こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異なったアミノ酸残基へと変異が入ったP450の報告があったので紹介させていただきます.中には21番目のアミノ酸とも呼ばれるセレノシステインを持つP450もあり,P450大好きな研究者としては非常に興味深いと思いました.※記事執筆時点では論文はプレプリントのため,正式に公開されたのち加筆修正いたします.
Nguy, A. K. L.; Ireland, K. A.; Kayrouz, C. M.; Cáceres, J. C.; Greene, B. L.; Davis, K. M.; Seyedsayamdost, M. R. Non-Canonical Cytochrome P450 Enzymes in Nature. bioRxiv, 2024, 2024.12.22.630014. https://doi.org/10.1101/2024.12.22.630014.
シトクロムP450と保存されたシステイン残基
シトクロムP450 (CYP) は一次代謝から二次代謝まで,ヒトや微生物などほとんどすべての種が持っている酸化酵素です.このCYPの代表的な特徴として,どの種でも
- ほとんど共通の立体構造を有する
- システイン (Cys) 残基に配位されたヘム鉄を活性中心に持ち,ヘム鉄を中心とした触媒サイクルで酸化反応を行う
ことなどが挙げられます (図1) .

図1A : CYPの触媒サイクル ; B : CYPで保存された立体構造 ; C : ヘム鉄周辺のアミノ酸残基 (参考文献1, 2より引用)
特に,活性中心にあるヘム鉄を配位するCys残基は,強固なC-H結合を活性化させるために必要と考えられています.そのため,このCys残基を変異させると活性が減弱することが多くの研究で知られています.一方で,このCys残基以外に置換されたCYPは報告がありません.
バイオインフォマティクス解析による非標準CYP (ncCYP) の同定
そこでプリンストン大学のMohammad R. Seyedsayamdost,エモリー大学のKatherine M. Davisらは,ヘムリガンドとしてCys以外のアミノ酸残基を持つものも存在するのではないかと考え,バイオインフォマティクス解析を行いました.はじめに遺伝子などのデータベースが多く保存されているNCBIのRefSeq (厳選された高品質な遺伝子情報) から約200,000のCYPのアミノ酸配列を取得しました.その後アミノ酸配列のアライメントを行った結果,本来Cysの存在する位置に別のアミノ酸残基を持つCYP (ncCYP) を多く発見しました (図2) .図2に示したように,Cysの代わりにグルタミン酸やアルギニン (ファミリーA, B) ,セリン (ファミリーG, R, T) ,さらに21番目のアミノ酸と呼ばれるセレノシステイン (システインの硫黄がセレンへと置換されたアミノ酸) に変異しているファミリーMなどが存在しておりました.

図2 : CYPとncCYPのアミノ酸配列のアライメント (論文より引用)
ncCYPのヘムリガンドの確認 (セリンをリガンドとして持つncCYP)
次に筆者らは,見出したncCYPが本当にCys以外のヘムリガンドのアミノ酸残基を持つのかを確認することとしました.例えばセリンをリガンドとして持つCYPファミリーは,大腸菌での組換えタンパク質を調製後,EPR分光法やX線結晶構造解析からヘムリガンドとしてセリンを配位することを確認しました (図3) .興味深いことに,ヘム近辺のトリプトファン残基が基質を受け入れにくいように配向しており,基質が入るためには立体構造の変化が必要になることが示唆されました.

図3 : セリンをリガンドとして持つncCYP (論文より引用)
セレノシステインをヘムリガンドとして持つncCYP
セレノシステインをヘムリガンドとして持つncCYPのmRNAを調査すると,セレノシステインを導入するために必要な終止コドンと,さらにRNAの二次構造予測ツールRNAfoldよりセレノシステインを導入するためのmRNA制御エレメントを持っていることが示唆されました.また,AlphaFold2を用いた構造予測においてもヘムリガンドの位置にセレノシステインが存在することが示唆されました (図4) .

図4 : セレノシステインをヘムリガンドとして持つncCYPの解析 (論文より引用)
これをさらに確かめるため,大腸菌でセレノシステインを導入できるように組換えタンパク質を調製し,解析を行いました.HR-MSおよびMS/MSによる測定,およびUV/Vis吸光度スペクトルの測定から確かにセレノシステインが取り込まれていることを確認しました (図5) .

図5 : HR-MSおよびUV/Vis分光法によるncCYPの測定 (論文より引用)
展望・まとめ
今までCysをヘムリガンドとして持つCYPのみ報告されていたにも関わらず,今回多くのCys以外のヘムリガンドを持つCYPが発見されました.このことはCYPの進化に新たな知見を与えるとともに,新たな研究分野を切り開く結果となることでしょう.特に,見出されたncCYPがどのような反応を触媒するのかに興味が持たれます.実際にこのncCYPが,エリスロマイシンなどに代表されるポリケタイド合成酵素 (PKS) などの近傍に存在していることが分かり,何かしらの酸化反応を触媒することが示唆されました (図6) .今後のncCYPの機能開拓に希望が持たれます.

図6 : ncCYPを含む生合成遺伝子クラスター (論文より引用)
参考文献
(1) Zhang, X.; Li, S. Expansion of Chemical Space for Natural Products by Uncommon P450 Reactions. Nat. Prod. Rep. 2017, 34 (9), 1061–1089. https://doi.org/10.1039/c7np00028f.
(2) Hamdane, D.; Zhang, H.; Hollenberg, P. Oxygen Activation by Cytochrome P450 Monooxygenase. Photosynth. Res. 2008, 98 (1–3), 657–666. https://doi.org/10.1007/s11120-008-9322-1.
関連リンク・記事
ケムステ記事:P450 BM3
https://www.chem-station.com/chemglossary2021/03cyp450.html
セレノシステインを含むタンパク質,セレノプロテインの紹介
https://www.jstage.jst.go.jp/article/brte/19/4/19_4_308/_pdf