第 623 回のスポットライトリサーチは、早稲田大学大学院 先進理工学研究科 応用化学専攻 山口潤一郎研究室 博士課程二年 の 中原 輝 (なかはら・ひかる) さんにお願いしました!
山口研究室では、「分子をつなぐ」「分子をぶっ壊す」「革新的な分子をつくる」の三本柱を軸に、新しい合成方法論の開発や新規触媒の開発、それらを活用した機能性分子の創出などに注力され、次々と目覚ましい成果を挙げられております。
今回、中原さんらの研究グループでは、新しい形のクロスカップリング反応である「芳香族ケトンの脱アシル型クロスカップリング」反応を開発しました。芳香族ケトンは入手容易なビルディングブロックであり、本反応を用いた多彩な機能性分子の構築が期待されます。
本研究の成果は非常に高く評価され、Cell Press 発刊の化学系ジャーナル「Chem」誌に掲載されるとともに、早稲田大学よりプレスリリースされました。
Versatile deacylative cross-coupling of aromatic ketones
Hikaru Nakahara, Ryota Isshiki, Masayuki Kubo, Keiichiro Iizumi, Kei Muto, Junichiro YamaguchiChem, 2024, in press, DOI: https://doi.org/10.1016/j.chempr.2024.07.002Highlights・Aromatic ketones as aryl electrophiles
・Metal-catalyzed deacylative cross-coupling of aromatic ketones
・From ketone to ester: Claisen condensation and retro-Claisen condensation
・Development of seven types of cross-coupling reactions
新たな脱アシル型クロスカップリング反応の開発に成功
-クロスカップリング反応に新たな”食材”と”レシピ”を提供 医薬品合成や材料科学への応用へ期待-
ノーベル化学賞を受賞した、2つの化合物を金属触媒によりつなげるクロスカップリング反応は、より広範な化合物に利用できる次世代型反応の開発が求められています。早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐち じゅんいちろう)教授の研究グループは、新しいクロスカップリング反応である「脱アシル型(ケトンを取り除き他の化合物に変換する)クロスカップリング反応」を開発し、基礎化学品である芳香族ケトンを多様な相手と反応させる手法を確立しました。この新手法により、従来の用いることができなかった芳香族ケトンがクロスカップリング反応に利用できるようになりました。ケトンを効率的にエステルへ変換したことが本反応の肝であり、研究グループが精力的に開発していたカップリング条件によりワンポットで多彩な脱アシル型反応を実現しました。医薬品合成や材料科学における応用が期待されます。
本研究成果は、Cell Press 社『Chem』のオンライン版に2024年7月29日(月)午前11時(現地時間)に掲載されました。
本研究を現場で指揮された、教授の山口潤一郎先生より、中原さんについてコメントを頂戴しました!
中原くんは1年次から目をつけていた学生で、外面がよく、馬力もあります。特に優れているのは、研究発想力ですね。いつも面白い反応のアイデアを考えており、かなり筋が良いです。言われたことにプラスアルファできる能力がある学生はとても優秀ですが、もう1つ上の力をもつ学生です。ただそういう学生の特徴でもあるのですが、ベンチが汚く雑なのが難点です(僕もそちら側の学生でした)。
今回の反応は、今までの研究の集大成で、研究室の中心メンバーを招集し、短期間で仕上げてもらいました。実は大まかなところは2年前に終わっていたのですが、少し違う書き口にしたく、寝かしていました(ごめんなさい)。おかげで?、中原くんがフィニッシュアップ、さらに新しい反応を見つけてくれています。続報に期待してください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回私たちは芳香族ケトンの脱アシル型のカップリング反応を開発しました。
芳香族ケトンは古典的なカルボニルの変換に加え、ケトンを配向基として芳香環上を修飾することもできる有用な合成中間体です。これに対し、芳香族ケトンのアシル基を脱離基とし、芳香環上に種々の官能基を導入する脱アシル型変換反応は報告例に限りがあり、様々な相手を一工程で反応させるものはありませんでした。
一方で、当研究室は遷移金属触媒を用いた芳香族エステルの脱カルボニル型カップリング反応を精力的に開発してきました。今回、私たちは古典的なクライゼン縮合/レトロクライゼン縮合を用いることで芳香族ケトンを芳香族エステルに変換し、これを脱カルボニル型カップリング反応によって様々な求核剤を導入するワンポットプロセスを開発しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください、
いくつもあるカップリング反応の中で最も気に入っているのは脱アシル型エステルダンス/アミノ化反応です。3-アセチルピリジンに Pd/dcypt 触媒と塩基存在下、ピコリン酸フェニルとアミンを作用させると 4-アミノピリジンが得られます。この反応は窒素原子の位置によるピリジンの反応性の違いを活かして進行する反応で、「3-ピリジンのケトンがエステルになって 4 位でアミノ化が進行する」と言っても一回では誰にも伝わらない点がお気に入りです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も難しかったのは、エステル化とカップリングを繋ぎ合わせるところで、エステル化が良くてもカップリングで良くないことがあり、最適な反応条件を見つけるのに苦労しました。そのため、各反応に対して著者全員で膨大な量の条件検討をしました。また、毎週月曜日に著者全員で一週間分の結果についてとことんディスカッションして研究を進めていき、全ての反応を大満足な状態に仕上げることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来は有機合成化学の専門性を武器に新しい化学に積極的に挑戦していきたいと考えています。卒業後はどのような化学を切り拓いていくかは分かりませんが、「いつも楽しそう」というのが僕の強みなので、どんな時でも化学を楽しむことだけは大事にしていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします
ケムステチャンネルの「実験器具・用品を試してみた」シリーズでお馴染みのひかるです。動画ではポンコツキャラ?を演じていましたが、ちゃんと研究でケムステに登場できて大変嬉しく思います。研究もケムステチャンネルもそうですが、何事にも挑戦してきたことが様々な場面で活きてきました。ぜひ皆さんも挑戦を忘れずに化学を楽しみましょう。(チャンネル登録まだの方はぜひ)
最後になりますが、本研究に限らず日々様々なことをご指導いただいている潤さん、慶さん、共同研究者である一色さん、飯泉さん、久保くんに感謝申し上げます。特に一色さんは配属から今日に至るまで研究者としてのあるべき姿を見せ続けて下さりました。重ねて感謝申し上げます。また、本研究成果を取り上げてくださった Chem-Station のスタッフの皆様にも感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 中原 輝
所属: 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 応用化学専攻 山口潤一郎研究室 博士課程二年・日本学術振興会特別研究員 (DC2)
研究テーマ: ヘテロ芳香族化合物を用いた変わった反応の開発
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