第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期課程3年の田原 一輝 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、Pdナノ粒子の特性を生かした1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の研究です。Pd錯体前駆体が本反応系中でナノ粒子となることを見出し、なぜ錯体触媒ではなくナノ粒子触媒によって進行したのか、種々の分光実験とDFT計算より明らかにされました。本成果は、J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Exploring Catalytic Intermediates in Pd-Catalyzed Aerobic Oxidative Amination of 1,3-Dienes: Multiple Metal Interactions of the Palladium Nanoclusters”
Tabaru, K.; Fujihara, T.; Torii, K.; Suzuki, T.; Jing, Y.; Toyao, T.; Maeno, Z.; Shimizu, K.; Watanabe, T.; Sogawa, H.; Sanda, F.; Hasegawa, J.; Obora, Y. J. Am. Chem. Soc., 2024, 146, 22993–23003. DOI: 10.1021/jacs.4c02518
研究室を主宰されている大洞康嗣 教授から、田原さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
田原さんは2020年度より私たちの研究室に加わり、金属錯体触媒や金属ナノ粒子の研究に携わってきました。これまで、有機化学的アプローチでの新反応開発にとどまらず、ナノクラスタ―触媒の解析において放射光や計算科学的手法など、多くの異分野の研究者との共同研究にも主体的に関わって研究を進めてきました。田原さんの今回の研究成果は研究室の後輩諸君にとっても大いに刺激となり、研究のモチベーションを高めてくれています。田原さんの研究の益々の発展を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
パラジウムナノ粒子(PdNPs)の特徴を活かした新規酸化的アミノ化反応を開発しました。
酸化的アミノ化反応は、脱水素的に炭素-窒素結合を形成する反応です。これまでにパラジウム錯体触媒を用いることで、芳香族アミンや脂肪族アミン、アミドやイミドなどの窒素求核剤と、種々のアルケンとの酸化的アミノ化反応が進行することが知られていますが、1,3-ジエン化合物への応用例はありませんでした。
一般的に、パラジウム錯体と窒素求核剤、1,3-ジエン化合物を反応させると、πアリルパラジウム中間体が生成します。この中間体は酸化的アミノ化生成物を生成するβ水素脱離反応が進行しづらく、続く求核剤の反応によって二官能基化反応や、ヒドロアミノ化反応が進行してしまうため、これまで1,3-ジエンの酸化的アミノ化反応は困難とされてきました。
本研究では、触媒としてPdNPsを用いることで、これまで達成困難であった1,3-ジエン化合物と芳香族アミンの酸化的アミノ化反応が進行することを見出しました。複数のパラジウム原子からなるPdNPs触媒では、想定される触媒中間体において複数のパラジウム原子が基質と多点配位することで、錯体触媒系では進行しづらい脱水素反応を、配位不飽和な別のパラジウム原子がおこなうことで本反応が進行したと考えられます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
生成物が生成する反応機構だけでなく、触媒として用いたPdNPsが反応中でどのように変化しているのかということを工夫して体系的に考察しました。私の所属研究室では、もともと金属錯体触媒を用いた新規触媒反応開発をメインに研究をしていました。いまでは、金属ナノ粒子やバルク合金などを触媒材料として用いた、高効率化を志向した有機変換反応の開発もおこなっており、通常の有機合成系の研究室ではみなれない分析機器を手広く扱う機会があります。そのような環境があったおかげで、有機合成手法による種々の対照実験のみならず、X線吸収分光法・小角X線散乱法による触媒状態変化の観測、また分子軌道計算手法を用いた想定反応エネルギーの評価など、多角的に触媒反応機構の考察をすることができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
触媒反応機構の考察が最も難しく、最もおもしろかったです。もともとこの研究テーマは、金属錯体触媒を用いた新規触媒反応開発として始まったものでした。今回開発した1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応では、パラジウム錯体前駆体に対してヘキサメチルジシランを添加剤として加えることで、生成物収率が3%から76%まで著しく向上します。このことから、この添加剤を加えることで、別種の触媒活性種が生成していると考え、様々な条件のもとでパラジウム錯体の単結晶を得ようと試みました。しかし、どの条件においても全くうまくいかず研究に行き詰まりを感じていた時に、X線吸収分光測定をおこなう機会がありました。せっかくの機会と思い、とりあえず測定をしてみると、あきらかにパラジウム錯体ではなさそうなスペクトルが得られました。
PdNPsが触媒反応中で生成しているとわかってからが本格的な触媒反応機構の考察でした。一般的に金属ナノ粒子などの不均一触媒は、錯体触媒などの均一系触媒と比べ、分子レベルで触媒種の設計をすることが難しいため、不均一系触媒を用いた新規触媒反応の開発は極めて困難です。そのため本研究では、「なぜPdNPsが、これまでの錯体触媒系では達成することのできなかった1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応を進行させることができたのか」を解明することが最も重要なポイントでした。様々なバックグラウンドを持つ共著者の先生方から、有機金属化学に関する知識や実験テクニックだけでなく、分光学や計算科学に関する知見を共有していただき、結果として本研究成果としてまとめることができて非常に嬉しく思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学の楽しさや面白さを伝えられるような研究者になりたいと思っています。研究を通して面白さを伝えることができてもいいですし、また別の形で面白さを伝えることもよいと思います。いずれにせよ、あらゆる人たちに化学と触れ合う機会があれば、それをきっかけとして化学に興味をもつ方が増えるのではないかなと思います。私自身、様々な場面で化学の面白さを感じる機会がありここまで化学と関わってきました。次世代の研究者を育むためにも、あらゆる人たちに化学の楽しさや面白さを伝えられるよう頑張りたいと日々思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
何事も今のうちに挑戦してみてください。色々やってみると、新しく物事を始めよう!となってもあまり億劫になりません!とりあえずやってみてから考えることも大事だと私は思います。その時には役に立たなかったな…と思うことでも、後になってなにかしら役に立ちます!
最後に本研究を遂行するにあたって、日々ご指導を賜りました大洞先生をはじめ、京都大学 藤原哲晶教授、大阪大学産業科学研究所 鈴木健之准教授、北海道大学触媒研究所 清水研一教授、鳥屋尾隆准教授、長谷川淳也教授、工学院大学 前野禅准教授、高輝度光科学研究センター 渡辺剛博士、関西大学 三田文雄教授、曽川洋光准教授らと各グループメンバーの方々にこの場を借りて御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:田原 一輝(たばる かずき)
所属:関西大学大学院 理工学研究科 総合理工学専攻 博士課程後期課程 触媒有機化学研究室
略歴:
2020年3月 関西大学 化学生命工学部 卒業
2022年3月 関西大学大学院 理工学研究科 化学生命工学専攻 博士課程前期課程 修了
2022年4月〜現在 関西大学大学院 理工学研究科 総合理工学専攻 博士課程後期課程