亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MOFs) が 200 ℃ 以上の高温で素早く繰り返し二酸化炭素を吸収し放出できることが報告されました1。そのような高温での二酸化炭素を吸収できる材料は、製鉄所やセメント工場の排ガスのように高温の化学プロセスから効率的よく二酸化炭素を回収する技術の発展に貢献すると考えられます。
Rohde, R. C.; Carsch, K. M.; Dods, M. N.; Jiang, H. Z. H.; McIsaac, A. R.; Klein, R. A.; Kwon, H.; Karstens, S. L.; Wang, Y.; Huang, A. J.; Taylor, J. W.; Yabuuchi, Y.; Tkachenko, N. V.; Meihaus, K. R.; Furukawa, H.; Yahne, D. R.; Engler, K. E.; Bustillo, K. C.; Minor, A. M.; Reimer, J. A.; Head-Gordon, M.; Brown, C. M.; Long, J. R.
High-Temperature Carbon Dioxide Capture in a Porous Material with Terminal Zinc Hydride Sites.
Science 2024, 386 (6723), 814–819. DOI: 10.1126/science.adk5697
社会的問題設定: 化学プロセスの CO2 排ガスは高温である
大気中の二酸化炭素濃度は近年上昇を続けており、地球温暖化やそれに伴う異常気象が引き起こされています。産業活動により排出される二酸化炭素 CO2 を削減する取り組みとして、CCS (carbon dioxide capture and sequestration) が注目されています。CCS は、二酸化炭素の回収し、地下へ貯留する取り組みです。CO2 を回収する方法には、CO2 の排出源である工場の排ガスから CO2 を分離する方法 (点源回収; point source capture) と空気中の CO2 を回収する方法 (直接空気回収; direct air capture, DAC) があります。点源回収では、どのような工場のどのような排ガスかによって、CO2 濃度や温度が異なるため、それぞれのプロセスに見合った CO2 回収技術が必要になります。
産業による主な CO2 排出源として、製鉄工場やセメント工場が挙げられます。それらの工場の排ガス温度は、200 ℃ よりも高いという特徴があります。これまでに開発されてきた CO2 回収技術の多くは、室温から 60 ℃近くでの評価に重きが置かれており、そのような高温ではほとんど CO2 を回収できません。しかし、高温の排ガスを室温付近に冷却するには、余計な熱交換システムを必要とします。高温の排ガスを冷却せずに高温のまま CO2 を回収できれば効率的であると考えられます。
科学的問題設定: CO2 の吸着は高温になればなるほど不利
CO2 の吸着、さらにいえばガス吸着は一般的に高温で不利です。なぜなら、CO2 を吸着することはエントロピー的に不利なプロセスだからです (∆S° < 0)。化学反応の平衡を位置づけるギブズ自由エネルギー ∆G° = ∆H°−T∆S° は、負であるほど化学平衡が順方向に有利であることを思い出しましょう。∆S° < 0 であるため、高温であればあるほど 第二項 −T∆S° が∆G° を正に増加させます。すなわち、高温であるほど CO2 の吸着は不利になります。高温でも吸着を達成するには、吸着のエンタルピー項 ∆H° が大きく負であることが必要であると考えられます。化学的に考えると、強い結合を形成することが必要であると言い換えられます。
これまでに研究されてきた CO2 回収材料に、アルコールアミン水溶液があります3。しかしアルコールアミンの水溶液は、アミンの揮発性や熱分解性、さらには水溶液の沸点の問題から高温での操作には適していません。一方、比較的高温でも CO2 を回収できる手法として、酸化カルシウム CaO や酸化マグネシウム MgO のような金属酸化物を利用したケミカルルーピングという手法も研究されてきました4,5。この方法では、金属酸化物が CO2 と反応して炭酸塩を形成します。しかし、このよな非孔性の固体は、CO2 吸収の速度が遅いうえに、繰り返し行うと焼結して活性を失うことが知られています。高温での CO2 回収を効率よく実現するには、多孔性の材料を用いて固体内への CO2 の早い拡散を可能にしつつ、これまでの材料とは異なる CO2 の回収機構が必要であると考えられます。
技術や手法のキモ: 金属–ヒドリド部位を MOF のクラスター上で作る
著者らは、末端性の金属ヒドリド錯体が一般的に CO2 と高い反応性を示すことに着目しました。例えばトリスピラゾリルボレート (Tp) 系配位子にキレートされた末端性の亜鉛ヒドリド錯体は、 CO2と反応によって亜鉛−ギ酸錯体を形成することが報告されています6。これは、CO2 がヒドリドによって還元される反応であり、エンタルピー的にも大変有利です。
亜鉛–ヒドリド錯体を多孔性吸着材に実現できれば、分子性錯体にみられた高い CO2 親和性を模倣して、高温下でも CO2 を回収できると考えられます。金属–有機構造体は、金属多核クラスターを有機配位して橋掛けされた多孔性の有機無機複合材料で、吸着材のなかでも高い化学調節性を示します。2014 年に ドイツ Ulm 大学の Volkmer ら (2014 年当時, 現在は Ausburg University) は亜鉛–ギ酸種を無機クラスター部位に持つ構造体である Zn5(O2CH)xCl4−x(btdd)3 (Zn(O2CH)-MFU-4l; H2btdd = H2btdd = bis(1H-1,2,3-triazolo[4,5-b],[4′,5′-i])dibenzo[1,4]dioxin) を報告しています7。そして、この亜鉛–ギ酸種を持つ Zn(O2CH)-MFU-4l を加熱すると、ギ酸の脱炭酸が起き亜鉛–ヒドリド種を持つ構造体 ZnH-MFU-4l に変換されることも報告されています。この亜鉛−ヒドリド種の亜鉛周りの第一配位圏は、上述の Tp 亜鉛ヒドリド錯体と類似しています。しかし驚くべきことに、このZnH-MFU-4l は、一般的な分子性の金属–ヒドリド錯体と比べて反応性に乏しく、CO2 との反応によって亜鉛–ギ酸種を再生する反応は室温下では観測されていませんでした。
成果の概要
Long らは、ZnH-MFU-4l の CO2 吸着の可能性を探索しました。その結果、150 ℃ 以上の高温で ZnH-MFU-4l を CO2 雰囲気にさらすと Zn–H から Zn–O2CH への CO2 挿入反応が観測されました。この CO2 挿入反応は繰り返し行うことができ、300 ℃のような高温でも 4% 程度の低濃度の CO2 も回収できることが示されました。計算化学によって、室温と高温での CO2 との反応性は、立体障害による活性化障壁に由来するものだと示されました。
主張の有効性検討1: 高温での CO2 吸着性能の評価
ZnH-MFU-4l の吸着性能は、CO2 雰囲気での熱分析 (thermogravimetric analysis; TGA; 論文 Figure 2a)、吸着等温測定 (論文 Figure 2b)、ブレークスルー分析 (論文 Figure 2d) により確かめられました。TGA では 、CO2 雰囲気で ZnH-MFU-4l を室温付近から加熱し、その重量の変化を測定します。その結果、60 °C 程度から徐々に重量増加し、ZnH-MFU-4l が CO2 を取り込んでいることが確認されました。その後300 °C まで昇温しても重量はほとんど変化せず、高温下でも CO2 を保持できる可能性が示されました。
吸着等温測定の結果、室温付近 25 °C では、直線的に単調増加する吸着傾向がみられました。そのような室温での直線的な単調増加の吸着は、CO2 の弱い物理吸着に特有の傾向です。しかし、150 °C での測定の結果、1 mbar 以下の低い圧力 (= 低い CO2 分圧) に著しい取り込みが観測された後、CO2 の吸着はほぼ横ばいになりました。これは、強い吸着が 1 mbar で起こり、吸着サイトが飽和されたことを示唆します。同様の強い吸着は、300 ℃でも観測され、300 ℃ では 200 mbar 程度で吸着サイトがほぼ飽和することが明らかになりました。これは、20% 程度の CO2 濃度の高温の排ガスでも CO2 を回収できることを意味します。これらの強い CO2 吸着特性から、筆者らは ZnH-MFU-4l が、製鉄工場の高炉の排ガス (300 °C, CO2 21% 程度)、セメント工場の排ガス (300 °C, 30% 程度) の CO2 回収に適しているのではないかと提案しています。さらに、その高い CO2 親和性から、比較的CO2 濃度が低い天然ガスの燃焼排ガス (4% 程度) も高温のまま回収できる可能性があると筆者らは指摘しています。Clausius–Clapeyron の式によって、等被覆吸着エンタルピーは −93(1) kJ/mol であると見積もられ、これは報告されている MOF のなかでも最も高い値であると指摘されました。
CO2 分離の性能は、ブレークスルー分析により調査されました。ブレークスルー分析では、ミニチュアのカラムにサンプルを詰め、排ガスを模した組成既知のガスの混合物を流します。そして出口側のガスの組成を観察します。筆者らは、280 °C に加熱された窒素ガスに20% および 4% の CO2を混ぜた混合ガスを ZnH-MFU-4l のペレットが詰められたカラムに流通させました。その結果、混合ガスを流し始めた直後は出口から CO2が検出されませんでした。しばらくすると、入り口の濃度と同じ濃度の CO2 が検出され始めました。これは、ZnH-MFU-4l が CO2 で飽和してこれ以上 CO2 を取り込めなくなったことを示しています。ブレークスルー分析の結果から、それぞれの条件において 90% 以上の効率で CO2を回収できることが示されました。
主張の有効性検討2: CO2 吸着機構の調査
CO2 の吸着機構は、IR、 固体 NMR、in situ 粉末 X 線回折によって、確かめられました (論文 Figure 3)。具体的には、ZnH-MFU-4l の亜鉛–ヒドリド種が高温下で CO2 に曝されることによって亜鉛–ギ酸種を持つ Zn(O2CH)-MFU-4l に変換されることが示唆されました。
ZnH-MFU-4l が室温下では CO2 と反応せず、高温下でのみ反応する理由について、筆者らは反応速度測定および DFT 計算を用いて調査しました (論文 Figure 4)。まず、Zn(O2CH)-MFU-4l の脱炭酸および ZnH-MFU-4l の CO2 挿入反応の反応速度を様々な温度で調査しました。脱炭酸過程も CO2 挿入過程もどちらも、擬一次反応のふるまいを見せました。そこで、異なる温度での反応速度をEyring の式を用いて分析したところ、CO2 挿入反応において、著しく大きい活性化エントロピー障壁 ∆S‡ が示唆されました。一方、脱炭酸においては、∆S‡ はそれほど大きくなく、むしろ活性化エンタルピー障壁 ∆H‡ が CO2 挿入のそれよりも著しく大きいことが示されました。
DFT 化学により、遷移状態を探索し、活性化エネルギーが見積もられました。その結果、ZnH-MFU-4l への CO2 挿入においては、遷移状態で CO2 の O 原子が Zn へ攻撃するために Zn–H 結合が傾いていると示唆されました。このとき、Zn–H の H原子は 配位子のベンゾトリアゾールに非常に接近せざるをえなくなっていました。このように Zn–H 種の周りの立体的環境が込み合っていることが、CO2 が Zn–H を攻撃するときの立体的要請を生み、大きな ∆S‡ を生んでいると結論付けられました。実際にその遷移状態から見積もられた ∆H‡ と ∆S‡ の傾向は、実験値とよく似ていました。そして、それらの∆H‡ と ∆S‡ から室温付近 (25 °C) と 275 °C での反応速度を見積もると、275 °C の方が、反応速度が 5 桁も向上することが示唆され、室温では実質的に反応が起こらないという実験結果を裏付けました。
コメント
常識的には反応活性な分子性の亜鉛ヒドリド錯体に対して、なぜか安定な亜鉛ヒドリド種を持つ MOF が存在していたことに対して疑問を持ち、その原因を調査するという基礎的なリサーチクエスチョンが発端となっており、基礎無機化学の視点から MOF 研究をする Long 研究室らしい着眼点と言えます。そして得られた結果を基礎的な知見としてとどめずに、化学産業界へのインパクトを説くことによって、トップジャーナルへの掲載を納得させるストーリーとして仕上がっています。記事中では述べませんでしたが、CO2 吸着のサイクル実験 (Figure 2c) や SOx などの排ガスの微量成分に対する耐性なども SI に掲載されており網羅的です 。従来のMOF を用いた CO2 分離の研究では、回収した CO2 をいかに効率よく放出できるどうかや水に対する選択性などが標的にされてきましたが、逆に「強すぎる CO2 親和性を持っていたとしても、排ガスを高温のまま CO2 分離すればよいのでは?」という新しい方向性を示した点で発想の転換が巧いです。このような起点が利くのは、基礎化学者でありながら化学プロセスについて熟知してしている視野の広さであり、大学研究者であったとしても化学プロセスについて勉強することの大事さが学べます。
あえて批判をするならば、この MFU-4l の配位子 H2btdd は、溶解性が悪いうえに高価なので、工業的なスケールアップには課題が生じるかもしれないということです。しかし、ここで報告された ZnH-MFU-4l そのもののスケールアップが難しかったとしても、MOF のよさはその化学調節性であって、似たクラスターを持つ構造体を別の配位子で合成すれば類似した CO2 吸着特性が得られるとも考えられます。今後、MOF を利用した高温での CO2 分離の発展に期待が持たれます。
次に読むべき論文は?
Long らによる CO2 分離についてのレビュー8
Siegelman, R. L.; Kim, E. J.; Long, J. R. Porous Materials for Carbon Dioxide Separations. Nat. Mater. 2021, 20 (8), 1060–1072. DOI: 10.1038/s41563-021-01054-8
レビューです。
Shimizu らによる安定で大量合成可能な CO2 分離 MOF CALF-20 の報告9
Lin, J.-B.; Nguyen, T. T. T.; Vaidhyanathan, R.; Burner, J.; Taylor, J. M.; Durekova, H.; Akhtar, F.; Mah, R. K.; Ghaffari-Nik, O.; Marx, S.; Fylstra, N.; Iremonger, S. S.; Dawson, K. W.; Sarkar, P.; Hovington, P.; Rajendran, A.; Woo, T. K.; Shimizu, G. K. H. A Scalable Metal-Organic Framework as a Durable Physisorbent for Carbon Dioxide Capture. Science 2021, 374 (6574), 1464–1469. DOI: 10.1126/science.abi7281
物理吸着による CO2 回収材料の報告です。水への低い親和性にくわえて、排ガスに含まれる腐食性のガスである NO や NO2 への耐久性、さらにはキログラムスケールでの大量合成もテストされており、産業化可能で実用プロセスに耐えうる化合物として報告されています。MOF による CO2 分離の分野において求められている特性などを学ぶことができます。
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関連リンク
- This MOF is hot to go (C&EN)
- Breakthrough in capturing ‘hot’ CO2 from industrial exhaust (Berkeley news)
- Long 研究室のホームページ
参考文献
- Rohde, R. C.; Carsch, K. M.; Dods, M. N.; Jiang, H. Z. H.; McIsaac, A. R.; Klein, R. A.; Kwon, H.; Karstens, S. L.; Wang, Y.; Huang, A. J.; Taylor, J. W.; Yabuuchi, Y.; Tkachenko, N. V.; Meihaus, K. R.; Furukawa, H.; Yahne, D. R.; Engler, K. E.; Bustillo, K. C.; Minor, A. M.; Reimer, J. A.; Head-Gordon, M.; Brown, C. M.; Long, J. R. High-Temperature Carbon Dioxide Capture in a Porous Material with Terminal Zinc Hydride Sites. Science 2024, 386 (6723), 814–819. DOI: 10.1126/science.adk5697
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- Lin, J.-B.; Nguyen, T. T. T.; Vaidhyanathan, R.; Burner, J.; Taylor, J. M.; Durekova, H.; Akhtar, F.; Mah, R. K.; Ghaffari-Nik, O.; Marx, S.; Fylstra, N.; Iremonger, S. S.; Dawson, K. W.; Sarkar, P.; Hovington, P.; Rajendran, A.; Woo, T. K.; Shimizu, G. K. H. A Scalable Metal-Organic Framework as a Durable Physisorbent for Carbon Dioxide Capture. Science 2021, 374 (6574), 1464–1469. DOI: 10.1126/science.abi7281