我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施していく必要があります。そのような仕事を一手に引き受ける国家機関が、皆さんご存知の経済産業省です。その現場でどのような方々が働いていて、どんな仕事がされているか、ケムステ読者の皆さんもぜひ知りたいですよね?
今回は「ケムステしごと」企画の一環として、博士号を取得して化学研究を行う立場でありつつ、経済産業省/製造産業局・素材産業課・革新素材室で勤務されている竹内勝彦さん(産業技術総合研究所)に、現場のリアリティが伝わるQ&A式インタビューをいただきました!化学を学び、仕事にしていく皆さんにとって、省庁の仕事が少しでも身近に感じてもらえれば幸いです。
Q1. 自己紹介をお願いします。
経済産業省(経産省)、製造産業局、素材産業課、革新素材室で研究開発専門職を努めている竹内勝彦といいます。本業は産業技術総合研究所(産総研)の研究者で、出向と言う形で霞ケ関に来ています。研究者としての私に関しては、以前ケムステで研究紹介記事を書かせていただいたので、そちらをご参照ください。
Q2. 経産省ってどんなところですか?現在、どのような仕事をしていますか?
経産省は経済・産業の発展と資源の安定供給に関する行政を担当する行政機関です。また、産総研は経産省が所管(「ある事務を管轄すること」を意味するお役所用語)であることもあり、一定数の産総研職員が様々な部署に出向しています。
私の出向先である「素材産業課」は、その名の通り、日本の素材産業全般(金属以外)を所管しており、課長の下、40名ほどのメンバーが各素材の業務に当たっています。そして、その内部組織である「革新素材室」は一般化学品とは異なる革新的な素材(機能性有機材料、ファインセラミックス、炭素繊維など)の研究開発事業(NEDOプロジェクトなど)の企画・運営や技術管理を担っています。
そのような組織の中で、産総研出向者である研究開発専門職は、化学に関する知見と研究開発の経験を活かして、研究開発事業の企画・運営、素材関係技術の経済安全保障に関する仕事を主として行っている他、素材課内の技術サポート(生き字引的仕事)を行っています。
Q3. 学生時代は、どんな研究テーマに取り組んでいましたか?そこから、なぜ今のキャリアパスを選ばれたのですか?
学生時代は「ケイ素-ケイ素三重結合化合物の反応性に関する研究」という、学術的価値を追い求めるような基礎研究を行っていました。卒業後は、海外学振の制度を利用してカナダ・トロント大学のポスドクとなり、嵩高い置換基を有する酸・塩基の混合物である「フラストレイティドルイスペア」を用いた水素や二酸化炭素の活性化反応に関する研究を行いました。その後、京都大学の化学研究所の助教となり、炭素-リン二重結合を有するホスファアルケンを配位子とした遷移金属錯体の合成と触媒反応への応用を行ってきました。そして、産総研の研究員となってからは、CO2を原料としてポリウレタンなどの機能性化学品を製造する技術開発に取り組んでいます。今年の1月から出向という形で経産省の研究開発専門職に着任しました。
Q4. 仕事をしていて、思い入れがあった点、イメージと異なっていた点をそれぞれ教えてください。
思い入れがあった点は、自分が実施者にもなっていたNEDOプロジェクトについて、企画・運営という逆側の視点で関わることができたことです。特に、予算要求で財務省からの質問対応に取り組んだ際は、税金から研究開発予算を出すということに対して、国が真剣にチェックを行っていることが実感できるとともに、どのようなエビデンスや論理で研究開発の重要性を示していくべきかということを学ぶことができました。
一方、イメージと異なっていた点は、思っていたよりも出張・外勤が多いということでした。視察や情報収集、NEDOのイベントなどで各地に出向くのですが、その回数は今年一年で20回を超えています。他方、出張の原資が税金であることから、一度の出張で複数の視察を組み合わせたり、可能な限り日帰りしたりするという縛りもありました。そのような理由で、鹿児島に日帰りで出張したのは良い思い出です。
また、経産省では、昔は深夜残業が非常に多かったと聞きますが、近年は働き方改革の影響で比較的早く帰宅する文化が定着していることにも驚きました。今のところ、18:15の定時以降は特に仕事がなければ自由に帰ってよいという風潮になっています。とはいえ、国会対応が当たれば残業を余儀なくされる職員もいますし、土日深夜でもメールのやり取りをしている管理職もいらっしゃるので、仕事内容や職責によっては大変な職業であると感じています。
Q5. 仕事で化学(または科学)と関わった経験から、化学人材(産業、アカデミア、起業など)に期待することがあれば教えてください。
経産省の仕事を通して素材産業を見てみますと、化学系企業の生み出している経済的利益は未だに大きく、研究開発で工夫をこらして国際的な市場で勝負して利益を上げていることがわかります。他方、海外企業の追い上げもあり、研究開発の速度と方向性が、より高速かつ複雑になってきていることも感じています。そして、高速化・複雑化した研究開発に対応するために、産学官が一丸となり、AI技術や自動化技術などの異分野連携を進めていくことがいっそう重要になると思います。それを踏まえて、化学人材には、専門分野の深い知識や独創性を持つことももちろんですが、産学官の連携体制の構築につながるような多様な人脈形成経験を積むこと、異分野連携を厭わない挑戦心を持つことを期待したいです。
Q6. 経産省の仕事に興味を持っている、若手・学生の方々に向けたメッセージをお願いします!
私は産総研からの出向という形で経産省に来ていますが、経産省では私が思っていた以上に化学系の職員が活躍していることを知りました。また、経産省の仕事には皆さんが思っているよりも各職員が主体的に関わっていますし、経産省でしかできないこと、学べないことも多いと思います。そして、現役の経産省職員の皆さんは、日本の経済を支えるために日々業務に取り組んでおり、若手職員であっても企業や国研・大学の方々から大きなリスペクトを受けているように感じました。特に、化学産業を取り扱う素材課などでは、化学専門用語や化学式への忌避感がないことや、研究開発の現場を知っていることは非常に重要であり、修士・博士を取っていれば即戦力となるでしょう。経産省職員という仕事は、化学分野の学生の皆様からはあまり意識されない職業かとは思いますが、化学の知識・経験を活かせる就職先候補の一つとして認識していただければ幸いです。