第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)にて博士号を取得され、現在はクイーンズランド大学にてJSPS海外特別研究員として研鑽を積まれている水落 隆介 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、レアメタルフリーの水電解酸素生成触媒に関する研究です。
酸素生成反応のための電極触媒としては一般的に貴金属やレアメタルを用いることで、活性向上が図られてきました。今回、卑金属の鉄系ペロブスカイト電極触媒について同じ元素構成にも拘わらず高活性を示す層状構造と低活性を示す立方晶構造を詳細に比較し、層状構造の層間のフッ素が活性点に作用し酸素生成反応の活性が向上することを明らかにされました。レアメタルを用いず、陰イオンの複合により電極触媒の活性を向上させる新たな構造設計指針となることが期待されます。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Iron-Based Layered Perovskite Oxyfluoride Electrocatalyst for Oxygen Evolution: Insights from Crystal Facets with Heteroanionic Coordination”
Mizuochi, R.; Sugawara, Y.; Oka, K.; Inaguma, Y.; Nozawa, S.; Yokoi, T.; Yamaguchi, T.; Maeda, K. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 32343–32355. DOI: 10.1021/jacs.4c05740
研究を指導された前田和彦 教授から、水落さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
水落くんは物事をひとつひとつ丁寧にじっくり進めるタイプの研究者で、私のようなせっかちなタイプがひしめく(?)触媒界隈では一風変わった存在かもしれません。一方で水落くんは、新しい研究手法を取り入れるため、研究室の外の世界に目を向ける積極性も持ち合わせています。実際に彼は、在学期間中に卓越大学院のプログラムに参画し、固体表面上での化学反応に関する理論計算の技術を習得しています。今回紹介していただく研究成果は、そうした絶妙なバランス感覚の研究姿勢に加えて、実験と理論の融合によって生み出されたと言えるものです。ちなみに水落くんの夢は、JACS、Science、Natureに論文を出すことだそうです。そのうちの一角は今回攻略に成功しましたので、残るはふたつ。今後の水落くんの活躍にぜひご期待ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、貴金属やレアメタルを使用せず、高効率な酸素生成を可能にする新たな電極触媒材料Pb3Fe2O5F2を開発し、活性向上の機構を明らかにしました。このPb–Fe系酸フッ化物は層状構造を持ち、層間に局在するフッ素の高い電子求引性を利用して、酸素生成の活性点である鉄の活性を向上する仕組みを備えています。酸素生成反応は、電極反応を利用した水の分解による水素生成やCO2変換に対する重要な半反応ですが、これまでの高効率な電極触媒は貴金属やレアメタルを含むことが一般的であり、資源制約やコスト面での課題がありました。
我々は、通常型ペロブスカイト構造をもつ別のPb–Fe系酸フッ化物PbFeO2Fと比較して、今回の層状ペロブスカイト構造をもつPb3Fe2O5F2が同じ元素から構成されているにもかかわらず(図a)、はるかに高い酸素生成活性を持つことを確認しました。Pb3Fe2O5F2の層状構造を通じて、高い電気陰性度をもつフッ素が活性点である鉄の電子状態に影響を及ぼし、酸素生成の反応中間体との結合を反応に有利な状態へ変化させることで活性を大幅に向上させました(図b)。この特性の詳細は、電気化学測定、分光測定の実験的手法と第一原理計算の計算化学的手法を組み合わせることで明らかになりました。
本研究は、貴金属やレアメタルを使わず、資源制約の小さいフッ素を利用した新たな触媒設計の指針を示し、持続可能なエネルギー変換技術への貢献が期待されます。今後、層状酸フッ化物のさらなる探索や触媒開発が進むことで、既存の材料を超える性能を持つ触媒の実現が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、実験的手法とともに、第一原理計算を用いた計算化学的手法によって材料上での酸素生成反応をシミュレーションしました。実験的手法で分子・原子スケールの電子状態や反応機構を調べるには限界があるためですが、研究当時大学院生として所属していた東京科学大学 前田和彦研究室には私を含め、電気化学反応に関する詳細なシミュレーションを行ったことのある人間がいませんでした。そこで、大学内のプログラムで存じ上げていた山口猛央教授が電気化学に計算化学的手法を用いた論文を多数出版されていたため、メールでアポイントをとり、その研究室の菅原勇貴助教と三人でディスカッションさせていただきました。そこから共同研究として話が進み、実験的手法では間接的にしか説明できなかったフッ素の酸素生成活性への寄与を明らかにすることができました(実はアポイントと研究協力の話は前田先生には事後報告でした)。学内プログラムで計算化学の基礎は学んでいたものの、実際に論文に使うレベルでの実用的な計算とその解釈は難しく、一からご指導・サポートいただき、大変お世話になりました。所属研究室の枠を超えて、自ら能動的に動くことで研究を大きく前進させることができることを学び、今後の研究者人生にとって大きな経験になりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
元々、このPb3Fe2O5F2は電気化学ではなく、光電気化学による光エネルギーを利用した酸素生成に応用する研究を行っていました。しかしながら、大した活性を示さず、材料合成や電極作製で様々検討を行ったものの大きな活性向上も目立った光電気化学特性も示しませんでした。結果的に、光を利用しない電極触媒として特異的な活性を示すことに注目しますが、きっかけは指導教員の前田先生と当時石谷・前田研究室として合同で研究室を運営していた石谷治教授(現 広島大学特任教授)の言葉でした。光電気化学の実験は比較のため光を照射しない暗時の測定を行いますが、実質的に電気化学測定と変わりません。このときの電流値が電気化学活性を示す指数関数的なカーブを描いていました(図b)。研究室報告会のときにそのことをお二人から指摘され、電気化学の観点で研究を進めたら、光明が見出せるのではないかと言われました。当時の私はこれまでやってきた光エネルギーを利用した酸素生成で結果を出したいという気持ちが強く、実は内心素直に聞き入れられませんでしたが、その方向で研究を進めた結果、今回の研究の前段階となる論文を2022年に発表できました(DOI: 10.1039/D2SE00282E)。その後、さらにフッ素の寄与など詳細を明らかにした今回の研究をまとめるまで二年以上かかりましたが、報告会からの方針転換がなければ、この研究が表に出ることがなかったかもしれません。このことは、周りの言葉に耳を傾けることやデータが示すメッセージに目を向けることが重要であると私に教えてくれました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今現在は出身の前田研究室を離れ、オーストラリアのクイーンズランド大学でJSPS海外特別研究員として研究しています。元々、海外で研究して生活したいと思って博士後期課程に進んだので、その目標は早くも叶いました(笑)。今後は研究者として、化学のエネルギー変換の分野で自分が追求したいテーマに正直に研究を進めたいと思っています。そこでは日本か海外かはさして重要ではなくて、自分がより成長でき、刺激が得られる環境を選びたいです。そのために、結果を(アカデミアでは論文を)出し続けなければならないことを海外の環境ではより強く実感します。ただ、不思議とこのプレッシャーは私にとってワクワクするもので、この世界で生き残れるかどうか自分に問いながら楽しんで研究していくつもりです。実はアカデミアか企業かのこだわりはないので、気付いたら企業で研究しているかもしれません。すべては自分の好奇心とそのときの運次第かなと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私自身の今回の研究や大学院時代の経験を通じて感じたのは、「今いる環境の外にも目を向けてほしい」ということです。例えば、研究室に所属する大学院生であれば、自身の研究室以外にも研究に関して助けを求めれば、快く手を差し伸べてくれる人がたくさんおり、新たな研究の発展や自分自身の新たな成長につながることも多々あります。
日本の先生方の中には、学生が自主的に動き、研究を広げることに対して否定的な方はほとんどいないと思いますが、多くの学生は自然と研究室や指導教員周りの関係者に限られた環境で研究を進めることが普通になっているように感じます。私自身が積極的に行動できていたかはわかりませんが、山口教授や菅原助教に自主的にコンタクトを取って研究を進め、当時の課題を解決した経験は、主体的な行動が生む研究の発展や思っている以上に学生の研究活動が自由であることを教えてくれました。
大学院生に限らず大学生の方々も普段の環境の外に目を向けることで、現状の悩みの解決や目標達成へのブレイクスルーにつながるヒントが得られるかもしれません。特に海外で生活していると研究、プライベートにかかわらず、関係や交流の広さに非常に刺激を受けます。行動した結果が期待通りにならず、肩透かしに終わることもあるかもしれませんが、想像を超えた発見や変化が待っているかもしれないと少しでも今の外側に目を向けていただければ幸いです。
最後になりますが、本研究でご指導いただいた東京科学大学の前田和彦教授、共同研究先である学習院大学の稲熊宜之教授、高エネルギー加速器研究機構の野澤俊介准教授、近畿大学の岡研吾講師、東京科学大学の山口猛央教授、横井俊之教授、菅原勇貴助教に感謝を申し上げます。また、大学院生当時に副指導教員として指導していただいた広島大学の石谷治特任教授と本研究を取り上げてくださったChem-Stationスタッフの方々にも感謝を申し上げます。
研究者の略歴
名前:水落 隆介(みずおち りゅうすけ)
所属:School of Chemical Engineering, The University of Queensland
略歴:
2024年3月 東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 博士後期課程修了
2024年4月~6月 東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 前田和彦研究室 技術支援員
2024年7月~現在 The University of Queensland, JSPS海外特別研究員