ(堀池さんは数名いるのではと思うほど)尋常ではないスピードで結果を出していきました。ポリマーの合成は比較的スムーズに達成できたように思いますが、そもそもどのような条件で水を吸わせるのか?吸収した水の量をどのように定量化するのか?水を含んだ材料の相分離構造をどのように測定/評価するのか?など、前例のない課題に何度も直面しました。しかしそこは頭脳明晰で柔軟な発想の堀池さん、様々な実験手法を巧みに組合せ、しっかりと裏付けされた確固たるデータをもとに見事に再現性のある手法の確立へと導いていきました。また、基礎的な現象論の解明のみならず、自らの発想で湿度に応答するフィルム材料を設計し、アクチュエーターとして応用できる可能性まで見いだしました(湿度に応じて生き物のように動いた様を見た時は、本当に感動しました!)。とても修士課程で全てを実現したとは信じ難いレベルです。堀池さんは、この4月からは企業に就職されますが、その圧倒的な行動力と聡明さ、そしてそのフィルムのような優しさと柔軟さで、社会でも大活躍されること間違いなしです。いつか堀池さんの材料が我々の生活や社会を豊かにしてくれる日がくること、祈念しております!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私が所属する研究グループでは、親水性と疎水性の側鎖をもつランダム共重合体の自己組織化/ミクロ相分離に関する研究を行っています。ランダム共重合体は、制御重合を用いることなく比較的簡便に合成でき、側鎖に適切な機能基を導入すると、側鎖同士が自己組織化して10 nm以下の間隔をもつ微細なラメラ構造やナノ構造を形成することが明らかになりつつあります(図1)。このような背景のもと、私はアクリル酸ナトリウム(ANa)と疎水性アルキルアクリレートのランダム共重合体を設計し、ミクロ相分離挙動を調べました。ANaは、紙おむつなどに使われる高吸水性高分子の原料としてよく知られていますので、このANaを親水性基に用いると、環境から水を吸収し、水を含む親水性層と疎水性層からなる規則的な構造を高分子材料に構築できるのでは?と着想しました。実際、このポリマーは、環境から効率的に水を吸収し、水を含む親水性層と疎水性層が交互に並んだラメラ構造を形成しました(図2)。このポリマーは、湿度に応じて可逆的に水を吸収・放出し、それに伴いラメラ構造の間隔が1 nm以下のレベルでアコーディオンのように拡大・縮小する特徴を示します。さらに、このラメラ構造ポリマーは、水を含んだ状態で柔軟な膜になり、湿度に応答して可逆的に形態が変化するフィルム材料/アクチュエーターとして応用できる可能性も見出しました(図3)。

図1. ブロック共重合体とランダム共重合体のミクロ相分離

図2. (a)水の吸収によるラメラ構造の形成と(b)湿度に応答するラメラ構造:水の出入りによりラメラ構造の間隔が可逆的に拡大縮小する。

図3. 相対湿度RHに応答して変形するポリマー材料
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
今回実験する中で、ポリアクリル酸ナトリウムを親水性ユニットにもつ両親媒性ランダム共重合体は、水を取り込むことで無色透明でフレキシブルな自立膜になることを見出しました。そこで、本研究では系統的な実験に加え、「モノ感」を重視することにしました。基礎的な実験結果として、この高分子が形成するラメラ構造は、ナノレベルで湿度に応答することを早い段階で見出していましたが、私はこの湿度応答性をフィルムに機能として付与することはできないか?と長い間悩んでいました。このフィルムは、ラメラ構造の配向が制御されているわけではないため、吸湿により等方的に膨張し、体積変化が目視では分かりにくいのです。そんなある日、小角X線散乱(SAXS)測定で使用しているPEEKフィルムが目に入り、もしかしたら、水に応答しないPEEKフィルムと水に応答する高分子フィルムを組み合わせたら、湿度に応じて「曲がる」フィルムが作れるかもしれない、と気付きました。実際にこのアイデアを使って作成したアクチュエータが湿度に応じて巨視的な変形を引き起こした際は、感無量でした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ポリマーに水を含ませる方法を確立するのに苦労しました。本研究では、ポリマーを高湿度環境に一定時間おきポリマーに水蒸気を含ませるという「水蒸気アニール」処理法を用いていますが、それ以外にも「反応溶液に水を含ませる」方法や「乾燥ポリマーを水に溶解させる」方法があります。そして、研究途中の段階で、水を含ませる方法に依存してミクロ相分離挙動が変化することが判明し、かなり頭を抱えました。「ポリマーに水を含ませるだけで、ラメラ構造材料になる!」とキャッチーなことを言いたかったので、水の含ませ方の影響は明確にしておく必要があったのです。そこで、熱重量分析(TGA)や電子天秤による含水量を算出、示差走査熱量測定(DSC)や赤外分光法(IR)による水の状態の分析を片っ端から試みて大量のデータを集めました。このデータに基づき多角的に比較を行うと、各手法によってラメラ構造のドメイン間隔に寄与する吸水量が違うことが明らかとなりました。これらの結果から、「水蒸気アニール」処理法を用いることで再現性よく含水量を調節できることを見いだし、この問題をなんとか解明する事ができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学は人間の生活の根幹をなす大切な学問だと思っています。高分子という1分野だけでも、電子機器、プラスチック製品、衣類、食品や錠剤の添加物、といったように様々な場面で我々の生活に関わっています。また、私にとって、化学は知的好奇心を満たす楽しい存在でもあります。来年からは化学メーカーに就職し、立場も変わりますが、相変わらずワクワクした気持ちで化学と一緒に日常を楽しんでいきたいと思っています。そして、またいつか自分だけではなく、他の人の生活も豊かにできる技術や製品を生み出せる存在になりたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読み進めて頂きありがとうございます。また、今回このように研究成果についてご紹介する貴重な機会を頂いたことを大変光栄に感じております。
私は、研究室に配属された当初は、相分離も高分子も座学の内容を微かに覚えている程度で、今後が心配になることも沢山ありました。そんな中、研究室のメンバーや先生から沢山の助言を頂くことで、少しずつ研究も進み出し、今の研究成果に繋がっています。研究室のメンバーの得意分野は、精密重合から相分離や温度応答性といった物性まで幅広いため、研究室内では自身の研究を多角的な視点から見つめ直すことができ、多角的な視座を育むことができました。さらに、学外に足を伸ばし、学会や研究会に参加すると、より多種多様な強みを持つ研究者が存在し、各々が素晴らしい個性と強みを有していることを痛感しました。これから皆さんは、学生であっても、社会人になっても、多くの環境に関わる機会があります。そんなときは、是非一歩踏み出して、別の環境に身を置いてみてください。きっと一味違った自分に会うことができるはずです。
最後に、本研究を進めるにあたり、多大なサポートをして頂いた寺島崇矢准教授・大内誠教授・西川剛助教をはじめ、研究室の全メンバーに深く御礼を申し上げます。
研究者の略歴
名前:堀池 優貴 (ほりいけ ゆうき)
所属:京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻大内研究室
略歴:
2023年 京都大学 工学部 卒業
2023年 4月 京都大学大学院 工学研究科 入学
2025年 3月 京都大学大学院 工学研究科 修了予定