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スポットライトリサーチ

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

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第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福光 真人 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、分子・高分子ユニットを二次元構造へ集合化させる超分子足場を用いたクロモフォア(発色団)の二次元集合体に関する研究です。二次元構造の分子集合体は自発的な分子集合だけでは構築することが困難とされています。今回、三脚型トリプチセンを二次元超分子足場として利用することで、一重項分裂を促進する配置のペンタセン誘導体の集合化を報告されました。一重項分裂は、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できる現象で、薄膜太陽電池などのエネルギーデバイスの性能向上の観点からも注目を集めています。本成果は、Science Advances 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

Supramolecular scaffold–directed two-dimensional assembly of pentacene into a configuration to facilitate singlet fission
Fukumitsu, M.; Fukui, T.; Shoji, Y.; Kajitani, T.; Khan, R.; Tkachenko, N. V.; Sakai, H.; Hasobe, T.; Fukushima, T. Sci. Adv. 2024, 10, eadn7763. DOI: 10.1126/sciadv.adn7763

研究を指導された福井智也 助教から、福光さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

福光真人君は、東京高等専門学校の本科、専攻科を卒業後、2020年4月に本学大学院に入学し、福島研究室に配属された学生です。福光君は、当研究室で開発した二次元集合化能を示す三脚型トリプチセン誘導体を超分子足場とし、π電子系分子ユニットやπ共役高分子の精密集積化と機能開発を目指す研究に邁進しています。「実験室には常に福光君の姿あり」というくらい、実験台にかじりついている学生です。日々、論文を読んで新しい知識を習得したり、情報を収集したりすることも怠らず、それを活かして分子の設計と合成に積極的に取り組み、新たな分子の性質を完璧に明らかにするための努力を惜しみません。今回の研究成果は、まさしく福光君の不断の努力が結実したものです。

福光君は先輩、後輩の垣根なく、誰とでも気さくに打ち解けられるコミュニケーション能力を活かして、研究室の活動においてもリーダーシップを発揮しています。特に後輩の面倒見の良さは特筆すべきものがあり、多くの学生から多大な信頼を得ています。また学会等の若手の会の活動にも積極的に参加し、そこで知り合った他大学の友人の公聴会へもわざわざ出向いて出席するなど、人と人との繋がりを本当に大切にしている学生です。

博士号を取得した後、福光君は企業の研究者として新しい道を歩む予定ですが、福光君は持ち前の粘り強さと向上心を発揮し、社会でも大いなる活躍をするものと強い期待を寄せています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

優れた二次元集合化能をもつ三脚型トリプチセンをペンタセンクロモフォアに修飾したサンドイッチ型誘導体を合成し、効率的な一重項分裂(Singlet Fission: SF)の発現に適した空間配置へクロモフォアを集積化させることで、高速かつ高効率なSFを実現しました。

一重項分裂(SF)は、一つの励起一重項状態(S1)から励起三重項対 [(T1T1)*] の形成を介して二つのフリーな励起三重項状態(T1 + T1)が生成される現象であり(図1)、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できるため、薄膜太陽電池や光電子デバイスの性能向上の観点からも大きな注目を集めています。固体状態において高効率なSFを発現させるためには以下の二つの条件を満たす必要があります。一つ目は、励起三重項対を形成するためにクロモフォア同士の軌道間に十分な重なりをもたせることです。二つ目は、励起三重項対が二つの励起三重項状態へ解離するためにクロモフォア周りにコンフォメーション変化が可能な空間を与えることです。しかしながら、これら二つの条件の両方を満たす集合構造を合理的に設計することは容易ではありません。

図1. 一重項分裂における励起三重項対の形成とフリー三重項への解離

私の所属する福島研究室では、多様な分子や高分子を特定の構造へと集積化するための方法論として、超分子足場を用いたアプローチを提案してきました1。超分子足場とは、化学修飾を施してもそれ特有の集合構造の形成を保証できる分子ビルディングブロックです。なかでも、優れた二次元集合化能を示す三脚型トリプチセンを二次元超分子足場として利用することで、フラーレンなどのπ電子系分子ユニット2や高分子3の二次元集積化に成功しています。これらの成果の一部は過去にChem-Stationでもご紹介頂いていますので、興味のある方はご参照ください46

本研究では、三脚型トリプチセンを二次元超分子足場として利用することで、固体状態で効率的な一重項分裂を発現させるため、上述した二つの条件を満たす空間配置にクロモフォアを集合化させるという課題に取り組みました。三脚型トリプチセンの二次元集合構造の幾何学的特徴を考えたとき、トリプチセンの橋頭位にペンタセンクロモフォアを配置した構造においては、クロモフォア間が約 4 Åの距離に配置されます(図2)。この集合構造では、隣接するクロモフォア間に軌道の重なりをもたせつつ、コンフォメーション変化を許容する空間をクロモフォア周りに設計できると考えられます。この幾何学的考察に基づき、一重項分裂を示すクロモフォアとしてよく知られたアセン類であるペンタセンとアントラセンに対し、二つの三脚型トリプチセンユニットを修飾したサインドイッチ型誘導体(1, 2)を設計しました(図2)。サインドイッチ型の分子設計を採用した理由は、アセン同士の強いスタッキングを抑制するためです。

図2. 一重項分裂における励起三重項対の形成とフリー三重項への解離

実際に二つの誘導体(1, 2)を合成し、集合構造をX線回折測定により詳細に評価したところ、どちらの化合物も固体状態とドロップキャストフィルムの形態で目的とする二次元構造を形成することがわかりました(図2)。興味深いことに、1, 2のドロップキャストフィルムの吸収スペクトルを測定したところ、クロモフォア間の相互作用に顕著な違いが見られました。分子長の長いペンタセン誘導体1のフィルムにおいてはクロモフォア間の強い電子的相互作用が示されるのに対し、分子長の短いアントラセン誘導体2のフィルムにおいてはクロモフォア間の明確な相互作用は見られませんでした。この違いは、励起状態の緩和過程にも影響を及ぼしています。フェムト秒過渡吸収スペクトル測定の結果、ペンタセン誘導体1のフィルムにおいては、励起一重項状態から高速かつ効率的なSFにより励起三重項対(ΦSF = 88±5 %, kSF = 5.9×1012 s–1)が形成され、さらに励起三重項対が二つの励起三重項状態へ高効率(ΦT = 130±8.8 %)に解離することが明らかになりました(図2)。一方、アントラセン誘導体2のフィルムにおいては、クロモフォア間に電子的相互作用が働かないため、SFを示しません。以上の結果は、三脚型トリプチセンを二次元超分子足場として用いたペンタセンクロモフォアの二次元集積化によって、クロモフォア間に十分な電子的相互作用を持たせつつ、クロモフォアのコンフォメーション変化を許容する空間を確保した集合構造が実現できたことを明示しています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

ペンタセン誘導体に思い入れがあります。実は、最初に設計、合成した分子はアントラセン誘導体でした。その理由は、アントラセンの分子長(約0.9 nm)が三脚型トリプチセンのサイズ(約0.9 nm)と同程度であるため、二次元集合構造を形成するのに適したクロモフォアなのではないかと考えていたからです。一方、ペンタセンの分子長(1.4 nm)は三脚型トリプチセンよりも1.6倍ほど分子長が長いため、二次元集合構造を形成するのは難しいかもしれないと当時は考えていました。予想に反して、粉末X線回折測定からペンタセン誘導体が目的の集合構造を形成していること示す回折像が見えたときの驚きは今も鮮明に覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

このテーマで難しかったことは化合物の合成と一重項分裂特性の評価でした。本研究で用いた誘導体は、市販の試薬から計18段階のステップを経て合成する必要がありました。そのため、各誘導体を各種測定に必要な量(150 mg程度)合成することは一筋縄にはいきませんでした。特に、エチニル置換トリプチセンからアントラセン誘導体を初めて合成した時の収率は4%で、収率を上げるための条件検討に苦労しました。いち早く目的化合物を合成したい気持ちから、私が無茶な実験スケジュールを組んでしまったこともありました。それにより助教の福井先生に終電を逃させ、連日タクシー帰りをさせてしまったことは、今となってはいい思い出です(笑)。

また、ペンタセン誘導体のキャストフィルムにおける一重項分裂が超高速なプロセスであったため、厳密な評価をすることにとても苦労しました。最終的に超高速分光の専門家であるテンペレ大学のTkachenko先生、慶應義塾大学の羽曾部先生・酒井先生らと共同でフェムト秒過渡吸収測定や詳細な解析を進めることで、高速かつ効率的な一重項分裂特性を示すことを明らかにできました。

一つ心残りなことがあります。今年5月にTkachenko先生がご逝去され、この論文のアクセプトを一緒に喜べなかったことが残念でなりません。この場を借りて、Tkachenko先生に対する心からの感謝とご冥福をお祈りいたします。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私が所属している福島・庄子研究室7には超分子化学、高分子化学、典型元素化学、錯体化学といった広い研究バックグラウンドをもつ先生方、そして多様な物質を対象に研究に励む学生たちがいます。私は福島・庄子研究室に在籍した5年間で先生方、学生たちと密に交流する機会に恵まれ、新しい知識を増やすことができたと思っています。福島・庄子研究室で身につけた化学のバックグラウンドは私の強みになると信じています。また、プライベートな面では、最近、世界史や地政学などにも興味も持つようになりました。私は自分の興味や関心に正直に向き合って人生を歩みたいと思います。これからも化学だけでなく分野外の知識も吸収していき、将来的には、そのような知識や技術を掛け合わせることで新たなモノや技術を創出していきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。日頃からお世話になっているChem-Stationのスポットライトリサーチに取り上げていただいたことを大変光栄に思っています。

この記事の読者は大学院生や教員の方々が多いと思うので、私が何かメッセージを送ることは僭越ですが、「大学院生は失敗を恐れずに自由に研究をして、教員は学生の挑戦を許容する環境を作ること」が大事なのではないかと強く感じています。何か思いついたことがあったとしても、「失敗するのじゃないか」とか「他者の目を気にして」諦めてしまうのはもったいないなと思ってしまいます。私は、人生の8割くらいは上手くいかないし、物事の本質は失敗の繰り返しのなかから得られた成功から見えてくるものだと信じています。大学院生の方には、恐れずに、自由に研究活動を楽しんで欲しいなと思います。私は博士課程修了まで限られた時間しかありませんが、福島・庄子研究室で新たなことに自由に挑戦させて頂いているので、逆に私の責任として、それらをしっかり成果にまとめられるよう頑張っていきます。

最後に、本研究を進めるにあたり、ご指導頂いた福島孝典教授、庄子良晃准教授、福井智也助教、梶谷孝博士、共同研究者の慶應義塾大学の羽曾部卓教授、酒井隼人講師、福島・庄子研究室の皆さんをはじめ、支えてくださった皆さんにこの場を借りて深く感謝申し上げます。また、このような機会を頂きました Chem-Station のスタッフの方々に御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:福光 真人ふくみつ まさと
所属:東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 応用化学コース
最近嬉しかった事: お姉ちゃんに子供ができたこと
略歴:
2018年3月           東京工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2020年3月           東京工業高等専門学校 物質工学専攻 卒業
2022年3月           東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 応用化学コース 修士課程修了
現在                    東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 応用化学コース 博士課程 在学中

関連リンク

  1. F. Ishiwari, Y. Shoji, T. Fukushima, Supramolecular scaffolds enabling the controlled assembly of functional molecular units. Chem. Sci. 9, 2028–2041 (2018).
  2. (a) F. K.-C. Leung, F. Ishiwari, T. Kajitani, Y. Shoji, T. Hikima, M. Takata, A. Saeki, S. Seki, Y. M. A. Yamada, T. Fukushima, Supramolecular Scaffold for Tailoring the Two-Dimensional Assembly of Functional Molecular Units into Organic Thin Films. J. Am. Chem. Soc. 138, 11727–11733 (2016). (b) T. Ogawa, F. Ishiwari, F. Hajjaj, Y. Shoji, T. Kajitani, K. Yazawa, T. Ohkubo, T. Fukushima, 2D hexagonal assembly of dipolar rotor with a close interval of 0.8 nm using a triptycene-based supramolecular scaffold. Chem. Sci. 15, 11021–11028 (2024).
  3. (a) F. Ishiwari, G. Okabe, H. Ogiwara, T. Kajitani, M. Tokita, M. Takata, T. Fukushima, Terminal functionalization with a triptycene motif that dramatically changes the structural and physical properties of an amorphous polymer. J. Am. Chem. Soc. 140, 13497–13502 (2018). (b) Y. Chen, F. Ishiwari, T. Fukui, T. Kajitani, H. Liu, X. Liang, K. Nakajima, M. Tokita, T. Fukushima, Overcoming the entropy of polymer chains by making a plane with terminal groups: a thermoplastic PDMS with a long-range 1D structural order. Chem. Sci. 14, 2431–2440 (2023). (c) J. Yu, A. Itagaki, Y. Chen, T. Fukui, F. Ishiwari, T. Kajitani, T. Fukushima, Effective design for long-range polymer ordering using triptycene-containing side chains. Macromolecules 56, 4556–4565 (2023). など
  4. センチメートルサイズで均一の有機分子薄膜をつくる!”シンプル イズ ザ ベスト”の極意 (ケムステ記事, リンク)
  5. わずかな末端修飾で粘度が1万倍も変わる高分子 (ケムステ記事, リンク)
  6. プラスチックに数層の分子配向膜を形成する手法の開発 (ケムステ記事, リンク)
  7. 福島・庄子研究室ホームページ (リンク)

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