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スポットライトリサーチ

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

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第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の 宮岸 拓路さんにお願いしました!

 

宮岸さんと私は、ほぼ同時期に学生時代を過ごしていますが、まさに同期で一番目立っていたケミストだと記憶しています。しっかりと自分の研究を行う傍、化学系youtuber Chemistry Wednesdayとして名乗りをあげ、さまざまな論文紹介や研究解説を行ってこられました。特に学生の頃は、先週読んだ面白い論文を取り上げるポッドキャストをほぼ毎週しておられて、狂気的にすごいなと思っておりました (学生の皆さんならそれがどれほど大変なことかイメージが湧くと思います)。またアカデミックに顔が広く、近年は色々な有名な先生方と対談形式で論文紹介をされています。

そんな宮岸さんを外から見ていた私の感想は、天才だな、の一言です。自分の好きなことを興味のままに突き進む姿勢 (びっくりするくらいNMR詳しいです)、その興味の幅が本当に幅広いこと (どんな論文でも読めそう。プログラミングも明るい)、人脈が広いこと (バイタリティと人柄の賜物) 。論文もすごい中、それでジャッジしきれない研究者としての力がありました。心から尊敬しています。

 

宮岸さんの才能は、こちら指導教員正井先生のコメントからも伺えます。

宮岸さんは、寺尾研究室で修士から博士課程に所属した第一期生の一人で、[1]ロタキサン独自の構造制御に着目した研究に取り組んできました。当初は光機能を中心とした研究でしたが、博士後半では構造そのものにフォーカスした研究を推進し、 同期と切磋琢磨しながら研鑽を積み、本成果を得るに至りました。

一連の研究を通じて感じたのは、彼は新しいツールを研究に導入することに非常に長けていることです。新しい器具や便利ツールを取り入れることに留まらず、新たな測定法を積極的に採用したり、さらにはスクリプトを用いた高度な解析を実装するなど、研究の効率化と深化を同時に実現してきました。本研究は、一見シンプルな研究のようでありながら、その中には宮岸さん独自の発想や手法が随所にちりばめられており、独創性と深みのある成果としてまとめられています。

これまでの学生さんを振り返っても、研究スタイルは十人十色で、メインプレーヤーとなる研究者の個性によってテーマが大きく花開くことは少なくありません。その中でも宮岸さんは、同じ題材であっても、独特の目線でより深い科学を導き出せる力のある研究者であると強く感じました。日々の自学によって新しい考え方やツールを柔軟に取り入れ、新たな研究展開を切り開く彼の姿には、大いに刺激を受けました。近くで共に研究する機会を得たことは、私にとっても非常に有意義であり、その成長や成果を間近で目にすることができたことに感謝しています。

 

そんな宮岸さんが本研究を行った寺尾研究室は

 

Molecular Architectonics(分子建築学)は,有機分子をまるで家屋の柱や壁,屋根にみたて建造物のように組み上げる技術を創出する学問で有り,当研究室学生はMolecular Architect(分子建築士)として,Molecular design(分子設計)とMolecular synthesis(分子合成)に参画し,nmスケールの機能性分子をどの位置に,どのように繋ぎ合わせるかを緻密に設計し,世界最小の有機建造物・電子素子を自在に創成することを目指します。(寺尾研ホームページより)

 

を研究理念に、光化学、材料化学(高分子・超分子)方面でユニークな分子たちを報告している研究室です。応用方面に広くアンテナを張り巡らせつつ、そのベースには優れた合成技術、分子設計技術が伺えます。

 

本研究はまさしく、緻密な有機合成に裏打ちされた新コンセプト (ロタキサン型分子モーター)の提唱になっていて、多角的視点を持つ寺尾研・宮岸さんならではの成果でしょう。筆者がウェビナーで初めてこの研究を拝見した時は、こんな概念を作れるのか、こんな評価系を考えつけるのかと、舌を巻きました。

 

その後、ChemRxivに登場した時、論文としてPublishされた時、プレスリリースが出た際、ストーリーの全体像が綺麗にまとまっていて流石だなと思ったのを覚えています。

Bidirectional Molecular Motors by Controlling Threading and Dethreading Pathways of a Linked Rotaxane

Dr. Hiromichi V. MiyagishiProf. Dr. Hiroshi MasaiProf. Dr. Jun Terao

Angewandte Chemie International Edition, e202414307. https://doi.org/10.1002/anie.202414307

 

ぜひ、本研究の内容インタビューをご確認ください!

 

【Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。】

本研究は、新しい構造の分子モーターを提案・実証した研究です。分子モーターは化学エネルギーを消費して回転運動を生む分子機械であり、その中でもインターロック化合物を用いたものは大きな回転運動を可能にするため注目されています。代表的なインターロック化合物にはロタキサンとカテナンがありますが、ロタキサンはその構造上、並進運動を生むリニアモーターとしてしか機能しないというのが常識で、回転運動を起こす分子モーターはカテナンに限られていました。今回我々は、連結型ロタキサン構造と呼ばれるインターロック構造を活用することで、世界で初めて回転運動を起こすロタキサン型の分子モーターを開発しました(図1)。ロタキサンの環と軸を化学結合で連結することで、従来のロタキサンでは不可能だった回転運動を実現しています。また、この分子モーターは従来のものに比べてシンプルな構造を有しているため、短工程で高効率な合成が可能です。

 

図1:本研究で開発した分子モーター

図1:本研究で開発した分子モーター

 

【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。】

データ解析には特に思い入れがあります。前報の執筆の際にPythonを覚え、色々と勉強していた時期だったので解析が本当に楽しかったです。おかげで反応速度を着実に評価して議論することができ、論文の質も大幅に上がったと思います。また、連続回転に関するデータ解析では、当時学び直していた最小二乗法を応用すると簡単にできることがわかり、これも大変嬉しかったです。

また、構造式のデザインにも思い入れがあります。Henry Dubeの論文で使われていた構造式のデザインがお気に入りで、これを参考に自分の好みに合わせた配色・デザインを取り入れました。寺尾先生もこのデザインを気に入ってくださり、研究室のディスカッションでも「この構造式、ええなぁ」とよく言って頂いたのを覚えています。この構造式は私自身も気に入っており、最近の論文でも活用しています。

図2:分子モーターの連続回転

図2:分子モーターの連続回転

 

【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】

この研究は、分子設計から合成、分子モーターの回転までが約1ヶ月でスムーズに進むという、非常に稀有なテーマでした。ただ、データがとんとん拍子で得られた一方、イントロの執筆には大変苦労しました。「新しい構造の分子モーター」というシンプルな話を補強し、上手にアピールするための論理展開に悩み、寺尾先生や正井さんと何度もディスカッションを重ねながら改訂を行いました。また、コントロール分子の合成が必要になった際には、正井さんが迅速に合成と解析を進めてくださり、議論の質を大きく向上させることができました。このように、指導教員の先生方の熱心なサポートのおかげで無事に論文を世に出すことができたと感謝しています。

 

【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】

現在、私は北海道大学の永木愛一郎先生のもとで助教として研究と教育に携わっています。永木研究室は高速反応に特化したマイクロフロー技術の開発に取り組んでおり、これを活かして新しい超分子化学の分野を開拓したいと考えています。また、最終的な目標(あるいは夢)として、自分が執筆した論文が、まだ見ぬ国や大学、研究室の研究者に感動を与えるような、面白い研究を進めていきたいと考えています。

 

【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。】

この研究は、学会でのディスカッションが発端になって始まりました。保護/脱保護で動く連結型ロタキサンの分子モーターはアイデアとしては元々あったのですが、寺尾研究室で連結型ロタキサンを4年も扱っていると当然で取るに足らないアイデアに見えてしまい、あまり乗り気ではありませんでした。そこで別のメカニズムを使った分子モーターを模索していたところ、超分子ホスト-ゲストシンポジウムで阪大の石割先生に「構造が新しいわけだし保護と脱保護でとりあえずやってみたら?」と後押しされ、実行に移したという経緯があります。当時はコロナ禍ということもありラボから出る機会が少なく、ラボの中からは気付くのが難しい新規性や発見を見逃してしまっていました。今は学会活動も盛んになっていますので、学会に積極的に参加して、真面目な(あるいは不真面目な)ディスカッションを通して自分の研究の気付きを得ることができれば、楽しく研究が進められると思います。

 

最後に、正井さんや寺尾先生をはじめ、この研究を進めるにあたって多大なご協力をいただいた寺尾研究室の皆さんに心から感謝申し上げます。

 

【研究者の略歴】

宮岸 拓路

北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教

 

2018年3月 早稲田大学先進理工学部応用化学科 卒業(松方正彦 教授)

2020年3月 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 修士課程修了(寺尾潤 教授)

2021年4月―2023年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)

2023年3月 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 博士課程修了(博士(学術)、寺尾潤 教授)

2023年4月― 現職

 

研究テーマ: マイクロフロー技術を活用した超分子化学の開拓

 

【関連動画】

 

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Maitotoxin

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学生。高分子合成専門。低分子・高分子を問わず、分子レベルでの創作が好きです。構造が格好よければ全て良し。生物学的・材料学的応用に繋がれば尚良し。Maitotoxinの全合成を待ち望んでいます。

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