第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専攻 分子設計化学分野 (吉戒研究室) 博士課程一年の 築地 健人 (つきじ・けんと) さんにお願いしました!
吉戒研究室では、革新的な有機化学反応に基づいた分子変換の開発とそのメカニズム研究を主軸に据え、新進気鋭のラボながら有機合成化学や創薬化学などに資する反応を各種報告されています。
今回、築地さんのグループでは、低分子創薬のビルディングブロックとして有用なシクロプロパン誘導体を、その不斉中心を NHC を用いて連続的に制御しながら立体選択的に構築する新手法の開発に成功しました。シクロプロパン環はそのユニークな三次元的構造から創薬化学において重要な骨格であり、また大きな環ひずみの解消を駆動力とした炭素−炭素結合の切断を伴う様々な変換反応が可能である点から、有機合成化学においても重要な中間体として活用されています。このシクロプロパン環の立体制御を伴う新たな構築法の開発は高く評価され、Angewandte Chemie International Edition に掲載されるとともに、東北大学よりプレスリリースされました。
Stereoselective Hydroxyallylation of Cyclopropenes with Cyclopropanols via NHC Catalysis of Transient Organozinc Species
Kento Tsukiji, Arimasa Matsumoto, Kazuya Kanemoto, Naohiko Yoshikai
Angew. Chem. Int. Ed, 2024, Online ahead of print., e202412456, DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202412456Abstract
A stereoselective hydroxyallylation reaction of cyclopropenes with cyclopropanols is achieved under zinc-mediated conditions, affording densely functionalized cyclopropanes with excellent diastereocontrol over three contiguous stereocenters within and outside the cyclopropane ring. A racemic variant of the reaction is synergistically promoted by catalytic N-heterocyclic carbene (NHC) and organic base, whereas chiral amino alcohol-derived bifunctional NHC enables a catalytic enantioselective variant. The reaction likely involves the generation of enolized zinc homoenolate via ring-opening of zinc cyclopropoxide and enolization of the resulting homoenolate, followed by its addition to the cyclopropene as a prochiral allylzinc nucleophile. Our mechanistic investigations highlighted the transient nature of enolized homoenolate, which, once generated from thermodynamically predominant cyclopropoxide, immediately proceeds to allylzincation with cyclopropene. The NHC not only promotes the rate-determining generation of enolized homoenolate but also engages in the allylzincation process. The resulting cyclopropylzinc species undergoes partial in situ protonation while partially remaining intact, thereby leaving an opportunity for trapping with an external electrophile.
本研究を現場で指揮された、東北大学大学院 薬学系研究科 分子薬科学専攻 分子設計化学分野 教授の 吉戒 直彦 先生と、助教の 金本 和也 先生のご両名より、築地さんについてのコメントを頂戴しております!
シクロプロパノールを起点とする亜鉛ホモエノラート、エノール化ホモエノラートの化学は、もともと私の南洋理工大学時代の最後の博士課程学生だった関口義也くんが開拓したテーマです。築地くんは私が東北大に着任した当時卒研生で、私がこのテーマの行く末を託した学生ということになります。さて、今回開発した反応、NHC の効果が鍵になっていますが、条件を調整すれば NHC がなくても反応自体は進むことが分かっていました。なので、最初に報告を受けた時の私の反応は素っ気ないものだったかもしれません。しかし、自分の発見に賭ける思いの強さか、その後築地くんはキラル NHC でエナンチオ選択性も制御できること、さらに最近 NHC が不可欠な全く別の反応も見つけました。ここに至って、彼の見つけた NHC の効果は、関口くんから引き継いだテーマを次のレベルに引き上げるものになるかもしれないな、と考え直したところです。今後もっとこちらの予想を超える発見をしてもらいたいと思っています。
ところで今回の論文は、引用文献からも分かりますが私の指導教員の中村栄一先生が先駆的な研究を行った有機亜鉛や歪み小員環の化学とも関連が深いものになっています。意図したものではないのですが、不思議な感慨を感じています。吉戒 直彦
本テーマは、NHC での劇的な収率向上、キラル NHC でのエナンチオ選択性の発現、直接活性種を観察するのが難しい中でのメカニズムの検証など、幾つもの壁を乗り越えて完成したものだと思います。特に、NHCによる大幅な収率向上が見つかった時は、ホモエノラートの化学をどのように展開していくのかを半年近くも試行錯誤していた時期でもあり、本当に嬉しかったのを覚えています (ちょうど研究室の芋煮会の日で、一緒に大喜びしながら吉戒先生に報告したのは良い思い出です)。築地くんは、私や吉戒先生の意見やアイディアを素直に受け止めつつも、日頃から自分でよく考えて熱心に研究に取り組んでおり、非常に頼もしく感じています。不斉反応の探索の際には、気づいたらすごい数のキラル NHC を作って不斉発現するところまで見つけていましたし、機構解明の研究も、よく考えながら大変な努力をして様々な知見を集めていました、まだ D1 ということで,益々の研究の発展と科学者としてのさらなる成長に期待しています。
金本 和也
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
シクロプロパン環はその三次元的な構造的特徴や歪みから、創薬化学や有機合成化学における重要な構造要素であり、立体選択的な合成手法の開発が求められています。多置換シクロプロパン類の古典的な合成手法として、三員環を形成する手法が挙げられますが、これに加えて近年、単純な三員環構造に対して官能基を組み込むことのできるシクロプロペンへの付加反応が注目を集めており、立体選択的な反応も報告されています。しかし、これまでの報告では比較的単純な官能基の導入にとどまっており、特に、プロキラルな求核剤を用いる官能基化により、環外に立体選択的に不斉炭素を構築する手法は知られていませんでした。
一方、所属研究室ではこれまでに、シクロプロパノールおよびジエチル亜鉛から平衡的に生成する亜鉛ホモエノラートからさらに脱プロトンによって発生可能な活性種「エノール化亜鉛ホモエノラート」が、求電子剤の種類に応じてγ-オキシアリル亜鉛種あるいはエノラート種として働くことを見出しています。しかし、本活性種が平衡的に極めて不利な化学種であることから、適用可能な求電子剤が限られており、加えて、本活性種の高度なエナンチオ制御は達成されていませんでした。
本研究では、エノール化ホモエノラートをプロキラルな求核剤として用いることで、シクロプロペンの立体選択的なヒドロキシアリル化反応の開発に成功しました。本反応において、エノール化ホモエノラートはγ-オキシアリル亜鉛種として働き、シクロプロパン環内外に三つの連続した立体中心を形成し、それらを完全に制御することでヒドロキシアリル化されたシクロプロパン誘導体を単一のジアステレオマーとして与えました。また、本反応は触媒量の NHC 配位子によって促進され、キラル NHC を用いることで高度なエナンチオ選択性の制御も達成することができました。機構解析の結果、NHC 配位子は、平衡的に不利なエノール化ホモエノラートの発生を加速していることが分かりました。このような円滑な活性種の発生と立体制御によって、今後、導入が難しかったさまざまな求電子剤との反応への展開も期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
NHC 配位子によって反応が劇的に加速されることを見つけたところに最も思い入れがあります。本反応は、初期の検討において高極性溶媒中 (DMSO や DMPU)で低収率ながら進行していたのですが、収率がなかなか上がらず苦しかったことを覚えています。当時は、その原因がエノール化ホモエノラートのシクロプロペンへの付加段階にあると考えており、亜鉛上を電子豊富にすることで付加が円滑に進行する可能性があると考えました。そこで、電子豊富な配位子を用いて試行錯誤していたところ、NHC によって大幅に収率が向上することがわかりました。修士課程での研究テーマを幅広く探索していた時期で、求電子剤の拡大やシクロプロパノールの検討、新しい反応系の開発など半年間ほどもがいていたので、NHC の添加によって収率が向上した際は本当に嬉しく、この不思議な反応系を面白く展開していきたいと考えていました。最終的には、反応機構解析によって、律速段階がヒドロキシアリル化ではなく活性種の生成過程にあり、NHC の役割が最初に考えていた仮説とは異なることがわかりましたが、いずれにしても亜鉛/NHC 触媒系の発見が本研究のブレイクスルーとなったことに変わりはなく、この先の研究にも大きな影響を与える発見となったと自負しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究テーマで最も難しかったのは反応機構の解明です。本反応の活性種と考えられる「エノール化ホモエノラート」は、平衡的に不利な化学種であるため系中にほとんど存在しておらず、1H NMR などで直接的に観測したり単離することができないため、間接的に知見を積み上げる必要がありました。そこで、エナンチオ豊富なシクロプロパノールを用いてエナンチオマーの比率 (ラセミ化の度合い) を観察することによって平衡の変化を追跡することに成功し、NHC および有機塩基が活性種の生成を促進していることや、エノール化の段階が不可逆的に起こっていることなどを明らかにしました。他にもさまざまな機構解析実験を行い、先生方とディスカッションを重ねることで、現時点での合理的な反応機構を書くことができたと思います。しかし、付加反応の際の遷移状態や、その時 NHC 配位子がどちらの亜鉛に配位しているかなど、未解明な部分がまだ残されているため、これからの研究で少しずつ明らかにしていければと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は今年の4月に博士後期課程へと進学したばかりで、将来のことはまだ漠然としか考えていませんが、まずは楽しみながら化学の研究を続けていきたいと考えています。修了後は、企業での研究に興味があり、実用的な研究を通じて社会や人々の役に立てるような人材になりたいと考えていますが、今は選択肢を狭めず広い視野を持って化学に関わっていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
この研究テーマは、組み合わせて用いられることがあまりなかった有機亜鉛試薬と NHC 配位子の利用が鍵となっています。当たり前のことかもしれませんが、この発見から、柔軟な考え方と、アイデアを思いついたら失敗を恐れずに試してみることが大事であると強く感じました。論文の内容も非常に面白いものになっていると思いますので、ぜひみなさんに目を通していただけたら嬉しいです。
最後になりますが、日々の研究をご指導いただいている吉戒直彦先生、金本和也先生をはじめ、亜鉛活性種に関する助言や構造解析にご助力いただいた松本有正先生、研究室の方々など、本研究を行う上で支えてくださった皆様にこの場を借りて深く感謝申し上げます。また、このような機会を提供していただいた Chem-Station のスタッフの皆様にも感謝申し上げます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
研究者の略歴
名前:築地 健人 (つきじ けんと)
所属:東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専攻 分子設計化学分野 (吉戒研究室) 博士課程一年
研究テーマ:シクロプロパノールを用いる反応開発
築地さん、吉戒先生、金本先生、インタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
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