2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン®筋注用 25 mg」(一般名: メコバラミン)について、日本において「筋萎縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行抑制」の効能・効果で新発売しました。
ALS は神経変性疾患の一種で、運動ニューロンが進行性に変性・脱落し、筋力低下や麻痺、嚥下障害などを引き起こす予後不良の疾患です。現在のところ、いくつかの対症療法薬が承認されていますが、根本的な治療法は見つかっていません。今回承認された高用量ビタミンB12は、既存の治療薬よりも生存期間を延長するものとして注目されています。
ビタミンB12とは
ビタミンB12と聞くと、ケムステ読者に浮かぶのはまずその超複雑な化学構造 (図1) ではないでしょうか。
図1. メコバラミンの構造式 |
ビタミンB12はコバラミンとも呼ばれ、水溶性ビタミン群の一種で、神経細胞の機能維持や DNA 合成、赤血球の産生に重要な役割を果たします。また神経保護作用を有し、軸索のミエリン鞘 (髄鞘) の維持にも関与しています。その構造中には、コバルトの配位したコリン環、リボース環とリン酸 (ヌクレオチド)、ベンズイミダゾールなど、多様かつ複雑な部分構造が含まれていることが分かります。その構造は 1956 年に Dorothy Hodgkin らによって X線結晶構造解析により決定され、Hodgkin はその成果により 1964 年のノーベル化学賞を受賞しました。
ビタミンB12は最も複雑な天然有機化合物の代表格とも言われ、1973年に発表された Woodward と Eschenmoser らによる全合成の報告依頼、50年以上経過しても 2 度目の全合成報告は未だに発表されていません。ビタミンB12の全合成の詳細については Wikipedia などに詳しく記載されていますので、本記事では割愛します。
ALS の治療薬
ALS の治療薬としては、高用量メコバラミンに加えて、リルゾール (リルテック®)、エダラボン (ラジカット®・ラジカヴァ®) 、トフェルセン (クアルソディ®) の3剤が2025年3月現在本邦で承認されています。リルゾールとエダラボンはいわゆる低分子薬で、作用機序の詳細は不明ですが神経保護作用を示すと考えられ、10年以上の使用歴があります。トフェルセンは高用量メコバラミンと同じく2024年に承認された医薬品で、「スーパーオキシドジスムターゼ1 (SOD1) 遺伝子変異を有する筋萎縮性側索硬化症における機能障害の進行抑制」を適応とする核酸医薬品 (アンチセンスオリゴヌクレオチド) です。SOD1 は家族性 ALS の原因遺伝子として古くから同定されており、そこを標的とした治療薬がついに登場したということになります。
![]() |
トフェルセン |
そのほか、臨床試験が進行中の薬剤としては、パーキンソン病治療薬として承認済みのロピニロール塩酸塩 (レキップ®)、慢性骨髄性白血病治療薬のボスチニブ (ボシュリフ®) があります。これらはいずれも患者由来の iPS 細胞を用いたドラッグリポジショニングによって同定された薬剤で、既に他疾患で承認されていることから各種試験を簡略化することができ、治療選択肢の幅を広げることが期待されています。
![]() |
高用量ビタミンB12の有用性
メコバラミンは、エーザイより「メチコバール®注射液500µg」として、末梢性神経障害およびビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血の適応で承認・販売されています。また、「メチコバール®錠250µg」、「メチコバール®錠500µg」、「メチコバール®細粒0.1%」が末梢性神経障害の適応を有しています。いわゆる神経痛の治療薬として、処方される頻度の高い医薬品です。各社よりジェネリック医薬品も発売されています。
一方、高用量メコバラミンは 50 mgを週2回、静脈注射で投与となっており、メチコバールとしての容量より 100 倍量を投与することとなっています。
以下、ロゼバラミンのインタビューフォームより開発の経緯について転記します。
メコバラミンはメチオニン合成酵素の補酵素として働き、生体内でホモシステインからメチオニンを合成する反応に関与している。メコバラミンは他のビタミンB12 と比べて血清中に最も多く含まれ、神経組織への移行性が良好である。生化学的にメチル基転移反応によって核酸・タンパク・脂質代謝を促進した結果、傷害を受けた神経組織を修復すると考えられる。
1990 年代より、厚生科学研究費補助金特定疾患対策研究事業の神経変性疾患に関する研究班において、神経難病である筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)患者に対する高用量メコバラミンの臨床研究が実施された。メコバラミンの既承認用量(1 回500µg)の50~100 倍量である1 回 25~50mg のメコバラミン(シグマ社製)の筋肉内投与による短期及び長期試験の成績が報告され、高用量のメコバラミンがALS患者に対して臨床効果を示す可能性が示唆された。このような臨床研究結果を受け、当社は高用量のメコバラミンがALS治療において有用な治療法の一つとなる可能性があると考え、臨床開発に着手した。
(臨床試験の経過については中略)
当社はこれらの結果をもとに承認申請を行ったが、PMDA より追加の検証試験の実施が必要との指摘を受けた。
そこで、国内 761 試験の知見をもとに、ALS 発症から治験開始日まで12ヵ月以内の患者集団を対象とした国内第Ⅲ相プラセボ対照二重盲検比較試験(国内763 試験、医師主導治験)が徳島大学病院を中心に実施された。孤発性又は家族性ALS患者を対象に本剤 50 mg又はプラセボを週 2 回 16 週間筋肉内投与した結果、有効性の主要評価項目であるベースラインから治療期 16 週までのALSFRS-R 合計点数の変化量において、本剤 50 mg のプラセボに対する優越性が検証された。また、本剤筋肉内投与時の忍容性が示された。
ALSは日常生活に著しい支障を及ぼし、かつ予後不良な進行性の神経変性疾患である。これまでに多くの薬剤で臨床試験が実施されているが、未だALS に対する治療法は限定されており、1 日も早い新薬の承認が切望されている。本剤は、2022 年 5 月 26 日付で「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」に対する希少疾病用医薬品の指定を受け、2024 年 9 月に「筋萎縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行抑制」の効能又は効果で製造販売承認を取得した。
ロゼバラミンの ALS に対する作用機序の詳細は未解明ですが、ロゼバラミンはホモシステインからメチオニンを合成するメチオニン合成酵素の補酵素として働きます。ホモシステインは神経変性に関わると考えられており、メコバラミンは、ホモシステイン誘発細胞死を抑制すると考えられています。
承認までの経緯
本項は次のニュース記事をもとに纏めています。
難病ALS待望の「新薬」医師が乗り越えた”高い壁”一度申請を取り消された薬が承認となった背景
https://toyokeizai.net/articles/-/829949
高用量メコバラミンの ALS に対する承認申請は、2015年に行われていましたが、その際には有効性が認められませんでした。しかし、徳島大などの研究チームが医師主導での治験の継続を決定しました。徳島大学病院脳神経内科の梶龍 兒 医師、和泉 唯信 医師、沖良 祐 医師らが中心となって、千葉大学医学部附属病院、福島県立医科大学附属病院など多施設で、早期の ALS 患者に限定して追加の臨床試験が行われました。その結果、プラセボ (偽の薬) を投与した群に比べ、約 500 日の生存期間の延長が見られました。既存薬リルゾールの平均生存延長期間が約 90 日であることを考えると、かなり強力な効果と言えます。また高容量メコバラミンと既存薬との併用による相乗効果も確認されているとも言われ、今後の治療レジメンの進歩にも期待ができます。
承認後すぐの限定出荷
しかしながら、流通に関しての問題がさっそく出ています。
ALS期待の新薬 発売から約3カ月で限定出荷に 患者に困惑広がる
国内で約1万人の患者がいるといわれる進行性の難病「筋萎縮性側索硬化症 (ALS)」。その新薬として昨秋発売された「ロゼバラミン」が、約3カ月で限定出荷となった。需要が当初想定を大きく上回ったためで、安定した供給体制が整うまでには現時点で約2年かかる見込み。患者団体からは早期改善を求める声があがっている。
メコバラミンは前述の通り化学合成が非常に困難なため、微生物発酵を利用して生産されていますが、需要の逼迫によりその供給が追いつかない状態となっています。既に治療を受けている患者さんは治療を継続できますが、新規の投与開始が難しい状況です。ALS患者さんの予後を考えると、安定供給までに2年を要するというのは非常に由々しき問題であり、早急な生産体制の改善が求められます。
おわりに
本事例はドラッグリポジショニングの成功例であるとともに、関わった製薬会社および医療従事者の多大なる努力が垣間見れる創薬事例です。願わくば限定出荷が早く解除され、多くの患者さんがその恩恵に預かれるよう、さらなる生産体制の整備が望まれます。
関連記事
・ロピニロールのメディシナルケミストリー -iPS創薬でALS治療に光明-
・ALSの新薬「ラジカット」試してます
・ビタミンB12 /vitamin B12
・ビタミンB12を触媒に用いた脱ハロゲン化反応
関連書籍
実験医学増刊 Vol.41 No.12 いま新薬で加速する神経変性疾患研究〜異常タンパク質の構造、凝集のしくみから...
医学のあゆみ 神経変性疾患の分子病態解明と治療法開発 2025年 292巻9号 3月第1土曜特集[雑誌]