Tshozoです。
筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て回っているのですが、かなり年期物(数十年以上?!)。あんまり見た目綺麗じゃないんですよね、恩恵に預かりながら申し訳ないのですが。
敷地内でよく見るタイプの冷却塔
で、そうした冷却塔の横を歩くと上のほうからぶわぁっと水滴というか霧状の水が降ってくる時があり(上図のタイプは下から上へ冷却風を吹き上げる構造)、潔癖症のケがあるので口をおさえて早足で通り過ぎる、ということを何年もやっていました。そのうちある温泉施設で恐ろしい細菌による肺炎の集団感染が発生したことを知り、以来その横を全く通らなくなった、または通り過ぎる時には息を止める、を繰り返していました。のちにこうした筆者の考えと行動は基本的に間違っており、”適切に殺菌剤などで処理、管理されている状態であれば長年使用されている設備でも杞憂で(安全で)ある” とわかったわけですが…筆者は結局ただイメージ先行で恐れていたわけで、恥ずべき行為でした。ということで今回はその特定の細菌について調べ、どういうことに気を配って対処していかねばならんかをまとめておこうと思います。お付き合いを。
(注:筆者は生物学、医学、薬学を正式に修めておりませんので内容に誤りがある可能性が高いです 十分に調査下うえで記述しておりますが、都度ご指摘頂ければ有難いです)
レジオネラ菌とは
上記で筆者が恐れていたのは”レジオネラ菌”とよばれる、世界中の土中・水中などかなりありふれたところに存在するタイプの細菌類。正式名称Legionellaで、今から50年以上前の在郷軍人(Legion)集会における集団感染で発見されたことからついた名前。日本語で言うと退役軍人病、とでも言いましょうか。このLegionella属菌は2012年時点で合計56個くらいの異なる種類があり(文献1)、このうち人間の疾患Legionellosis(レジオネラ症)に関係するものは21種類で、結構な割合でやらかしてくれる菌と言えます。日本細菌学会のこちらのリンクによると”グラム陰性好気性桿菌”、つまり『グラム染色で紫色にならない(紅色になる)空気を好む棒状の形を持った菌』ということで、ありふれ感満載。しかしこのありふれた度に加え誰でも感染し得るためか、感染症法上は 第四類感染症に指定され全数報告が義務付けられている重要な病気になります(厚労省リンク)。主症状は厚労省のこちらのページのとおり肺炎(ただし分類上は””非定型肺炎”という肺炎全体の2割程度の比較的珍しい症例がみられるグループ・レジオネラ菌が肺で増えやすい理由は後述)で、ただ過去の集団感染の例を見てみるとずいぶん早く症状が進むケースがある。なお以下ではポンティアック熱には触れず、レジオネラ症のみ取り扱います。
(文献2)より引用 ポコポコ見える長細いものがぜんぶそれ サイズはだいたい2~3μm前後か
で、上記の”悪玉”21種類のうち、日本でよくみられるのはレジオネラ組のLegionella pneumophilaという構成菌(員)をはじめとして、Legionella. longbeachae, Legionella. bozemanae, Legionella. dumoffii, Legionella. gormanii, Legionella. jordanis, Legionella. micdadei, Legionella. anisaの8種(文献3)。ただたとえばLegionella. pneumophilaの下にはST-3, ST-15といったような二次団体があり細かい分類に充てるともっと多種の組が存在するのかと。
なおこの菌、単独でも生息できるのですが寄生もできます。具体的には、アメーバのような原生生物の中にわざと食われて体内に入り込み、その中で(おそらくアメーバ中の何かを摂取して)増えて最後にはアメーバを食い破って外に出ていくという、個人的にはあまり聞いたことが無いタイプ。このアメーバの中に入って増える、という点が後述する人体内での増殖や殺・除・滅菌の際に色々問題となるので、注意すべきポイントになります。というのも人体内にはアメーバに形態が似た”マクロファージ”というものがあり、特にまずいことに肺はこれが集中して存在(日本細菌学会 参考リンク)しているので、下図のような状態が起きやすくなっているために抵抗力が極端に低くなっていたり弱っていたりするとこうした菌に大量にさらされた場合、肺炎が起きうるわけで。
レジオネラ菌類の増え方 アメーバの中でゴニョゴニョして守られながら増えていく、
寄生細菌らしい生き方 捕食後~繁殖まではアメーバに守られた状態になる
アメーバの外にいない場合はどういう形態で何に弱いのかについてはあまり文献が無い、、、
また発生の度合いですが地球上のどこにでもにいるので、世界中で結構な数が発生してしまう。筆者が今回かなり参考にした(文献1)を公開しているニュージーランドでも、日本に比べ人口がかなり少ない中でも年間100件近く出ていて(ちょっと前のデータですが)無視していいもんではない、ということは理解すべきでしょう。
(文献1)より引用 縦軸は確定報による発生数(患者数ではない)
約500万人の国で2000年以降でも年間100件単位の事例が
コンスタントに出ていること自体結構危険な病気でもあるといえる
実際日本でも低く抑えられているわけではなく、厚労省サイト(リンク)によると毎年増加傾向にあり(診断能力が上がったのもあるとは思いますが)2004年で100件未満だったのが2017年には1700件近くなっており、都市部での空調機器の数が尋常でないペースで上がっていくことを考えるとこの傾向は止められんのではないかと思います。
上記厚労省サイトより引用 (リンク) 縦軸は上のニュージーランドのものと異なり患者数
なおアメリカでは年間数万人の患者が発生しているとかいう噂が…
ということで世界中でそれなりの規模で毎年発生している、継続して注意を払うべき感染症であるので第4類というところに割り振られているのでしょう。上記で体の抵抗力が下がった場合、と書きましたが以下に書くケースでは35歳くらいの壮年の方でも発症したケースがあり、注意が必要です。
病気の歴史とレジオネラ菌の形態と
歴史的に一番最初に発覚したのは、1970年代のアメリカ フィラデルフィアでの在郷軍人集会での集団発生におけるもの。結論から言いますとホテル屋上据付の冷却用空調ファンからの風で空調システム外に存在した(レジオネラ菌に汚染していたと推定される)滞留水が巻き上げられたこと原因と推定されています。この巻き上げられた汚染ミストがホテル外を漂って地上に降下し、空調の吸引力で地下階のベントからホテル内に吸い込まれ空調を通ってホテル内に拡散し、それを上記イベントの出席者が吸い込んだことが原因であろう(文献4)とされていて、その結果上記集会の出席者を含め39歳~85歳までの34人の死者と200人の感染者を出す大惨事に。ちょうどこの年の夏は酷暑で、空調をガンガン回していたのも災いしました。なおこの件では該当する空調システム自体を”ちゃんと定期的に洗浄”していて(文献4)ホテル内の空調システム内には手がかりが見つからず、感染病原菌の発見に半年近くかかったという珍しい例です。またこれに関わったレジオネラ菌はご遺体の肺からのみ発見された、という点でもかなりのレアケース。
(おそらく)世界で初めてレジオネラ菌集団発生が明るみに出た
Bellevue-Stratford Hotel(建物はまだ現存)
まさかこんな立派なホテルで食中毒以外の感染症が発生するとは、という気になる
また抵抗力の弱った方々がかかる認識があるようですがこの世界初の例を見ると幅広い年齢の方々が犠牲になっていて、また体内アメーバ状細胞であるマクロファージに入り込むという特徴を持つため抵抗力が十分にあってもかかり得ると考えておくのが妥当でしょう。油断大敵。なおアメーバは基本的に風呂や排水溝でみられる”ぬめり”の中に存在するケースが多く、そうしたところで繁殖したものがミスト状になる状態が本件の感染拡大の原因だったりします。
また、少し古いですが20年ほど前の九州での温泉施設ではそれなりにきちんとした循環・殺菌システムが構築されていたにもかかわらず(文献5)、殺菌剤の塩素の濃度をきちんと管理していなかったり濾過器の逆洗浄を十分に行わなかったりしたため大量のレジオネラ菌が繁殖する状態を作ってしまっていました(下図)。こういうの、筆者も業種が違うとはいえうっかりや管理ミス、サボリでいくらでも起きうることであると思うと恐ろしいと思う次第で。逆に冒頭のような古い設備であってもきちんと掃除を行い、ぬめりをぬぐい、化学的殺菌処理を行っていれば過度な恐れは杞憂になるわけです。
(文献5)より引用 おそらくろ過機のところで薬注が効かないくらいの繁殖が
発生していたのだと予想
・・・というように管理が不適切だったりするのはもちろんのこと、ある程度適切であっても見逃したりしてしまうとどこでも起きうる感染症であるわけで。実際”ぬめり”に普通にいる、と上述しましたが(文献6)のように一般的な風呂場ですらあちこちにレジオネラ菌が見つかったりする。だからって過敏に全部消毒する必要は全くないですし基本的に大量に吸入しなければ心配はありませんが、例えば不衛生な状態で締め切って乾燥風を当てたりするともしかして舞い上がってしまうかもしれないわけで、どこであっても油断すっと発生の余地はあるという認識で付き合う方がいい気がします。別に普段使いの時は気にしなくていいですが、たとえば掃除のときにはかなり目の細かいマスクを使うとか、ですかね。
(文献6)より筆者が編集して引用 LAMPはレジオネラ菌の遺伝子の有無を検出する方法で、
痕跡を確認した、という意味のもの 水回りのどこにでもおるやんけ…
あとジャグジーとか打たせ湯とか滞留部や循環部が発生する装置は実は結構怖いんでは、という気もする
どんな薬が効くのか
ここからは副代表殿の過去記事を下敷きにしております。上述のとおりアメーバ(やマクロファージ内)に入っていても効くようなものでないといかんのでそれを透過できる投与効率が悪いものは適用できない。その観点で効く効かないががスッパリ分かれるようです。具体的には(文献7)のとおり、
“細胞内寄生細菌であるので,βラクタム系,アミノグリコシド系の抗菌薬は無効である。マクロライド系、ニューキノロン系、リファンピシンが第一選択肢となり、次いでST合剤、テトラサイクリン系も有効である。軽症に対しては、マクロライド系あるいはニューキノロン系の単剤投与がおこなわれるが、中等症~重症例においてはこれらの薬剤の併用療法がおこなわれる。”
ということでまとめると下図に示す〇をつけたものが有効ということになります。宿主の細胞内に入り込んで活動・増殖する関係で壁・膜に作用するものは効きにくい(というか多分効かない)のも注意すべきで、かなり広い抗菌スペクトルを持つカルバペネム系すら一切効かないというのは正直驚きです。なお「なぜレジオネラ菌も細菌の一種なのにこうした壁・膜に作用するタイプの薬剤が効かないのか」は、熊本大学教授の平田純生先生が書かれているこのコラムで明確に示されていてオススメです。
(文献8)と一般的情報を筆者が編集して引用
つまりはレジオネラ菌に対しては”寄生したマクロファージ(やアメーバの内部)や細胞内に入りこんで殺菌できる、脂溶性の抗菌薬しか効かない“。水溶性または親水性の強い細胞膜に作用するタイプのもんは無効なわけですね。またその後に書かれているとおり分子量の大小でも効く効かないが大きく変わってくることがある、というわけです(先生の一連のこのコラムは様々な工夫を重ねられた経験者による”知恵””智慧”が散りばめられておりオススメです)。
効くものと効きにくい(効かない)分子構造一覧 正直親水・親油性がそこまで大きく違うのか、という印象がある
なお投与が遅れると1週間内に死亡することもあるだけに早期の診断が大事とのこと
筆者の使用経験があるのはガチフロキサシンとクラリスロマイシン、セフェム系の系統
で、効くのはいいが耐性菌は出てきてないのか? 培養が最近になってようやく出来るようになってきたためか、めぼしい耐性菌の論文や情報があまり見つからないのですが、千葉県にある亀田総合病院感染症内科の先生が書かれているこちらの情報メモによりますとテトラサイクリン系に耐性があるタイプのレジオネラ菌(longbeachae種)が発生しているようで使用が推奨されないようです。加えて(文献8)によるとニューキノロン系のレボフロキサシンなどに相当耐性を持っている種類が出てきているようで、楽観的ではなさそう。そもそも最近では抗生物質は低分子中心で出荷量も少なく利幅がとれない(耐性菌の増加を抑えるために、出荷量・使用量を出来るだけ絞っているもよう)ということもあってか新薬開発の機運があまり高くない印象があり、こうしたありふれた菌に対する有効な抗生物質が少しずつ欠けていってしまうのは正直よろしい傾向ではない気がします。
一方、診断方法は抗原(尿から判別できる)と遺伝子検査、培養を組み合わせて行われ(アメーバの構成を応用し培養出来る露地が開発されている・昔は無理だったらしい)、(文献6)に示されるようにどの種類のものかもかなりのレベルで追跡可能なため、診断さえ下されれば相当正確に判定は可能な状態になっていると思われます。何せ法定感染症ですから。
ということで管理の行き届いてない空調のありそうな古い建屋や、なんか古い微妙そうな入浴施設等に滞在する場合はまずはマスクを装着して、しばらくして何か体調が急激に悪くなってきたようなことが起きたらすぐに病院へ駆け込みましょう。繰り返しになりますが体力が落ちている場合には急激に症状が悪くなるケースがあり、10日ともたずに劇症化することもあり得るようですので。別に脅すわけではなく適切に対応すればいい話ではありますですが、いまだに集団感染で多くの方々がなくなられているケースもあり、国内外で重要視されていることは知っていただいてもよいかと思う次第です。
おわりに
最近暑い中、地方に出かけると気温を下げるためか、こういう感じで霧吹きをしているところが結構な数あります(●の駅とか…)。多分おそらくきっとだいたいのケースで水道水や消毒処理した水を使ってくれてると思うのですが、昨今のいろんなものの料金がバカ上がりしているのを見るとそのまま井戸水などを使っているケースがあるんではないか、というように疑ってしまったのが本記事を書いた発端。
一方で最近は法律で循環・噴霧系にも消毒を施すようにしてるのではないか、と思ったのですが今のところそれに関する法令は無く(2021年時点・東京労働局文書 リンク)滞留水や井戸水、工業用水のミスト使用を避けることを勧告するに留まっているようです。まぁこれまでも集団感染の例は聞かないというのと、たとえ発生してもなかなか追いきれんというのと、大半は水温が高く雑菌やアメーバが繁殖しやすい入浴施設での感染原因と推定される(下図)ので結局今のところは杞憂なのでしょう。
例として、2014年での神奈川県におけるレジオネラ症発生傾向と原因の分類 (参考リンク:神奈川県衛生研究所)
ただレジオネラ症と診断確定されるためには抗体検査や遺伝子検査が必要で
単純な肺炎として処理されてしまっているケースもあるのでは、と邪推してしまう
とはいえたった2年前に国外の音楽コンサートのイベントで使われたミストスプレーが原因でこういう悲惨な事象(主催者が使った冷却用ミストを吸引したことによるレジオネラ症で敗血症を併発し血圧低下が著しくなり、生命維持を優先するために四肢を切断して血圧を維持する大手術を受けたケース)が発生していたりするわけで、このケースはそれなりに健康な方で特に持病が無いのに発症してしまったという怖い珍しい事例であり、冷却ミストによる発生確率はゼロとは言えんわけです。ただ変に締め付けすぎるとやりにくくなる部分もありますので、当面は自助努力範囲として扱うのが妥当ではある気はします。
あとレジオネラ菌だけに限ったならまぁ管理されている場所なら問題ないのかもしれませんが、最近(2024年7月末時点)また感染が再拡大しているCOVID-19やインフルエンザ等、他の感染症とセットになった場合や実は無症状だが罹患されていて抵抗力が下がっているケース、海外とか途上国とかで管理が行き届いていないケースだと似たような話が実は発生してしまうんじゃなかろうか、と思い、注意喚起的な意味と、自分がわかっているつもりでよくわかってないことはまだまだあるのではないか的な意味も含めて情報を集めてまとめた次第です。
というかこういう感染症をはじめ最近不安になることしか無いですもんね。筆者が昔から無駄に恐れていたようなことが実際目の前に出てくるようになるとああ、どうにもならんなぁと思いつつ自分だけは何とか助からんかという小市民的な思想になってしまうのは筆者の悪い癖で、やっぱり自分にはコルカスが似合ってるわいと思い日々反省する次第です。
それでは今回はこんなところで。
参考文献
1. “The Prevention of Legionellosis in New Zealand Guidelines for the Control of Legionella Bacteria”, Revised October 2012, Ministry of Health of New Zealand, リンク
2. “National Guidelines for the Control of Legionellosis in Ireland”, 2009
3. “レジオネラ”, 令和4年度 希少感染症診断技術研修会 国⽴感染症研究所 前川純⼦ 令和5年2⽉16⽇ リンク
4. “Remembering the Legionnaires’ Outbreak”, history.com リンク
5. “日向サンパーク温泉「お舟出の湯」におけるレジオネラ症集団感染事例報告書”, 宮崎県, リンク
6. “家庭内におけるレジオネラ検出状況”, 神奈川県衛生研究所, 渡辺祐子 黒木俊郎, 2009年, リンク
7. レジオネラ症適用薬, 北海道大学 鈴木教授 リンク
8. “Antimicrobial agent susceptibilities of Legionella pneumophila MLVA-8 genotypes”, Sci Rep 9, 6138 (2019)., リンク
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