第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした たくみ)さんにお願いしました。
今回ご紹介する研究は、光触媒反応を利用した新たな4級アンモニウム塩合成法の開発研究です。アンモニウム塩といえば、普通はアミンのアルキル化反応で合成されますが、反応性が乏しい場合もあり、アルキル基内に官能基を持つ基質の場合は過激な条件に官能基が耐えないといった問題がありました。本報ではα-アンモニオラジカルを利用したラジカルカップリング反応により、アンモニウム塩上のアルキル基を修飾するため、官能基許容性が高く様々なアンモニウム塩を合成可能です。
この研究成果は、「Chem」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Switchable diversification of quaternary ammonium salts using photocatalysis
Takumi Kinoshita, Yota Sakakibara, Tomoko Hirano, and Kei Murakami
Chem (2025) ASAP.
本テーマを指揮された榊原 陽太先生と、研究室を主宰されている村上 慧 准教授より木之下さんについてコメントを頂戴いたしました!
榊原先生
木之下くんは村上研究室の第一期生であり、当時D3だった私が初めて研究テーマを渡した学生の一人でもあります。
彼は配属された当時から実験量や理解度など明らかに一人だけ別格であり、研究室に全く知見が無かったアンモニウム塩を取り扱うテーマを恐ろしいスピードで進めていってくれました。
また、(大体の場合、第一印象は怖いと言われていますが、)後輩学生の面倒見も良く、
彼のアドバイスや指導のおかげで今の村上研究室が成り立っているといっても過言ではありません。
一見クールで近寄りがたい雰囲気を醸し出している木之下くんですが、実はとてもイイヤツなので学会等で見かけた際には是非仲良くしてあげて下さい。
読んでくださっている方々には、私の右腕であり、自他ともに認める村上研のエースである木之下くんの今後の研究にも注目して頂けると幸いです。
村上先生
今回、木之下くんへのメッセージを書こうと、昔の写真を振り返ってみました。彼と初めてゆっくり話したのは、2021年3月8日でした。同日に彼を含む新4回生と面談を行い、集合写真を撮影しました。この写真は、ラボが本格始動する記念の1枚として、よくプレゼンでも使っています。
当時はコロナ禍の真っ只中であり、授業も全てオンライン形式でした。私は2020年9月に着任し、木之下くんを含む3回生向けの授業を担当していましたが、学生とは誰とも直接顔を合わせることはできませんでした。「どんな学生が研究室に来てくれるんだろう?」と期待と不安が入り混じった感情が今でも鮮明に思い出されます。
あの頃の自分に会えるならば、2025年現在、「最高のメンバーと一緒に研究している」と自信をもって言えます。そして、そのメンバーを牽引してくれているのが、木之下くんです。
彼の成長をB4の頃から見守ってきましたが、序盤から感じていたのはその「センスの良さ」です。反応開発研究を行なっていると、次々に新しい反応を見つけてくる学生と稀に出会うことがあります。彼を指導している榊原くんもその1人でしたが、木之下くんもまた類まれな才能をもつ1人です。
反応開発においては、予想と異なる実験結果が出てくることは珍しくありません。新反応を見つけるには、その中に隠された真実を見つけ出す力が求められます。そのためには、フラスコの中で動く分子を想像する力、(教員のではなく)自分自身の疑問を実験で明らかにしていく探究心、一歩踏み出す勇気と好奇心が必要です。木之下くんは、これら全てを兼ね備えた学生だと言えます。
今回の研究の主要部は、彼がB4のときには大体揃っており、その後の3年で更なるブラッシュアップが行われました。アクセプトされるまで、もどかしい期間が続きましたが、査読者のコメント一つ一つに丁寧に対応し、ようやく結果が公開されました。木之下くんの責任感と粘り強さがあってこそ、この結果につながったものと考えています。(この場を借りて、植物に対する活性を研究していただいた共同研究者の平野先生にも御礼申し上げます。)
榊原くんとのコンビネーションも抜群で、この期間、彼らはこのテーマと並列して様々な挑戦を重ねました。その結果、アンモニオラジカルのテーマは想像を超えて広がりました。これから続々と論文化していく予定です。木之下くんの今後を是非とも楽しみにしていてください。
【Q1. 今回のプレスリリースの対象となったのはどんな研究ですか?】
今回私たちは、光レドックス触媒を用いた第4級アンモニウム塩の新たな合成法を開発しました。
第4級アンモニウム塩は窒素原子上に4つの炭素置換基をもち、界面活性剤、医農薬品、触媒等の幅広い応用がなされている化合物群です。一方で、従来それらの合成は第3級アミンのアルキル化に依存していました。
本研究ではα-アンモニオラジカルという化学種に着目し、アンモニウム塩を原料として、別のアンモニウム塩へと変換する新手法を開発しました。このラジカル種は光レドックス触媒の酸化的消光と還元的消光のどちらを用いても効率的に発生可能です。そのため、それぞれの触媒機構を使い分けることにより、同一の原料から様々な生成物を選択的に作り分けることができ、少ない工程数で多様なアンモニウム塩へとアプローチできます。
さらに、本手法により合成した第4級アンモニウム塩を用いたスクリーニングにより、植物に耐塩性を付与する新たな生物活性分子を発見しました。この分子は100 nM程度の非常に低濃度で効果を発揮し、耐塩性と共に成長促進効果を付与します。
【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください】
一番記憶に残っているところはそれぞれの生成物を完全な選択性で合成できる条件を見つけたときです。反応条件の初期検討の段階では単結合の生成物と二重結合の生成物が混ざりで得られてきました。しばらく条件を振り、どちらかに生成比が多少偏ることはあっても単一にはならなかった中で、村上さんに「片方だけが取れる条件を見つけよう」と言われ、当時B4だった自分は、まじかーと思った記憶があります。そんな折に偶々読んだ論文の反応条件を参考に自分で反応を試し、そこから単結合の生成物のみが得られる条件を見つけました。偶然とはいえ非常に嬉しかったです。有機化学を一層好きになった瞬間だったと思います。
【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
間違いなく単離です。アンモニウム塩はイオン性分子なので普通の中性有機分子と比べものにならないほど極性が高く、それによって中性分子の精製のノウハウが役に立たない場面が多くありました。単離に最適なカウンターアニオンの種類もアンモニウムカチオンの構造によって変化するなど、つかみどころのない部分も多かったのですが、分液や再結晶などの溶媒、カラムに用いるシリカの種類など条件をシラミ潰しに検討しました。また、基質によっては分離困難な副生成物を作らないように反応条件を変更しているものもあります。結局、カラムの力技でなんとかしたところが大きいような気もしますが、B4,M1の頃の実験でかなりアンモニウム塩と仲良くなれたと思います。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
今回の研究では、植物の研究者の平野准教授との共同研究によって自分が開発した反応や合成した分子の価値を高めていただきました。異分野とのコラボレーションが自分たちだけでは手の届かなかったところまでリーチを広げる強力な手段であることを実感しました。有機化学は非常に面白く、まだまだ発展し続ける分野であると思いますが、その枠に拘らずワクワクする挑戦ができればいいなと思います。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします】
ここまで読んでいただきありがとうございます。1期生として村上研に配属されたB4の頃、同期の誰よりも早く論文を出そうと意気込んでいたのですが、結局アクセプトまで3年半ほどかかりました。「あとちょっとやね」なんて言い合いつつも思うように結果の出ない、もどかしい時期もありましたが、そこでなるべく妥協せず研究を続けたことで最終的には満足いく論文ができました。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり実験技術から研究方針まで手取り足取り指導していただいた榊原陽太助教、村上慧准教授、植物への活性を調査し研究をさらに発展していただいた平野朋子准教授にこの場を借りて深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:木之下 拓海 (きのした たくみ)
所属:関西学院大学理工学研究科化学専攻博士後期課程1年
研究テーマ:α–アンモニオラジカルを用いた新規含窒素化合物の合成
略歴:
2022年3月 関西学院大学理工学部化学科 卒業
2024年3月 関西学院大学理工学研究科化学専攻博士前期課程 修了
2024年4月~ 関西学院大学理工学研究科科学専攻博士後期課程