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スポットライトリサーチ

世界初の金属反応剤の単離!高いE選択性を示すWeinrebアミド型Horner–Wadsworth–Emmons反応の開発

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第636回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部椎名研究室)の村田貴嗣 助教と博士課程後期3年の筒井 久澄さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、高選択的に(E)-オレフィンを生成するHorner-Wadsworth-Emmons(HWE)反応に関する研究です。村田先生、筒井さんのグループはN,O-ジメチルヒドロキシアミンからなるWeinrebアミド構造を持つHWE試薬を用いたWeinrebアミド型HWE反応の反応条件と選択性への影響について報告されました。また、これまで報告のなかった反応活性種の単離も実現されています。本成果は、J. Org. Chem. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

(E)-Selective Weinreb Amide-Type Horner–Wadsworth–Emmons Reaction: Effect of Reaction Conditions, Substrate Scope, Isolation of a Reactive Magnesium Phosphonoenolate, and Applications
Murata, T.; Tsutsui, H.; Shiina, I. J. Org. Chem., 2024, 89, 15414–15435. DOI: 10.1021/acs.joc.4c01140

研究室を主宰されている椎名勇 教授から、村田先生と筒井さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

私どもの研究室では社会実装を実現するために具体的なプランを予め設計の上で研究と開発を行なっています。今回のインタビューに応じた両名は卒業研究時から本コンセプトを念頭に研究を続けてくれています。

村田貴嗣先生には生物活性化合物の合成と反応開発の両面において学生時代から現在まで活躍していただき、今回の成果もこれらの主要テーマを繋ぐ着想から芽吹いています。緻密な企画・立案と実行力が村田先生の強みなのでこれからも当該領域で確固たる基軸を打ち立ててくれると期待しています。筒井久澄君は研究の面で質量ともに充分な成果を上げて学位を取得し、これから企業人として実践の場で開発にも携わることになると思います。筒井君個人の努力に加え、村田先生との相互扶助が育んだ今回のWeinrebアミド型HWE試薬によるアルケン合成法の開発を通じた成功体験は、今後の筒井君の企業における生産活動でもきっと生きてくると思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究ではWeinrebアミド構造を用いたE選択的なHorner–Wadsworth–Emmons反応の開発とその金属反応剤の単離を行いました。Horner–Wadsworth–Emmons反応(以下HWE反応)は、カルボニル化合物からオレフィンを合成する際に最も用いられる反応であり、誰もが学ぶWittig反応の類縁反応です。有機合成では数多くの反応実績がありますが、選択性に苦しむことがよくあります。この要因として、選択性を理解するための提唱機構が存在するものの、その説明に一部矛盾が存在することが挙げられました。私たちは、HWE反応の選択性発現の理由を解き明かし、立体選択性を制御するべくHWE反応の開発に取り組みました。

これにあたり、官能基の変換反応に適したWeinrebアミド構造に着目しました。まず、立体選択性に関わる要因を明らかにするべく、用いる塩基の金属イオンや、溶媒の種類、反応濃度、反応温度、ホスホン酸エステル部の構造、Wittig試薬との比較など選択性に関わりそうなことについて徹底的に調査を行いました。その結果、マグネシウムイオンを用いることが最もE選択性の向上に影響を及ぼしていることが明らかとなりました。これはホスホノエノラートが2価の塩基としてみなすことができるため、強いクーロン力によって安定な中間体を与えるためであると考えられます。これらの調査を踏まえて、幅広い基質に本反応が適用できることを実証しました。エピメリ化や異性化が懸念されるような基質や、構造有機化学の分野で活用可能な多環芳香族や複数の反応点をもつような基質についても問題なく反応が進行しました。また、驚くべきことに研究の過程でこれまで単離報告例がなかったホスホノエノラートが単離できることがわかったのです。私たちの報告したWeinrebアミド型HWE試薬に限らずエステル型のHWE試薬においても問題なく単離ができ、金属イオンもマグネシウムイオンの他、一般的に用いられてきたリチウムイオンでも単離が可能でした。この金属反応剤が単離できたことで、粉のホスホノエノラートを系内に追加することによる操作性の向上やメカノケミカル合成などの固相合成への潜在的な可能性を見出すことに成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

村田
思い入れのある点は主に2つあります。まず一つ目はWeinrebアミド構造にこだわった点です。詳細は割愛致しますが、不飽和カルボニル化合物の官能基化やその後の増炭反応で副反応を抑えるためには、反応系内で4面体中間体が安定な状態で存在できるWeinrebアミド構造が特に有用であると実験中に気がついた時にはワクワクしました。すなわち、有機合成においてWeinrebアミド構造を保護基としても活用できる点に気がつきました。また、Weinrebアミドは一工程でアルデヒドへと誘導でき、その脱離したアミンが簡単に除けるため、本論文で実証したような連続増炭プロセスに附すことができ、有機合成のさらなる発展に役立てられると考えています。
もう一つはホスホノエノラートの単離です。研究当初から、Wittig試薬のイリドは市販されているのにHWE反応のホスホノエノラートは何故単離報告例がないのだろうと不思議に思っていました。そのまま濃縮してみたらできるのではないかという安易な発想ではありましたが、筒井くんが世界で初めての単離を見事に達成してくれました。

筒井
工夫した点は2つあります。まず1点目は基質適用範囲で用いるアルデヒドの多種多様性についてです。開発した反応の汎用性が高いことを示すことで、多くの人に利用してもらえるように考えました。ここで用いたアルデヒドの中には検討の対象として取り上げたいと考えていた構造をもつにもかかわらず、新規であったため自ら合成しなければならなかったアルデヒドも含まれ、それらは合成法の立案から検討を始めて実際に自前で合成後、基質適用範囲拡張の調査に用いました。さらに、本反応の正確な選択性および反応性を調査するために、一部を除いて純度95%を超えたことを確認した後に基質として用いました。その中には、市販で購入した試薬を分液により洗浄し、蒸留した基質も多くあります。
次に2点目はスケーラブルな合成を目指して、試薬の調製および本反応が大きなスケールで実施可能であることを示しました。試薬の調製については、Weinrebアミド型HWE試薬およびそのホスホノエノラートは、100 g以上のスケールで調製可能であります。また、本反応はグラムスケール以上でも同程度の選択性および反応性を示すことができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

村田
HWE反応が身近な反応の研究であることから、新規性や論文としてのコンセプトを伝えることが難しいと感じました。一部矛盾がありながらも既に広く広まったHWE反応の反応機構と選択性の理解に少しでも私たちの意見を取り入れてもらえないと、本論文を受け入れてもらうことは難しいのではないかと感じていました。特に、先行研究にてNuzillardらがWeinrebアミド型HWE反応を報告していたことから、選択性に関する調査を徹底的に行い、新規性を示す必要がありました。これについては、共同筆頭著者である筒井君の人並み外れた実験量で乗り越えることができ、様々な影響について議論をすることができました。

筒井
村田先生と同様に、私も本研究テーマの新規性や論文としてのコンセプトを伝えることが難しいと感じました。HWE反応の反応条件を同一基質で網羅的に調査している報告例がないことを受けて、HWE反応の選択性に及ぼす反応条件の各要素について徹底的に調査しました。調査の中では、反応条件と選択性について議論する上で調査すべきことについて見落としがないのかについて考え、手を動かし続けることで様々な影響について議論ができるようになったと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

村田
私は現在、本研究のような反応の開発の他、天然物の全合成や創薬開発に携わっています。これらは有機合成を通じて社会に役立てたいという思いに尽きます。もちろん、基礎的な化学の興味関心は尽きることはありませんが、学生時代から社会実装を目指した創薬開発研究に携わらせて頂き大学教員になった今でもその思いは変わりません。これからも将来の社会に役立つような仕事をしていきたいと思います。

筒井
私も現在、本研究のような反応の開発に加えて、天然物の全合成や創薬開発に携わっています。研究室では、分子構造の違いの大きさ以上に分子の薬理活性や化学的安定性が変化するという現象にいつも驚かされ、そのことを魅力的に思っています。また、現在博士後期過程3年であり、来年度からは製薬会社の創薬研究部門に勤める予定となっています。そのため、これからはより良い新規薬剤の開発を行い、社会貢献に繋げていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

村田
本研究は筒井君の血のにじむような努力と実験量によって成し遂げられた研究成果です。夜遅くに研究アイデアを話すと翌日にはデータが揃っているなんてこともありました。筒井君とタッグを組めたことをとても嬉しく思います。
有機合成は精製操作や準備など面倒な作業が多いと思われがちですが、細かいところに様々な発見があり、そこに社会実装に向けたヒントがあると思います。信頼できる研究パートナーとのディスカッションを含め、手軽にどんどん実験に取り組める有機化学の分野としての潜在性に少しでも興味を持って頂けたらとても嬉しいです。
最後に、今でこそ私は大学教員として勤めさせていただいていますが、研究室に入る前は決して優秀な人間とは言えない人でした。そんな私を拾って下さり一から育ててくださいました恩師の椎名先生にこの場を借りて深く御礼申し上げます。

筒井
本研究はHWE反応の反応条件が選択性および反応性に与える影響について調査しました。また、高い選択性、堅牢かつ広い基質適応範囲を示すスケーラブルな手法として示すことを目指して本反応の開発を行いましたので、HWE反応を実施する際の参考にしてもらえると嬉しいです。
最後に、日々研究を進める上でいつ何時でも相談に乗ってくださった村田先生、貴重なアドバイスおよび研究のみならず様々な場面で終始情熱溢れるご指導、ご鞭韃を賜りました椎名先生をはじめ、サポートしてくださった皆様に深く感謝申し上げます。さらに、このような素晴らしい機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの皆様にも心より感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:村田 貴嗣むらた たかつぐ
所属:東京理科大学 理学部第一部応用化学科 椎名研究室
略歴:
2014年 東京理科大学 理学部第一部応用化学科卒業
2016年 東京理科大学 総合化学研究科総合化学専攻博士前期課程修了
2019年 東京理科大学 総合化学研究科総合化学専攻博士後期課程修了
2019年 東京理科大学ポストドクトラル研究員
2020年 東京理科大学理学部第一部応用化学科助教

名前:筒井 久澄つつい ひさずみ
所属:東京理科大学 理学部第一部応用化学科 椎名研究室
略歴:
2020年 東京理科大学 理学部第一部応用化学科卒業
2022年 東京理科大学 理学研究科化学専攻博士前期課程修了
2022年–現在 東京理科大学 理学研究科化学専攻博士後期課程

関連リンク

  1. Horner–Wadsworth–Emmons反応
  2. Wittig反応

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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