第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2年 活性分子動態分野 (石川研究室) に所属されていた、山田 若菜 (やまだ・わかな) さんにお願いしました!
石川研究室は、ケミカルバイオロジー・創薬化学を中心とした新進気鋭のラボでありながら、すでに目覚ましい成果を多数挙げられております。注力されている分野の一つにタンパク質分解誘導薬 (targeted protein degradation: TPD) の創成があり、今回の研究成果もその関連分野となります。PROTAC などキャッチーな愛称で展開されるタンパク質分解誘導薬は注目の創薬モダリティであり、臨床応用を目指した研究が盛んになされています。
今回、山田さんらの研究グループでは、がんや神経変性疾患など種々の疾患において重要な細胞内小器官ミトコンドリアを標的とした TPD の研究に取り組み、新規 TPD 技術「mitoTPD」の創成に成功しました。ミトコンドリアを断片化するタンパク質を過剰発現させた細胞を mitoTPD で処理することで、ミトコンドリア形態が正常化されることも見出しています。本技術はミトコンドリアの形態操作やミトコンドリア異常の回復への活用が期待される画期的成果であり、Chemical Science 誌に掲載されるとともに、東北大学よりプレスリリースも行われました。また論文発表に先駆けて、2023年度の第40回メディシナルケミストリーシンポジウムにて優秀賞を受賞され、部会誌 MEDCHEM NEWS への寄稿もされています。
Targeted protein degradation in the mitochondrial matrix and its application to chemical control of mitochondrial morphology
Abstract
Dysfunction of mitochondria is implicated in various diseases, including cancer and neurodegenerative disorders, but drug discovery targeting mitochondria and mitochondrial proteins has so far made limited progress. Targeted protein degradation (TPD) technologies represented by proteolysis targeting chimeras (PROTACs) are potentially applicable for this purpose, but most existing TPD approaches leverage the ubiquitin-proteasome system or lysosomes, which are absent in mitochondria, and TPD in mitochondria (mitoTPD) remains little explored. Herein, we describe the design and synthesis of a bifunctional molecule comprising TR79, an activator of the mitochondrial protease complex caseinolytic protease P (ClpP), linked to desthiobiotin. This compound successfully induced the degradation of monomeric streptavidin (mSA) and its fusion proteins localized to the mitochondrial matrix. Furthermore, in cells overexpressing mSA fused to short transmembrane protein 1 (mSA-STMP1), which enhances mitochondrial fission, our mitochondrial mSA degrader restored the mitochondrial morphology by reducing the level of mSA-STMP1. A preliminary structure–activity relationship study indicated that a longer linker length enhances the degradation activity towards mSA. These findings highlight the potential of mitoTPD as a tool for drug discovery targeting mitochondria and for research in mitochondrial biology, as well as the utility of mSA as a degradation tag for mitochondrial protein.
本研究を指導された、教授の 石川 稔 先生より、山田さんについてのコメントを頂戴しております!
山田若菜さんは、3 年生の 2 月に当研究室に配属され、本研究テーマにゼロから取り組みました。当研究室がスタートして 2 年目、またコロナ渦でしたので、自由にコミュニケーションが取れる状況ではなく、かつ継承される研究情報も少なく、研究を進めるのがとても大変だったことと思います。加えて、当研究室は学生の自主性や提案を大切にしますが、山田さんはこの狙いを的確に理解してくれ、必要な情報を自ら収集し、優先順位をつけて実験計画を立案し、研究時間を上手に確保して研究を遂行してくれました。
最初にポジティブな結果が得られるまで1年かかりましたが、その時の山田さんの喜ぶ顔は、私達教員の栄養にもなりました。その後は着実に研究を進め、最後の半年は教員も経験のない「ミトコンドリア形態評価」を自ら習得し、良い結果を出してくれました。本研究を達成できた秘訣は、山田さんが研究してくれたから、と言えます。また最後の 1 年は、後輩の中村翔さんが構造活性相関研究に加わり、山田さん卒業後の研究を牽引してくれています。山田さんの今後のご活躍を期待しています。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
化合物によってタンパク質分解酵素を利用し、ミトコンドリア内タンパク質を強制的に分解へと誘導できる標的タンパク質分解誘導技術 (mitoTPD) の開発と、その技術をミトコンドリア形態変化へと展開させた研究です。また、その過程で人工タンパク質 monomeric streptavidin (mSA) が「分解タグ」として利用できることを見出しました。
「標的タンパク質分解」は創薬手法として大きく注目されています。しかし、現在でもミトコンドリア内タンパク質への展開は途上です。一方で、ミトコンドリアは真核生物の生命活動に必須であり、様々な疾患との関連も明らかになっています。以上の背景から、本テーマでは mitoTPD の開発に取り組みました。
今回創製した化合物 WY165 はミトコンドリアマトリックスに局在するタンパク質分解酵素 Caseinolytic protease P (ClpP) と標的タンパク質を強制的に接近させることで、標的タンパク質の分解を達成します。
標的タンパク質として人工タンパク質であるmSAを選択し、コンセプトの証明に成功しました。また、mSAを疾患関連ペプチドである short transmembrane protein 1 (STMP1) と融合したタンパク質 mSA-STMP1 の分解によりミトコンドリア形態の変化にも応用できる結果を得ました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
開発した技術を mSA-STMP1 分解とミトコンドリア形態観察に展開させた点です。
まず、mSA-STMP1 融合タンパク質を発現させるプラスミドの構築にあたって遺伝子工学実験を経験していたことが活きた経験です。研究室に配属されて半年くらいで「遺伝子工学に興味がある」と先生にお伝えし、当時研究室の学生が行うことがなかった遺伝子組換えに挑戦させていただいたことが mSA-STMP1 への展開につながったと思っています。
次に、ミトコンドリア形態観察の実験系の確立です。修了の足音が聞こえる修士 2 年の夏に全力で取組みました。研究室ではミトコンドリア形態の観察のノウハウはなく、染色方法や細胞の扱い、顕微鏡の操作、画像解析、統計処理と試行錯誤の連続でした。ですが、今振り返っても不思議なくらい、前向きにトップギアで検討を行っていました。その結果が本研究の大事な 1 ピースとして実ったことを本当に嬉しく思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最初のコンセプトの証明です。研究開始時に、本研究のコンセプト証明のために合成した化合物では、標的タンパク質の分解を確認できませんでした。そのときはとても不安になったことを覚えています。そこから、実験系の確認、化合物構造の検討を積み重ねることで原因の究明を行い、新たに設計した化合物が WY165 です。研究開始から約 1 年を経て、WY165 ではじめて mSA の分解を確認できました。研究人生の1年目に「上手くいかない経験」と「乗り越える経験」を両方得たことは大きな財産だと思っています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
まずはもっとたくさんの化学に触れたいです。活性分子動態分野では有機合成から細胞実験まで様々な分野を横断する研究をさせていただきました。そのおかげで特定の分野への固執がないことは自分の強みであると思っているため、活かしていきたいです。
現在は製薬企業で研究員として働いていますが、大学時代とは異なる分野のため、日々学ぶことばかりです。周囲の方のバックグラウンドも様々で、新しい化学との出会いを楽しんでいます。その中で知識と研究力を深め、どんなテーマや場所でも「自分色のある」研究ができるようになることが目標です。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回このような記事で取り上げていただくにあたって、改めて大学での研究テーマや研究生活を振り返り、全力で研究できることの楽しさとありがたさを感じています。精一杯、研究に打ち込んだ3年間だったため、テーマへの愛着は一入です。もちろん良い思い出ばかりではないですし、今でも心残り・不完全燃焼感はありますが、それら不純物も含めて研究なのかなとも思っています。
本研究の遂行にあたり数多くのご指導をいただくだけでなく、精神面も含め、数え切れないほど背中を押していただいた石川先生、友重先生、佐藤先生に心より感謝申し上げます。本テーマと先生方に導いていただいたことで、学会発表、英文/和文での論文執筆、論文のプレスリリース、そしてこの度の Chem-Station のインタビューと貴重な経験をさせていただいたことを本当にありがたく、嬉しく思っております。また、様々な場面で本研究と関わりご支援いただいた全ての方々、このような機会を与えてくださいました Chem-Station の皆様に深く感謝いたします。
研究者の略歴
山田 若菜
2024 年 3 月 東北大学大学院生命科学研究科 修士課程修了 (活性分子動態分野 石川 稔 教授)
山田さん、石川先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
関連動画
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