第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大貴 (いもと だいき)さんにお願いしました! なお、このシュッとしたアイキャッチ画像も自前で作られており、名古屋大学ITbMの高橋一誠講師により作成されたものです!
伊丹先生らのグループはいつも構造有機化学の最先端を行く驚きの画期的な機能性分子を次々に生み出されていますが、今回も最高にカッコいい分子を報告されています。
今回ご紹介いただけるのは、その名も“超分子二層カーボンナノチューブ”です! 今回もとにかく見た目がイカした綺麗な分子で、見た瞬間にこれはあそこの仕事だ、と分かる構造でした。Angew. Chem. Int. Ed.誌にて公開され、名古屋大学および理化学研究所からプレスリリースされています。インタビューでは、芸術的なこの構造の発見に至るまでの井本さんの根性と努力のドラマが垣間見れます!
“A Double-walled Noncovalent Carbon Nanotube by Columnar Packing of Nanotube Fragments”,
Daiki Imoto, Dr. Hiroki Shudo, Prof. Dr. Akiko Yagi*, Prof. Dr. Kenichiro Itami*,
Angew. Chem. Int. Ed. 2024, e202413828. DOI: 10.1002/anie.202413828
本研究を主導された八木亜樹子特任准教授 (名古屋大学)と、伊丹健一郎 主任研究員 (理化学研究所)のご両名より、井本さんへのメッセージをいただいています。
まずは八木先生のコメントです!
井本くんは何でも卒なくこなし、幅広い知識を持ち、面倒見が良く皆に慕われ、学部生の頃から博士学生に間違われる存在である一方、留学前日に財布をなくしてピンチになったり、歯磨き粉と入れ歯固定剤を間違えて買って使い、自分で自分の口を封じてしまったりなどぶっとんだお茶目さをもつ我がチームのエースです。
今回の研究では、結晶中で一次元に並んだナノベルト・ナノリング複合体を井本くんに描いてもらうと、もはやトウモロコシにしか見えませんでした。
プレゼンの背景にほぼ誰もわからないレベルで薄っすらとうもろこし畑を映して、自分たちだけで爆笑してたのは愛おしい思い出です。井本くんの、卒なくこなしているように見えるけど実はたくさん地道な努力を重ねているところ、何事も自分で考え理解しようとする姿勢、周囲と協調しつつも流されることのない自我がエースたる所以です。
心から尊敬するとともに、彼の日々のラボへの貢献、一緒に研究できる幸運に深く感謝しています。
井本くんが今後理研で進める研究もとっても面白いので、読んでくださっている方々に井本大貴をバッチリ覚えてもらえると嬉しいです!八木 亜樹子
続けて、伊丹先生のコメントはこちらです!
今回の主役の井本大貴君は4年生として研究室配属された時から明らかにキラキラと輝いていました。とにかく別格でした。好奇心の塊、飽くなき知識欲、恐れを知らない化学妄想力、桁違いの努力家、そして他者やチームのために捧げる清い心。研究室で一番質問し、そして数えきれない新しい研究プロポーザルをします(ゲテモノ喰いも笑)。どれもこれも、研究室の活性化への貢献が絶大で、井本君への感謝の言葉と賛辞しか思いつきません。
今回の研究は、確かに僕の思いつき(つぶやき)からスタートしましたが、井本君でなければ、あの美しい超分子二層カーボンナノチューブは僕らの目の前には現れませんでした。彼と周戸君と八木さんにX線解析装置の部屋に呼び出され(笑)、その構造を目にした時の興奮は忘れられません。興奮しすぎて、次これしようあれしようと10個ぐらいクレイジーなことをワーワー言ったことは覚えています(笑)。
ただ、そこからがまたとんでもなく大変でした。論文として世に出すために、包接ナノベルトのディスオーダ問題をなんとしても解決する必要がありました。大興奮の初期構造登場から、かなりの時間が経ち、僕自身もやっぱり厳しいかなと諦めかけていた頃(すでに1年半が経過)、突然井本君から「ディスオーダ問題を解決しました!」とメッセージが届きました。どうやって?と聞くと、とんでもなくアナログかつ気の遠くなるような手探り戦法でした。どの教科書にも載っていない井本流ど根性解析法でした。デジタル化や自動化の潮流の中で、真逆の方法で栄冠を見事勝ち取った井本君を大尊敬するとともに、とても大切なことを教えてもらったと思っています。がむしゃら!突き抜けるにはやはりこれです。
スポンジのように毎日何かを吸収し、研究者として大成長していく井本君と研究できることにとにかく感謝しています。彼とのディスカッションはいつも刺激的でインスパイアそのものです。今後も新しくまたクレイジーなアイディアの出し合い合戦を彼と楽しみたいと思います!井本君、今回は本当におめでとう!伊丹健一郎
それでは、井本さんのインタビューをお楽しみください! 努力の末に解析が成功した時の感動が伝わってきます!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、直径の異なる2種類の短いカーボンナノチューブ分子(カーボンナノベルトとフッ素化カーボンナノリング)が、高い会合定数でホスト-ゲスト複合体を形成することを見出しました。また、この複合体を結晶中で一直線上に整列させ、超分子2層ナノチューブを構築することに成功しました (図1)。
カーボンナノチューブ(CNT:Carbon Nanotube)は、1991年に飯島澄男博士らにより初めて発見された筒状炭素物質です。その中でも同軸の2層のナノチューブから構成されている2層CNTは単層CNTよりも熱的・化学的に安定で、多層CNTよりも柔軟であることが知られています。アームチェア型CNTの部分構造をもつ分子として、リング構造を持つシクロパラフェニレン(CPP:Cycloparaphenylene)などのナノリングやベルト状構造を持つカーボンナノベルト(CNB:Carbon Nanobelt)などのベルト状分子(ナノベルト)が合成されています。これらのCNT断片のホスト–ゲスト複合体は、最小の2層CNTと見なすことができるため、近年これらのホスト–ゲスト複合体の合成と物性評価も盛んに行われています。また、これら複合体を一直線上に配列させたナノチューブ(超分子2層CNT)は2層CNTを構成する全ての炭素原子を有するため、2層CNTのボトムアップ合成のための潜在的なプラットフォームとして機能する点も大きな期待を集めています。
超分子2層CNTを構築するためには、ホスト–ゲスト間の結びつきを強固にし、さらにその複合体の配列を制御する必要があります。そこで今回、ゲスト分子とホスト分子間の電気的な相互作用を活かし、ホスト–ゲスト間の結びつきを強くする方法を考案しました。ゲスト分子としては比較的電子豊富で剛直な筒状分子である(6,6)CNB[1]を、ホスト分子としては電子不足で、さまざまな環サイズを一挙に合成することができるフッ素化CPPであるペルフルオロシクロパラフェニレン(PFCPP)[2]を用いることにしました(図2)。どちらも、所属する伊丹研究室で開発された分子です。
種々の検討を行った結果、ベンゼン環12個から成るPFCPPであるPF[12]CPPが(6,6)CNBと最も強く相互作用し、複合体(PF[12]CPP⊃(6,6)CNB)を形成することが分かりました。複合体の構造はX線結晶構造解析によって確認し、PF[12]CPP中に(6,6)CNBが位置する二重丸(◎)のような構造(ベルト in リング複合体)を取ることを明らかにしました。
合成した複合体を結晶中で配列させて超分子2層CNTを構築するためには、複合体同士をつなぐように内部空間を埋める「接着剤」として働く分子が必要だと考えました。そこで、サイズの小さな溶媒を用いれば複合体の内部空間を柔軟に埋めることができるため、複合体同士を一直線上に配列させられると考えました。実際に、サイズの小さなクロロホルムを溶媒として用いて結晶化を行うことで、複合体が一直線上に配列した超分子2層CNTの構築を達成しました。クロロホルムが二つの複合体をつなぐ接着剤の役割を果たしたのではないかと考えています。
Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。
超分子ナノチューブ構築に向けた結晶化溶媒の探索とそのX線構造解析におけるディスオーダー解析です。当初は複合体同士を貫通するような長いアルキル鎖を用いることで超分子ナノチューブが構築できると考えて結晶化を試みていました。しかし結晶化溶媒にどのようなアルキル鎖を用いても、複合体から飛び出したアルキル鎖同士の反発を避けるようにずれた積層構造をとってしまうことがわかりました。
最終的にはクロロホルムのみをゆっくり蒸発させることでオレンジ色の針状結晶が得られましたが、複合体中の(6,6)CNBが凄まじくディスオーダーしていることがX線構造解析からわかりました。このディスオーダーの解析には1年半の月日を費やしましたが、解析に成功して超分子ナノチューブの構造が見えた時には本当に感動しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
とにかくディスオーダー解析に苦労しました。クロロホルムを蒸発させることで針状結晶を得ること自体は早期に達成でき、さらにこの結晶が超分子ナノチューブ構造をもっていそうなことも確認できていました。しかしユニットの対称性が高すぎることもあり複合体中の(6,6)CNBのディスオーダーを解析することができませんでした。さまざまな解析手法を試す中で(6,6)CNBの座標を手打ちしてCNBの構造を無理やり表示させることを思いつき、それを元に解析を行うことでなんとかディスオーダーを解き切ることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
本研究で合成した超分子ナノチューブは、材料としての応用も見据えた更なる研究を行っている最中です。大変ありがたいことに、自分達では思いつかなかったような幅広い融合研究への展開が実現しているので、博士課程在籍中は新しいことにどんどん挑戦していきたいと考えています。またこの研究を行う中で新しい装置や新たな分野に触れることの面白さを実感したので、今後は有機合成化学を基軸にしつつも新分野に飛び出したいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ケムステは普段から大変お世話になっているサイトであり、こちらに取り上げていただけて非常に光栄です。記事の依頼をいただいた時には嬉しすぎてひっくり返りました。このような貴重な機会を与えていただきましたChem-Stationのスタッフの皆様に感謝申し上げます。
本研究は伊丹さんの、「PFCPPのホストゲスト気になるんやけど誰かやってみん?」という何気ない一言に飛びついたところから始まりました。自分の専門分野から少し離れた研究、応用展開にも臆せず手を出してみるというスタンスが魅力的な研究への第一歩だということを実感しました。皆様にも指導教官の先生たちの何気ない一言を拾って、少しだけでも試してみることをお勧めします。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり、的確な指導とアドバイスで研究を成功に導いていただいた伊丹健一郎 主任研究員 (理化学研究所)、八木亜樹子特任准教授 (名古屋大学)に厚く御礼申し上げます。また、いつも活発な議論をしていただき、研究生活を支えてくださった伊丹研究室の皆様に感謝申し上げます。
関連リンク
- 井本さん記事:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202413828
- 日本語プレスリリース:https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/10/2-in.html
- 八木亜樹子特任准教授:https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/researchers_voice/2024/01/no46.html
- 伊丹健一郎 主任研究員:https://www.riken.jp/research/labs/chief/mol_create/index.html
研究者の略歴
名前: 井本 大貴 (いもと だいき)
所属: 名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室 D1
略歴:
2022年3月 名古屋大学 理学部化学科 卒業
2024年3月 名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 博士前期課程 修了
2024年4月〜現在 名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 博士後期課程
2024年〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)