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化学者のつぶやき

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

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Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNature Synthesis誌に発表されたのでご紹介します。発表はおなじみ、長く日本の常温常圧窒素固定技術を支えてこられた東京大学西林研究室と、この共同研究でX線を用いた詳細分析に関わられた京都大学吉田研究室によるものです。

Suginome, S., Murota, K., Yamamoto, A. et al. Mechanochemical nitrogen fixation catalysed by molybdenum complexes. Nat. Synth (2024). 論文リンク(OA!)

ただ既に相当数のプレスリリース(リンク)があり、技術詳細も各発表で詳細に記載されているのですが、今回の件はおそらく大きな研究構想の第一ステップと思われますので、そこを推測し背景に重点を置き記載してみます。なお今回用いられた触媒系は2019年4月に大きく報じられたこちらの記事のものがベースで、ここからの2点の問題意識、「この反応系をより環境負荷の低いものに出来ないのか」「この反応系で、もっと広範な材料を原料に窒素固定が出来ないのか」が研究のモチベーションでしょう。結論から申し上げますと前者ではケムステでも何度も採り上げられているメカノケミカル有機合成反応を適用した点がポイントで、後者では2019年に発表したプロトン源(アルコール)を、更に原料的に遡ったセルロースに変更出来たということが大きな成果であると言えます。

ということで今回の成果のキーとなった上記2点に絞り紹介をしてみます。

メカノケミカル合成とは その簡単な歴史

メカノケミカル合成とは固相合成法の一つで、材料に衝撃などを与えながら系内に攪拌を含めた化学的効果を生み、反応物を合成物に変換する方法(多少の溶媒を加えるケースもあります)。広義で言うとうどんをこねたり抹茶の粉を作ったりするのも混合「反応」・粉砕「反応」を進めているのでメカノケミカル合成とも言えますが、今回は「有機合成」を起こす範疇のもの。実はメカノケミカル合成の歴史は古く、文献上の最初は19世紀に活躍したアメリカ ペンシルバニアの化学者Matthew Carey Leaによる合成(正確には銀ハロゲン塩の「分解」ですが…(文献1))に関するもので、

“…In 1892 Lea proved conclusively that any form of energy, including mechanical, was indeed capable of disrupting silver halide molecules…The chloride, bromide, and iodide of silver were investigated, and to all were applied both static pressure and shearing stress. He applied …about 6,900 times atmospheric pressure to halide powders wrapped in platinum foil, the pressure being maintained for 24 hours. The coloration of the powders clearly indicated that some decomposition of the halide had taken place. The decomposition of the iodide was surprising for Lea, because it did not decompose upon exposure to light. “

という初歩的な実験に基づくものですが1892年に既にあるのは驚きです。また衝撃力だけではなく静推力を長時間かけても反応する、という点も注目でしたが、反応が起きたかどうかを見てすぐに判断できる銀塩(AgCl2)を利用したアイデアが素晴らしく、光を当てずに圧力だけで銀塩の色を変えられた(AgCl2→Ag+Cl2)歴史的な成果でしょう。なお著者のLea教授は写真関係の材料合成に長けており、白黒写真に関わる材料の骨格を作られた方だったようで。

ただ下線部の690MPaなんて当時の装置で印加出来るのか疑問で、原論文(文献2)には白金箔に包んで推したのはその通りでしたが圧力に関わる数字は明記されておらず、また測定精度も時代的に疑問で、数値は話半分で考えた方がよいかと。あとこの論文だけ見ると圧力により何かの具合で平衡がズレて常温でも(時間をかければ)反応が進むようになった、と解釈する余地は残るでしょう。いずれにせよメカノケミカル合成の歴史はここに幕を開けます。

しかし、上記は正確にはメカノケミカル無機合成。ではメカノケミカル有機合成はどこに端を発するか。調べたところこれが結構最近で、the University of Sassariというイタリアの大学のLiliana SchiffiniとGiorgio Coccoというお二方が1995年に出した下図の反応(文献3)(文献4)が一番最初のもよう。彼らは元々は水素吸蔵合金合成などの金属・冶金系がご専門だったようですが、1988年あたりでこの↓反応をトライするなど有機化学の方にも活動範囲を広げたらしいです。

(文献4)より引用 シンプルだが芳香族系化合物の安定性を考えると
常温付近で起きるとは事前になかなか予想しにくい反応でもある

こうした反応で主に使われるボールミルのイメージ
筆者が一番最初に触れたのもフリッチュ社の同型機
で使いやすかった(容器は重い、、、)

この反応は主に振動ミルやボールミル(といえばフリッチュ社製のが有名・最近では日本のこのメーカのものも好き)を使うのですが、上記のハロゲン置換が進むなら他にもいけるはず、無溶媒、短時間、お手軽、という感じなので、1個みつかるとどんどん見つかっている。例えば窒素化合物で言うとニトロベンゼン、フェニルアジドとかも条件を適正化すれば下図のように還元していけることもわかっています(文献5)。

(文献5)より引用 無溶媒で早く反応できるなら
ある意味理想的なツールといえる 製造出来る量は限られるが、、、

そして最近ではやはりこちら、北海道大学伊藤研究室による「一般的なステンレスやジルコニアなどの破砕メディアと一緒に、圧電素子の粉末を混ぜる」という、光化学でのレドックス触媒に発想の端を発した形で系内に圧電素子を入れレドックス反応を起こすという恐ろしく素晴らしい発想に基づいたハイブリッドメカノケミストリーと呼ぶに相応しい反応形式です。

(文献6)より引用 発想は言われてみればその通りなのですが、、、
ただ、イリジウム錯体の光化学特性(酸化還元電位)や特徴を把握していないと
実際に合成系として完成するのは難儀が伴うと予想

実はこの論文に関わる伊藤教授の講演動画を拝見していた際、大変失礼ながら「一見」化学でないこの瞬間(リンク)に大笑いしてしまったことをお詫びいたします。しかしこの”叩いてつくる“という考え方が、今回ご紹介する論文の最終形式でもあるのではないかとも考えたわけでございます。

こうしたように、無溶媒、短時間、お手軽、拡張性、少量多品種に向いているのでは、ということで昨今のトレンド・ホットトピックになっているメカノケミカル有機合成ですが、今回紹介する論文は果たしてその手段を用いてアンモニアも無溶媒で合成できるのか、という(一見ムチャではと言いたくなる)主題を調査する内容のものになっています。

今回の論文の狙いについてと、セルロースの適用について

前置きが長くなりましたが今回の件。Schrock教授に端を発し西林教授が現在大きく発展させている常圧常温アンモニア合成反応、これまでの反応はTHFなど有機溶媒中で行われていました。有機金属触媒を使う以上、大半の反応系は溶媒内でやるもんですが、実は歴史的に錯体系触媒の一番最初の適用例であるチーグラー・ナッタ触媒は無溶媒(気相反応)で行うケースもあるので、試してみる余地はあるわけです。そこでアンモニア合成の場合は気相でよりも固相、しかも原料は汎用的に手に入るものがいい・・・ということで実際にやってみました、の結果が下図(冒頭論文より引用)。

ボールミルの中に触媒、セルロースまたはグリコール系材料、窒素を封入し反応させた結果
さすがにTHF内で反応させた元論文のTON(~4400)には至らなかったが、

無溶媒でも1/5レベルでアンモニアが合成されるのは初回の検討としては相当大きな数値

驚くべきは無溶媒の方がアンモニア生成反応が早い(左)のに、副反応である水素発生が急峻に増加しない(右)点 
これは何故なのか全く予想がつかない(プロトン供与体にセルロースを使用した場合)

こうした結果、固相反応でも常温常圧アンモニア合成が触媒的にかつ上図のような特徴を持った形でかなり早く進みうることを世界で初めて示したわけです。一番性能が高いTON~860付近を示したケースでは同研究室の第四世代触媒をたった0.1μmol入れただけで進行しており(同論文SI参照)、活性の高さはむしろメカノケミカル系でも保たれていると言える点も特記すべき。あとやはりアルコール系材料に加え一足飛びにセルロースを使った点が大きなポイントになります。

今回達成した触媒サイクル 同論文より引用
緑色の部分が気相-固相で進むのがこれまでと異なる点

ただ今回プロトン源として使った植物の骨格主要部とも言えるセルロースはそのままでは非常に安定で強固で、うまく前処理とかをしないと発酵も進まず、加工しようにも一般的な溶媒には溶けず、繊維にばらすにも高圧燻蒸とかしないと(日本製紙殿のサイト)なかなか有効活用できないという現実があります。最近でこそTEMPO酸化を用いた改質などの手法が新たに開発されたり、また昔からある技術のビスコース法(セルロースを濃アルカリでザンテート化し、更に今では(短期的有害性が高いため)あまり好まれない二硫化炭素に溶かし込む)を用いてはじめて水溶性を得たり液体として扱えるようになるけれども手間がかかるし片方は条件が苛烈だし、という、最近バイオ由来の材料がもてはやされているトレンドに対し実態がむずかしい材料になります。こういうものが肥料や化学品の一部にうまく変えられるなら、より有効活用できる道が拓けるでしょう。

こうしたことを考えるに、西林研究室が目指す本技術の完成形はきっと「メカノケミカルメディア(できれば水車と石臼)と、窒素、常温常圧アンモニア合成触媒とセルロース・リグニン+助剤だけでアンモニアが合成されること」なのですが今回はその第一段階、まずメカノケミカル系でアンモニアが触媒的に合成し得るか、という点をクリアしたわけです(下図)。この後はステップ的には還元剤を省きたいところでしょう。今回の系の目下の課題は還元剤(SmI2-THF)が系に存在しなければ回らない点で、これを差し替えてセルロースがプロトン供与体かつ還元剤として扱える反応系を見出せるかが次の勝負、になるのではというように思います。

筆者が妄想する今後の本研究の発展のステップ
実際には第一段階と第二段階の間がかなりの難易度のはず

メディエーターとしては上述のTEMPOのようなセルロースと相性の良いレドックス体がパッと思いつきますが、TEMPOはレドックス反応形態がラジカルを経由するものであるため、還元性一電子反応である常温常圧アンモニア合成反応には向いていなさそう。加えて酸化性の材料が系内にあるとアンモニア合成触媒が容易に酸化され失活してしまうことが予想され、この点も大きな課題になるかもしれません。還元性はあるけど反応しないようなガード犠牲剤みたいなのがあればいいかもしれませんがそうそう都合のよい材料があるとも思えないので、筆者の発案力の乏しさを嘆くばかりです。

加えて今回の論文で使ったのは試薬レベルの純セルロースで、筆者がタイトルに書いた表現は少々誇張であり、実際の藁レベルの植物体をアンモニアにするにはもう一段二段三段の苦労が要るでしょう。ただもしそれが達成されたならば、ハーバーとボッシュが「石炭と空気と水からパンをつくった」と言われたように「空気と繊維と水車からパンがつくれた」ということで表現されるような化学史上、農学史上の金字塔になる可能性があるわけです。道のりは遠いかもしれませんがこれこそ「世のため人のため、自分たちのため」が全部刺さった技術に繋がると信じ引き続きアイデアをフル回転していっていただきたいと思います。

おわりに

筆者としては今回の成果には実はもう一つ重要なポイントがあると思っており、それは「窒素固定触媒の選定・最適化作業が非常に早く出来るようになる可能性がある」ということ。今回の成果を見るとTONはやや落ちるものの、かなり反応が早い。くどいようでまたBASFでのAlwin Mittaschによる触媒選定の話を持ち出すのですが、この時には同僚のGeorg Sternが作った小型高圧リアクターが大活躍(下図)。これを研究室にズラッと並べてガンガン回して収率を比較し材料マップから耐久性、性能、コストに優れた固体触媒を発見したわけですが、今回の成果からほぼ同じことが出来るようになるのではないかと妄想しました。ボールミルなので場合によっては五月蠅いのと、固相合成と液相合成では大きくそのメカニズムが異なってしまうかもしれないので結局並列にやる必要があるかもしれませんが。。。ただ触媒とか材料選定というのは不思議なもので、コンビナトリアル的に選び出したものより一番最初に選んだ触媒系や材料系が結局一番性能のバランスが取れてた、というのが(経験的に)結構あるのですが、そりゃ実際そういうことをやった挙句わかる話なんすよね。そうしたツールは多ければ多いほどいいので、今回の成果がそうした方向に役立っていくことを願う次第です。

触媒性能をふるい分けするのに使ったミニリアクター
BASFではこれがズラッと並んでいたらしい 過去の記事より引用

いずれにせよまさかそんな方法で合成出来るわけが、というところを知見の積み重ねがある自研究室開発の高性能触媒、ボールミル、セルロースをメインとする原料系でアンモニアを作ってしまわれたわけで、やはりこの後は、繰り返しになりますが水車と空気と藁と水(と触媒)だけでアンモニアをはじめとする窒素化合物を作っていただきたい!と希望する次第です。

最後になりますが、今回の論文に関わられた西林仁昭教授と吉田寿雄教授、山本旭助教、また1st Authorである杉野目助教と室田未来修士課程院生(当時)をはじめとされる関係メンバーが更に様々なアイデアをもとに関連研究を発展されていくことを切に祈りつつ、今回はこんなところで。

参考文献

1. “M. CAREY LEA, THE FATHER OF MECHANOCHEMISTRY”, Laszlo Takacs, University of Maryland, Bull. Hist. Chem., VOLUME 28, Number 1 (2003), リンク

2. “Disruption of the silver haloid molecule by mechanical force” , M. C. Lea, American Journal of Science 1 June 1892

3. “New-Generation Methodologies in Organic Chemistry: A Focus on Italy”, Eur. J. Org. Chem. 2024, Volume27, Issue30
August 1, 2024, リンク

4. “Selective Mechanochemical Dehalogenation of Chlorobenzenes over Calcium Hydride”, Environ. Sci. Technol. 1996, 31, 1, 261–265, リンク

5. “Redox reactions of small organic molecules using ball milling and piezoelectric materials”, Science, 20 Dec 2019
Vol 366, Issue 6472, pp. 1500-15, リンク

 

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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