Tshozoです。タイトルの件、本国で特に大きなイベントはないようなのですが、筆者が書かずに誰が書く、と思ったのでちょっと短いですがやってまいります。
まず、彼の生誕150周年に合わせて彼が社長をつとめたBASFのこちらのページで美しいヘッダー画像とともに素晴らしい文章で彼の偉業と当時の複雑な欧州事情、また本心ではやりたくなかったであろう戦争への関わり、そして本人の人となりが紹介されておりこれまでの筆者の詳細記事が要らないくらいです。窒素化学に関わられている、あるいは関わっていこうとされている方は必読で、特に同僚や近しい方々による彼の肖像の記述は筆者も一部を除いてほとんど見たことが無く、歴史的にも貴重なものばかり。是非保存しておきましょう。
筆者が20年にわたって今までかき集めたCarl Boschの画像を総動員した
150年生誕画像でございます
あと欧州でしか入手できないようですが生誕150年を記念した非常に美しい切手がドイツ郵政省から発売されています! 知人が居られる方は是非入手しましょう!!!(紹介しているドイツ経産省リンク、販売しているドイツ郵政省リンク)
で、加えて今年度に欧州行かれます各位、再度の案内になりますがハイデルベルグにあるCarl Bosch Museum(リンク)には必ず行きましょう! google mapでも見れるとおり、小高い丘の上にある綺麗な建物がそれで、ご本人の人となり、人生、貢献した工業化技術、関係された方々の極めて貴重な資料が山盛り。筆者は行くなら長期間滞在して掲示物を網羅したいと思っているくらいです。
知り合いからもらった写真/再掲 手前左側が開発初期の中型
なお敷地に入るといきなりこ↑れ↓があるんですよ!? アンモニア合成に使われた超高圧リアクター(初期開発品)と関係する重要な設備の現物!!! 化学者、技術者の精神があるならば絶対に見ておくべきです! 筆者は自由に使えるお金が無いのでまだ行けません!
こちらは合成前のモータ封止型高圧圧縮タービン(のはず) “モグラ”と呼ばれていた
知り合いが現地で撮影 だいぶ前なので少し様子が変わっているかも
1.Carl Boschとは その実績おさらい
言わずと知れたハーバー・ボッシュ法工業化の父のひとりで1874年8月28日生まれ。工業化学、無機化学、固体触媒、冶金工学+冶金化学、高耐久金属、高分子化学のほとんどの工業化に絶大な貢献をした、20世紀最大の科学者であり経営者のひとりです。100年以上の前に拓かれた領域で現代でも通用する物理学というのは山ほどありますが、現代でも通用する工業技術あるいはテクノロジーというのはなかなかない。しかし彼の創った世界と技術は実はその基盤がほとんど変わっていない。もちろん関係する技術で偉大な改良はありますが、創成はなかなか見当たらない。
そのうち、ハーバーボッシュ法はもちろん、現代でもいちばんインパクトがあるのが耐食性合金の開発。大学時代に冶金工学を修めていたBoschは金属の組成や特性に極めて強く、当時アンモニア合成で高強度・高耐食性の合金類が必要になった際も自分で指示して作らせるのに加えなんと鉄鋼会社(現Tyssenkrupp)に自ら乗り込んでその会社の技術者と一緒に作り上げていき、その結果出来上がったのが現代でも使われるステンレスをはじめとする(当時)特殊合金類。アンモニア合成プラントにはもちろんBASFのその他のプラントにも使われたほか、世界的に応用されていく技術的下地を創ったとも言えます。なおこの時高圧化学を発展させた関係で同時に高強度鋼のラインナップを完成させ、まさにドイツ鉄鋼業界を底上げした恐ろしい実績も持ちます。
加えて合成ゴムの工業化。Staudingerがゴムの理論を作り上げるやいなやBunaと言われる弾性体の試作に成功していて、バイク、車、トラックといった運搬関係の軍事物資としてだけでなくその後のモータリゼーションに大いに活躍しました。もちろんこうした技術はBosch単独の力ではなかったのと同時代に似たようなことをやっている研究機関や企業はありましたが、工業化はだいたいI.G. Farbenが最初でした(BayerもAgfaもいましたからね、、、)。
そのほか樹脂関係で著名なところで言うと工業やクラフトワーク、また半導体パッケージ等幅に非常に広く使われていて種類も組成も各メーカごとにラーメンの出汁みたいに種類があるという、機能性材料を開発された方なら1度は使っているであろうエポキシ樹脂も、実はI.G.Farbenに所属していたPaul Schlackというシュツットガルト工科大学出身の化学者が1934年に世界初の合成に成功していたわけでして。ちょうどBoschがIGの経営から外れるか前後の取り組みなので微妙なタイミングではありますのと細かいところに関わっていたのかはさすがにちょっと怪しいところなのですが、様々な研究の方向性や応用分野を見据えたベクトルはコントロールしていたはずと考えることは妥当なのではないかと。
なおこのSchlackは欧州圏の高分子の申し子みたいな方で、この4年後にデュポンのカロザースが合成に成功していた66ナイロンとほぼ同じ特性を持ち、かつその特許をかいくぐった6ナイロンというものもあっさり合成、製品化に成功してしまいます。最終的には旧ヘキストのお雇い技術者になり1987年までご存命で、色々関連文書も残っていそうなのでまた調べてみたいもんです(それなりに伝記のようなものも見つかります:リンク例)。
あとは農業化学の発展。合成肥料、農薬のうち合成肥料の方は実質彼がほとんど全て取り仕切ってその方向性を作っていたことがわかっています。もちろん賛否はあるのはわかりますが、現実問題この2つが無いと食料供給が成り立たなくなっているのも事実。あとは科学者たちが、どうやって合成肥料を最小限に、農薬を最小量にしていくかを考えなくてはならないという課題まで置いて行ってしまいました。
BASFが出した人口肥料の優位性を示す広告
正直悪趣味だが、、、以前の記事より再掲
ということで技術を志す方々、あるいは技術を生業にされている方々には是非とも彼の人生が記述されている「大気を変える錬金術」(みすず書房)の一読をお勧めいたします。筆者のこちらでの記事のかきはじめもその書籍に関わる文章だったので、自分の基礎を思い返す意味でもまた読んでみる必要があると考えております。
アマゾンの書誌リンク どうも改訂を重ねて内容が第一版より充実しているらしい
2.ただし、、、
ただし、です。彼が生きていたのは1874年8月27日~1940年4月26日。没年は例のチョビ髭がドイツ全権を握っていた前後のややこしい時期。彼自身は科学者、経営者、ドイツ化学界の親分として様々なバランスを取ろうとしていましたが、様々な文献を読む限り本人が優秀すぎて強すぎて純粋に過ぎた。また例の本にも人付き合いがあまりうまくなかった、という記載があったりします。つまりチョビ髭を懐柔して、ということではなく真っ向勝負で正論をぶつけようとした。彼の思想や功績の数々や、筆者が入手したある文章からも、おそらく何か善なるものに対しまだ信じるものがあったからそうしたのだと思いますが、おそらく時流を読めていなかった。チョビ髭を支えていた思想がどれだけ見当はずれのものであってもそれに「いよっ、大将!」とか言うことができなかった(そんなBoschなんざ見たくないですが、、、)。
その結果IGの要職を外れ(半ば精神を病んだと言われている)失意のうちにこの世を去ったわけですが、その彼の精神が詰まった言葉が、晩年とある講演会で喋ったという記録があるこれ↓だと思うのです(Thomas Hager “Alchemy of Air” より引用 )。
“…I have often asked myself whether it would have been better if we had not succeeded. The war perhaps would have ended sooner with less misery and on better terms. Gentlemen, these questions are all useless. Progress in science and technology cannot be stopped. They are in many respects akin to art. One can persuade the one to halt as little as the others. They drive the people who are born for them to activity.“
下線部大意:「(科学の進歩のために)生まれてきた人間を止めることなど出来はしない。
そのために生まれた人々はそのように自らを行動に駆り立てるのみだ」
基本的に技術者や研究者はどれだけ優秀な方でも世俗的権力には対抗出来ない面があります。技術のベクトルが間違っていたとしても、全く意図する方向に使われたとしても結局は使われ人であるため決定権は別の人間が持っている面が多い。Boschがチョビ髭の怒りを買って閑職に回されたり、手を出したくない分野へ企業として進出したのもその縮図ではないかと思います。
ただこの言葉はそれをわかったうえで自分が向いている方向へ進め、お前が選ぶ道だ、お前に向いている道だ、と伝えているのだと思います。そのことを示すように、冒頭に挙げたCarl Bosch Museumのフロントページには下記の言葉が書かれている。
“Wenn Sie zu wählen haben zwischen einem Genie und einem Charakter, vergessen Sie das Genie.”
大意「もし君らが才能と個性のどちらかを選ばなければならないなら、自身の才能は忘れろ」
この文を見たとき、彼の偉大な業績の足元に一切及ばない筆者ですが、失意のうえでも彼が何を伝えたかったのかの一端を理解した「ような」気がしました。権力や技術も含めこの世は万物流転諸行無常ですが、正邪合わせてであっても功罪合わせててであっても精神だけはつないでいかなければならない。そのためにこうした言葉を残してくれておるのだ、と思う次第で。
ということでしばらく色々あって書けなくなっていたCarl Boschその11以降も、この冬に再開の予定です。やっぱり読んで書いて勉強して、大事なことも都合の悪いことも全部記録してつないでいかねばならんのでしょう。ということで皆様も今年はCarl Bosch 生誕150周年であることを念頭に置きながらご活躍ください。
それでは今回はこんなところで。