[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

[スポンサーリンク]

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初めて実現した。Be–Be結合の分極は実験と計算の両面から支持された。さらに、高度に分極したBe–Be結合をもつ錯体はベリリルアニオン供給能を示した。

■ベリリウムの特性と化学

原子番号4であるベリリウムは、第二族のアルカリ土類金属としては特異な性質をもつにも関わらず、あまり研究されてこなかった元素である。ベリリウムは原子半径に対するイオン化エネルギーが大きく、完全な電荷分離が難しいため、ベリリウムを含む結合は共有結合性を有する[1, 2]。しかし、ベリリウムの化学は、その高い生体毒性から、非放射性元素の中で最も研究が進んでいない。

ベリリウム化学の中でも、ベリリウム–ベリリウム単結合(Be–Be結合)をもつ化学種の合成は挑戦的な課題である。実際、同じく第二族のMg–Mg結合をもつ錯体が2000年代初頭に合成されたのをきっかけに、様々なベリリウム(II)錯体の還元によるBe–Be結合をもつ錯体の合成が試みられてきた[1–5]。しかし、いずれも配位子や溶媒の活性化から生じた副生成物を得たのみであった。

今回の著者であるオックスフォード大学のBoronski博士とAldridge教授は、このBe–Be結合に着目してベリリウム化学の発展に尽力している。2023年には、ベリロセン(Cp–Be–Cp)をマグネシウム錯体で還元することで、Be–Be結合をもつ初の安定な錯体であるジベリロセン(Cp–Be–Be–Cp)(1)を合成に成功している[1]。今回著者らは、ジベリロセン1の配位子交換により非対称な構造を導入できれば、分極したBe–Be結合というベリリウム化学における新たな知見が得られると考えた。

図1. (A) ベリリウムの化学的特性 (B) 分極したBe–Be結合をもつ錯体(本研究)

 

“A Nucleophilic Beryllyl Complex via Metathesis at [Be–Be]2+

Boronski, J. T.; Crumpton, A. E.; Roper, A. F.; Aldridge, S. Nat. Chem. 2024, 16, 1295–1300. DOI: 10.1038/s41557-024-01534-9

論文著者の紹介

研究者: Josef T. Boronski

研究者の経歴: 
2017                                           MChem (Hons), University of York, UK (Dr. John Slattery)
2021                       Ph.D., University of Manchester, UK (Prof. Stephan T. Liddle)
2021–                                         Postdoc, University of Oxford, UK (Prof. Simon Aldridge)

研究内容: sブロック元素とpブロック元素の低原子価化合物の合成と反応性、有機アクチノイド錯体の基礎化学と電子構造

 

研究者: Simon Aldridge (研究室HP)

研究者の経歴
1992                                           BA (Hons), Jesus College, University of xford, UK
1996                                           Ph.D., University of Oxford, UK (Prof. Tony Downs)
1996–1997                              Postdoc, University of Notre Dame, USA (Prof. Thomas Fehlner)
1997–1998                              Postdoc, Imperial College London, UK (Prof. D. Michael P. Mingos)
1998–2004                              Lecturer, School of Chemistry, Cardiff University, UK
2004–2006                              Senior lecturer, Cardiff University, UK
2007–2010                              Senior lecturer, University of Oxford, UK
2010–                                         Professor, University of Oxford, UK

研究内容: 13族および14族元素を配位原子とする新規配位子の設計と合成

 

論文の概要

著者らは錯体1における配位子交換によって非対称ジベリリウム錯体を合成した(図2A)。1とKCp*をベンゼン中80° Cで4日間反応させると錯体2が得られた。また、N-複素環式ボリルオキシ(NHBO)配位子カリウム塩K[(HCDippN)2BO]とは室温1時間で反応が進行し、錯体3が得られた。

合成した23の非対称な構造はX線結晶構造解析により確認された。2のBe–BeおよびBe–Cp間距離はどちらも1と同程度である。一方で、3のBe–BeおよびBe–Cp間距離はどちらも1や2と比較して長く、3のBecpが電子豊富であると示唆された(図2B)。つまり、今回合成した二つの非対称な錯体のうち、3は配位子交換前の1とは大きく異なる分極をもつと予想される。加えて、9Be NMRにおける3の大きくシフトの異なる二つのピークも、錯体3の分極構造を示唆している。

分極が予想される3の電子構造と結合に対するさらなる理解のために量子化学計算が実施された。ELF計算における等値面はドナーアクセプター型結合に見られる半球状であり、Be–Be結合の分極による強いドナーアクセプター結合性が示された[6–8]。実験で得られたX線結晶構造解析における残留電子密度マップも同様の半球状であり、ELF計算の結果とよく一致した(図2C)。その他、QTAIMやNBOといった複数の理論解析においても、3のBeCP–BeNHBO結合はBeCP0→BeNHBOIIと表記できるほどの高度な分極構造を示した(詳細は論文参照)。

分極したBe–Be結合の反応性調査のため3に[CPh3][B(C6F5)4]を作用させると、求核性のベリリルアニオン[BeCp]が求電子性の[CPh3]+に移動した4と錯体5が形成された(図2D)。つまり、分極したBe–Be結合をもつ錯体3のベリリルアニオン供与源としての機能が明らかとなった。

図2. (A) ジベリロセン1の配位子交換 (B) X線結晶構造解析 (C) 計算結果(ELF)と実験結果(SCXRD)の比較 (論文より引用) (D) 錯体3の反応性

 

以上、分極したBe–Be結合をもつ錯体が合成され、ベリリルアニオン供与能が確認された。発展途上にあるベリリウムの化学のさらなる探究に期待が高まる。

参考文献

  1. Boronski, J. T.; Crumpton, A. E.; Wales, L. L.; Aldridge, S. Diberyllocene, a Stable Compound of Be(I) with a Be–Be Bond. Science 2023, 380, 1147–1149. DOI: 1126/science.adh4419
  2. Boronski, J. T. Alkaline Earth Metals: Homometallic Bonding. Dalton Trans. 2024, 53, 33–39. DOI: 1039/D3DT03550F
  3. Bonyhady, S. J.; Jones, C.; Nembenna, S.; Stasch, A.; Edwards, A. J.; McIntyre, G. J. β-Diketiminate-stabilized Magnesium(I) Dimers and Magnesium(II) Hydride Complexes: Synthesis, Characterization, Adduct Formation, and Reactivity Studies. Chem. Eur. J. 2010, 16, 938–955. DOI: 10.1002/chem.200902425
  4. Pearce, K. G.; Hill, M. S.; Mahon, M. F. Beryllium-centred C–H Activation of Benzene. Chem. Commun. 2023, 59, 1453–1456. DOI: 10.1039/D2CC06702A
  5. Arrowsmith, M.; Hill, M. S.; Kociok-Köhn, G.; MacDougall, D. J.; Mahon, M. F.; Mallov, I. Three-coordinate Beryllium β-Diketiminates: Synthesis and Reduction Chemistry. Inorg, Chem. 2012, 51, 13408–13418. DOI: 10.1021/ic3022968
  6. Dang, Y.; Meng, L.; Qin, M.; Li, Q.; Li, X. Stability and Donor–acceptor Bond in Dinuclear Organometallics CpM1–M2Cl3 (M1, M2 = B, Al, Ga, In; Cp = η5-C5H5). Mol. Model. 2018, 24, 7. DOI: 10.1007/s00894-017-3539-x
  7. Huo, S.; Meng, D.; Zhang, X.; Meng, L.; Li, X. Bonding Analysis of the Donor–acceptor Sandwiches CpE–MCp (E = B, Al, Ga; M = Li, Na, K; Cp = η5-C5H5). Mol. Model. 2014, 20, 2455. DOI: 10.1007/s00894-014-2455-6
  8. Bianchi, R.; Gervasio, G.; Marabello, D. Experimental Electron Density Analysis of Mn2(CO)10: Metal–metal and Metal–ligand Bond Characterization. Inorg. Chem. 2000, 39, 2360–2366. DOI: 10.1021/ic991316e
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. シュプリンガー・ネイチャーより 化学会・薬学会年会が中止になりガ…
  2. 被引用回数の多い科学論文top100
  3. 二刀流センサーで細胞を光らせろ!― 合成分子でタンパク質の蛍光を…
  4. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!
  5. 典型元素を超活用!不飽和化合物の水素化/脱水素化を駆使した水素精…
  6. マイクロ波を用いた革新的製造プロセスとヘルスケア領域への事業展開…
  7. ちょっと変わったイオン液体
  8. マテリアルズ・インフォマティクスのためのデータサイエンティスト入…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 宇宙で結晶化!? 創薬研究を支援する結晶生成サービス「Kirara」
  2. 武田や第一三共など大手医薬、特許切れ主力薬を「延命」
  3. オキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功-謎に包まれた脳内オキシトシンの働きの解明に新たな光-
  4. 複雑なモノマー配列を持ったポリエステル系ブロックポリマーをワンステップで合成
  5. 持田製薬、創薬研究所を新設
  6. 「ヨーロッパで修士号と博士号を取得する」 ―ETH Zürichより―
  7. メカノケミカル有機合成反応に特化した触媒の開発
  8. 乙卯研究所 研究員募集 第二弾 2022年度
  9. 金よりも価値のある化学者の貢献
  10. 有機合成化学協会誌2018年1月号:光学活性イミダゾリジン含有ピンサー金属錯体・直截カルコゲン化・インジウム触媒・曲面π構造・タンパク質チオエステル合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

“試薬の安全な取り扱い”講習動画 のご紹介

日常の試験・研究活動でご使用いただいている試薬は、取り扱い方を誤ると重大な事故や被害を引き起こす原因…

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

4種のエステルが密集したテルペノイド:ユーフォルビアロイドAの世界初の全合成

第637回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室(井上将行教授主…

そこのB2N3、不対電子いらない?

ヘテロ原子のみから成る環(完全ヘテロ原子環)のπ非局在型ラジカル種の合成が達成された。ジボラトリアゾ…

経済産業省ってどんなところ? ~製造産業局・素材産業課・革新素材室における研究開発専門職について~

我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施…

第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」を開催します!

こんにちは、Spectol21です! 年末ですが、来年2025年二発目のケムステVシンポ、その名…

ケムステV年末ライブ2024を開催します!

2024年も残り一週間を切りました! 年末といえば、そう、ケムステV年末ライブ2024!! …

世界初の金属反応剤の単離!高いE選択性を示すWeinrebアミド型Horner–Wadsworth–Emmons反応の開発

第636回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部(椎名研究室)の村田貴嗣 助教と博士…

2024 CAS Future Leaders Program 参加者インタビュー ~世界中の同世代の化学者たちとかけがえのない繋がりを作りたいと思いませんか?~

CAS Future Leaders プログラムとは、アメリカ化学会 (the American C…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP